拠点フェイズ2.恋、ねね
俺は思わず頬を緩めた。
何故か?
「……すぴー……すぴー……」
開けた庭の木陰。
涼しい場所で俺もときどき休みがてら、涼みに来る。
今回の陽気な昼過ぎも、そのつもりで来た。
そこに恋がいた。
まあ、セキトなる犬とその他大勢の犬がつきまとっているけど。
恋は寝ていた。
その姿があどけなくて、それで頬が緩む。
「ホント、穢れを知らないね」
起こさないように小さく呟いた。
なんか離れられなくて、傍の木に静かに腰掛けた。
「すぴー……」
「──この娘が天下無双の将軍なんだよね」
そんなことを呟いてる間も笑みが浮かぶ。
離れられないのは、たぶん母性本能みたいのが反応してるんだろうな。
恋は子供みたいで、ねねが保護者みたいだ。
「そういえば、ねねを見ないな」
周囲を見回しつつ、持ってきたものを開いた。
さっき市で買った軍略書だ。
軍略書を書く人の考えはそれぞれ違う。
言葉だけの論なんかも出たりする。
俺は新しい軍略書が出たらとりあえず読んでみる。
読んでみて何か直感で感じるものがあったら、それを買って読み込む。
何度も読み直してみて、日を置いて読み直してまた閃(ひらめ)いたり──そうして頭に叩き込み、次に実戦で試してみて、身体に覚え込ませる。
頭で覚えてなきゃ、実戦じゃ使えないからな。
まずはこうして頭に入れて、それから実戦で身体に入れる。
今回買った軍略書は城攻めについてだった。
城を攻めるには相手の三倍の兵力が必要とされる。
三倍より少ない兵力のとき、いかにして城を攻めるか。
「……うーん……??」
開いて目次を読み始めたところで、唸る声が聞こえた。
「……雛斗?」
どうやら恋が起きたらしい。
「ゴメン。起こした?」
「……(フルフル)」
すると恋がまだ寝起きのせいか、ゆっくり首を横に振った。
「体力回復したから、目が覚めた」
「……いつから寝てたの?」
「……朝ごはん、食べてから」
「え、じゃあお昼食べてないの? 今、昼過ぎだよ」
「……お腹空いた」
「まあ、そうだろうね。──まっいいか」
「……??」
軍略書を閉じて立ち上がった。
恋と一緒に目を覚ました犬たちが俺の周りにも集(たか)る。
「ちょっと小腹が空いたし、一緒にご飯食べに行く? お金もちょっとは貯まってきたし」
「……いいの?」
「遠慮しないで。俺もちょっとだけどお腹空いたんだから。ほらっ」
まだ座っている恋に手を差し出す。
「……(コクッ)」
ちょっと考えてから頷き、恋は俺の手を握った。
女の子らしい、細い指だった。
ぐいっと引き上げる。
「んじゃ行こっか。あ、さすがに犬まであげられる余裕ないからね」
「…………」
それを聞いて恋は犬を逃がした。
セキトだけ連れて街に繰り出した。
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「またえらく食べるね」
いつものことだけど、やっぱりいつも通り呆れて呟いた。
一つの料理店に入り俺は天心を頼み、恋は好きなように頼ませた。
数えるのが億劫になることは目に見えている。
「……ん」
それが聞こえたのか、恋は箸に刺した焼売(シューマイ)を俺に突き出した。
「ありがと。もらっとくよ、恋」
ちょっと天心だけで物足りないと思っていた。
手で焼売を取ろうとすると、恋が箸を引いた。
「ん、やっぱり自分で食べる?」
「……(フルフル)」
すると恋が首を横に振った。
「……あーん」
「……へっ?」
思わず間抜けな声をあげてしまった。
「……あーん」
「いや、あーんって。ええっ!?」
「あーん……」
「……はあ、ままよ」
そう呟いて、箸の先の焼売を食べた。
焼売の皮を歯で破るとすぐに肉汁が口の中に広がった。
恋が箸を引き抜く。
「ムグムグ……うん、美味しい」
「……♪」
恋が嬉しそうに微笑んだ。
箸をまた焼売に刺す。
「……あーん」
「いや、もういいよ。恋が食べなよ」
「……(フルフル)」
「嫌、て言われても」
夕飯があるから控えようと思ってたんだけど。
「あーん……」
「──あと一個だけだよ?」
そう念を押してからまた一個恋の突き出す焼売を食べた。
「ムグムグ……」
「……美味しい?」
「ん? うん、美味しいよ」
「……♪」
また嬉しそうに微笑んだ。
自分が作った訳じゃないのに──まあ、美味しい、言われたら嬉しいもんなのかな。
「モグモグ……ゴクンッ」
と、考えてるうちに恋が食べ終えた。
「美味しかった?」
「……(コクッ)」
「そっか、良かった。じゃあ帰ろうか。ちょっと用もあるし」
朱里と雛里に話を通しておきたいことがあった。
愛紗にも言った方がいいか──それだったら会議で言えばいいか。
クイッ、クイッ。
「ん、どしたの? 恋」
ちょっと考えていたら恋が俺の袖を引っ張った。
「……街、回る」
あれ、なんだろう。
なんかデジャヴ。
「──たまにはねねと回ってやったら?」
「……雛斗と一緒がいい」
確かに回っておきたい場所もいくつかあるけど、別にそれはあとでいい。
他に先にやっておきたいこともあるし。
今手に持ってる軍略書を読むとか、資金のチェックとか、兵の個人訓練に付き合うとか。
客将といえど、劉備軍に入ってからいろいろ加わった仕事も出てきた。
それだけ劉備軍からの信頼が厚いって訳だけど。
「──仕方ない、今日だけだよ」
「……(コクッ)♪」
嬉しそうに頷いて立ち上がり、俺の手を引いた。
「ちょ、ちょっと待って恋! 会計しないと! おばちゃん、ごちそうさま!」
「はいはい。また呂布様といらっしゃい」
女将がニヤニヤ笑いながら言った。
あれは絶対見てたな。
その、あーんを──うぁ、恥ずかしっ!
「……♪」
恋はそんなこと露知らず、俺の隣を嬉しそうに歩いている。
前も思ったけど、これってデートだよね。
「楽しい?」
「……雛斗は?」
「ん、まあ楽しいかな」
「……じゃあ楽しい」
じゃあってなんだよ。
じゃあって──ま、いいか。
「……♪」
今の恋、ホントに楽しそうだから。
まあ、こんな楽しそうだったらまた街を一緒に回ってやってもいいかな。




