拠点フェイズ2.黒永
恒例の定期会議を終えた後、桃香に呼ばれた。
桃香の他に北郷、朱里、雛里と並んでいる。
「何用でしょう?」
「あのね、黒永さんのことなんだけど」
「黒永ですか?」
桃香から出された意外な名前に首をひねった。
この会議には俺以外に黒薙軍配下は来ない。
大将である俺だけ出ればよいのだ。
「黒永さん、雛斗さんの助手として働いてるでしょ?」
「助手ではありません、従者です。洛陽にいた頃からずっと自分に付き従ってくれています」
「あっ、そう言ってましたね」
桃香や北郷は白蓮の元にいた頃に聞いたから別段不思議に思わない。
朱里と雛里は初耳だったか。
「そうなんですか? すっごい仲良しですよね~」
「まるで夫婦みたいで」
「本人の前でそんな話をするな。黒永に何か用向きでも?」
朱里と雛里の言葉を遮って訊いた。
顔が赤くなりそうだ──恥ずかしくて。
「黒永さんの得意なことって何かある?」
「──なるほど。黒永に仕事させたい訳ですね」
北郷の言葉にちょっと考えて頷いた。
今、劉備軍は内政に力を入れる時だ。
そのためには人材が必要不可欠。
客将にも仕事をさせて内政を取り組ませたいわけだ。
「そういうこと。何が得意かな?」
「ふむ。全体的そつなくこなします。特に得意なのは内政の事務仕事でしょうか」
またちょっと考えてから言った。
洛陽にいた頃の書類裁きには助けられた。
「事務仕事ですか?」
「うむ。まあ、朱里や雛里みたいになんでもこなせる訳ではないが。──いいかもしれないな」
朱里に返事してから呟いた。
「どうかしましたか?」
雛里が顔を覗き込んでくる。
ちょっとドキッとした──別にロリコンという訳じゃないからね。
「いや、仕事で使ってもらえるんなら使っていただいて構わない。条件付きだが」
「条件?」
桃香が首を傾げた。
「時間がある時で構いません。黒永を軍師として鍛えていただきたい。ねねもできれば」
「朱里と雛里にか?」
「そうです。兵法談義みたいなものでいい、黒永とねねが軍師として現場を指揮できるように鍛えて欲しいのです」
「でも黒永さんやねねちゃんは優秀ですし、雛斗さんが教えるので十分過ぎると思いますけど」
桃香も考えながら言った。
「そもそも自分は軍師になったことがありませんから、軍師の役割なんかは教えられません。それに自分は」
「雛斗さん」
俺の言葉を桃香が遮った。
「──何か?」
「敬語、止めてくれません? なんか違和感ありますし」
「確かに雛斗は普段、敬語使わないしな。星とか霞さんとかに」
「一応客将なのですから」
雇われてる身であり、臣下の礼はとるべきだ。
臣の方が年上だとしても年下の君主に礼をとるのは当たり前なのだ。
「客将客将って──私は雛斗さんが客将だなんて一度も思ったことありませんよ。大事な仲間の一人、て思ってますから」
「俺もだよ。だから、いつもみたいに喋ってくれよ。なんか隔て感じるし」
「──わかったよ。だけど、桃香も敬語を止めようね」
「うん♪」
桃香が嬉しそうに言った。
やっぱり変な奴らだ。
俺も人のこと言えないかもしれないけど。
「まあ話を戻すと。俺は軍師になったことないし、白蓮の下にいた頃に軍師になったことはあったけど、俺は所詮軍人。袁紹が攻めた時期で短い間だったこともあったけど、民政の立場から見ることはできない。民のことは考えるけどね」
「確かに。雛斗さんは根っからの軍人です。軍師は軍事と内政の両方を見ることができる人でなければなりません。戦での軍師は別としてですが」
「雛里ちゃんの言う通り、雛斗さんは戦での軍師は他ではいないほど適しています。しかし、それよりも遊軍、奇襲部隊、というのが一番適しています」
「特に奇襲部隊です。雛斗さんはこれまで奇襲、強襲、夜襲で敵を大きく混乱させ、そこを全軍で総攻撃してほとんどの敵を倒しています。洛陽にいた頃の数々の盗賊討伐、黄巾の乱、反董卓連合軍戦、白蓮さんの時の袁紹戦、前の戦でも奇襲によって損害少なくして勝利しています」
