拠点フェイズ2.霞
遠くの山々を眺めた。
俺は城壁に腰かけている。
山から来る涼しい風が耳をくすぐる。
それを感じてから盃を傾けた。
「はぁ、美味い」
小さく呟いた。
時刻は昼過ぎ。
なんで赤くなっているかと言うと、酒を飲んでいるからだ。
なんでこんな真っ昼間から酒を飲んでいるかというと、まあお暇をいただけたからなんだけど。
軍略書も読んじゃったし、愛紗から頼まれた仕事もやっちゃったら──
(「いつもいつもすまない。雛斗」
「いや、御安い御用だよ。俺なんかより愛紗の方がよっぽど大変だろうに」
「それでも雛斗に仕事を分けて、余裕を持てたんだ。本当に感謝している」
「気にしないでよ。俺は客将なんだし」
「桃香様から聞いたが、客将客将と言わないでもらいたい。私だって雛斗のことを仲間だと思っている」
「……ありがと」
「礼を言うのはこちらの方だ。今日は仕事が少ない。雛斗は休んでくれていい」
「それじゃ悪いよ」
「いや、雛斗は本当によく手伝ってくれている。元は私の仕事だと言うのに。休んでくれなければ、私の気が済まない」
「──じゃあ、御言葉に甘えようかな」)
という訳だ。
軍の頂点にいる愛紗の仕事の手伝いをしているのは、まあ桃香と北郷から頼まれたからなんだけど。
徳利からなみなみと酒を注ぐ。
「雛斗~」
聞き慣れた声が聞こえた。
「霞?」
徳利を置いてから振り返った。
霞がこちらに手を振りながら歩いてきていた。
手を振る方に盃、片方の手には徳利が握られていた。
「愛紗から雛斗が休みもろた聞いてな。兵士に聞きながらここへたどり着いたんや」
そんなことを言いながら、俺の隣に腰掛けた。
「雛斗もおんなじこと考えとったんやな」
俺の盃と徳利を見て言った。
「たまにはね。こう陽があるときに酒を飲むのも良いよ」
「せやな。せやからウチも持ってきたんや」
「ちょっと飲ませて」
「先に飲ませてぇな。ウチがまだ飲んでないんや」
言いながら霞は自分の盃に徳利を傾けた。
そして酒を飲んで、
「んくっ……ぷはぁっ! やっぱ仕事終わりの一杯は格別やなぁ!」
おっさん、て思ったけど言ったら怒りそうだったから何も言わなかった。
「霞」
呼びながら俺の徳利を持ち上げて見せた。
「ん? おっ、悪いなぁ」
霞が自分の盃を俺に差し出した。
それに俺は酌をした。
「んくっんくっ……ん? 美味いなぁ、ええ酒持ってるやん」
霞の頬に赤みがさしてきた。
それがちょっと色っぽくて、目をそらした。
「雛斗」
「ん?」
「ほい、ウチの酒」
霞の徳利から注いだ盃が差し出された。
「ありがと」
霞から盃を受け取り、盃に口をつけた。
最初に強いアルコールの匂いが鼻を刺した。
口に含むと、ちょっと甘い味がしてから辛いような痛いような刺激が口に広がった。
飲み込むと喉にもそれが広がった。
「……これ、なかなか強いね」
全部飲んでから言った。
一杯でちょっとくらっとした。
この世界に来てから酒を飲むようになって強くなったんだけどなぁ。
「そか? 慣れたらこの刺激がくせになるねん」
「霞には敵わないな」
霞に盃を返した。
俺が持ってる徳利の酒を自分の盃に注いだ。
これもちょっとは強い酒なんだけどなぁ。
「……雛斗」
「ん~?」
酒を飲みながら返事した。
「ウチが口つけたとこで飲んだやろ?」
「んぐっ!? ゲホッゲホッ!」
そんなこと言われたから驚いて咳き込んだ。
「だ、大丈夫か雛斗?」
霞も驚いて俺の背中をさする。
「ケホッ……う、嘘?」
「ホンマ」
「うっ……」
酒のせいじゃなく、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
確かにちょっと甘い味がしたけど、もしかしてそれか。
霞のつけてる紅の味か──て、考えてたらもっと恥ずかしくなってきた。
「なんかゴメン」
「ウチが仕掛けたんや。もちろん故意にな」
「えっ」
俺はちょっと何も考えられなくなって、霞を見た。
わざとやった──。
霞は頬を少し赤らめて俺を見つめていて目を離さない。
しばらくお互い黙ったまま、時間だけが過ぎていった。
「霞、それって……っ!」
言葉を言い終える直前、慣れた気配を察して言葉を切った。
「雛斗?」
「失礼します」
「っ!」
霞がちょっと驚いて身構えた。
酒を帯びているとはいえ、さすが霞。
反応が早い。
黒永がいつの間にか後ろに立っていた。
まあ、俺は気づいたけど。
「なに、黒永?」
まだ顔が赤いままだけど、まあ酒の匂いで酒のせいだと思うだろうし気にせず訊いた。
「諸葛亮殿と龐統殿がお呼びです。相談をご一緒にしたい、と」
「酒飲んでたのに──仕方ない。霞、俺の酒あげるから勘弁ね」
「……しょうもないなぁ。我慢しといたる」
ちょっと残念そうに霞が言った。
「ゴメン。また今度」
霞にそう言い置いてから先を歩く黒永についていった。
霞は、なんでわざとやったんだ。
いや、わかるけど──それは本当なのか。
訊きたいけど違ったら怖い。
もっと霞と接してみて考えよう。
よくよく考えたら、まだ霞のこと本当にはよく知らない。
先を歩く黒永に気づかれぬよう、後ろを振り返った。
霞は俺の徳利を見ていた。
霞は今、何を考えているんだろう。
なんかもやもやする時間だった。