「いつの間に調べたの? まあ、それを調べるのも軍師の仕事なんだろうけど」
朱里と雛里の次々に出てくる言葉に苦笑した。
確かに俺は奇襲ばかりやっている。
相手が良かったからかもしれないけど、敵を見ると小さいものでも隙を見つけられるのだ。
「敵陣を見ると、なにかしらの隙が見えるんだ。陣の兵の層が薄かったり、多少の混乱を残した部分があったり、兵の行軍についていけてない部分があったり──まあ、いろいろある。そこを奇襲して混乱を広げていくんだ」
「さすが雛斗さんです。軍事に天性の才あり──水鏡先生の評価は間違ってませんね」
「照れる」
朱里の感心した言葉に照れて頭をかきながら言った。
「まあ、とにかく黒永とねねは使ってくれて構わないから」
「軍師の件は任せてください。兵法談義を中心にして話す機会は増やそうと思います。雛斗さんもたまに来てくれるとありがたいです」
「俺が行ったところで邪魔するだけだと思うけど」
「そんなことはありませんよ! 雛斗さんの経験は大変貴重です。少しでも私たちにご教授くだされば、ありがたいです」
朱里と雛里に言われてまたちょっと恥ずかしくなった。
「まあ、暇があったらね」
「失礼します」
いきなり俺の後ろから声をかけられた。
「うわっ!?」
「「「ひゃあっ!?」」」
それにみんな声をあげて驚いた。
「……どうやらみなさんを驚かせてしまったようですね」
黒永がちょっと落ち込んだ様子で言った。
「足音たてないからね」
「えっ。雛斗さんは気づいていらしたんですか?」
「当然だよ雛里。ずっと一緒にいたんだよ?」
「これまで足音に気づかれた方は黒薙様だけです」
「……信頼し合ってるんだね、二人は」
桃香が何故か嬉しそうな表情を浮かべた。
「ところで、どうしたの黒永?」
「はい。武器商人がこの街に入られたようです」
「そう、来たんだ」
「雛斗、武器商人って?」
「以前の戦で武器とか防具とか少し手に入ってね。売値が高かったら手入れしてから売って資金にしようと思ってね」
「はぁ~。いろいろやってるんだね~」
桃香が感心した様子で目を丸くした。
「まあね。とりあえず、仕事と軍師の件はあとでまた話すってことでいい? 商人と交渉したいから」
「わかった。あとでまた呼ぶよ」
「ゴメン。行こうか、黒永」
「御意」
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黒永は基本、仕事などの話は訊かない。
先程の話も訊かずに俺の後ろを一定の距離を保ってついてきている。
俺も必要なことしか話さない。
今回は別に話すべきことではない。
朱里と雛里が手を打ってくれるはずだ。
「売値はどう?」
役所の近道の庭を通っていく。
この庭は武将たちが鍛練の場としても使われる。
「群雄割拠のときもあって、武器を欲する商人も多いかと」
それに俺は頷いた。
恐らく商人は軍に武器を売るために役所に許可をもらいに届け出を出すはずだ。
諸侯が武器を求めて武器を買い漁る。
必然と武器の需要が上がり、供給も求められる為に売値は上がるだろう。
今は特に割拠し始めた頃で需要が上がり始めのとき。
急に上がった需要に供給が対応しなければ、という最中だ。
「どのくらい売り払いましょう?」
「予備を少しとっておきたいからね。──千人分を残してあとは売ろうか」
「よろしいかと思われます」
黒永が機械的に答えていく。
機械的、ではあるけど黒永だって機械的に話そうと思って話している訳ではない。
黒永の言葉の中に温かさがあることを知っている。
黒永は優しい女の子なんだ。
俺の従者ということを考えて、従者らしくしているだけだ。
「交渉したら、たまには茶屋に行こうか」
「劉備殿たちとお話しがあるのでは?」
「いいよ。あとで、て言ったんだから。早く行くよ」
黒永の手を取って先を歩く。
黒永は一瞬驚いたけど、すぐに微笑みを浮かべた。
ほら、こんなに女の子らしい。
俺は黒永の華奢な手を引っ張りつつ、熱くなった顔を前に向けてそらしながら歩いていった。




