勝利を君に
「申し上げまーーす!」
いきなり会議の席に劉備軍の兵士が駆け込んできた。
「どうしたっ!?」
それに愛紗が対応する。
「え、え、袁術の軍勢が国境を突破し、我が国に侵攻してきました!」
「なっ……!?」
思わぬ事態に北郷が絶句した。
「どういうことだっ!? 宣戦布告も出さず、奇襲を掛けてきたと言うのかっ!?」
「はっ! 国境の警備隊を突破後、猛烈な勢いで侵攻してきております! このままでは、州都に到着するのは時間の問題かと!」
宣戦布告もせずに攻めてくるとは。
「袁紹と変わらんな」
俺は呆れて小さく呟いた。
「くっ……鈴々! 星! すぐに迎撃準備だ!」
「応っ!」
「合点!」
愛紗の言葉に星と鈴々が力強く返事した。
「朱里、雛里は輜重隊の手配と……最悪の事態を考えて籠城戦の準備を。あと、近隣の諸侯に援軍を頼むとかって可能かな?」
「それは賛成できません」
北郷の問いに俺は反射的に答えた。
「下手をしたら袁術に手を貸して領土の分割を、と考えかねない」
「あ、そうか。そういう危険性もあるのか。うーん……」
「なぁに。袁術の軍など、さして強敵では無いでしょう。我らだけで充分事足りる」
俺の言葉に唸る北郷に星が言った。
「ええ。それに白蓮殿が連れてきてくれた兵士たち、さらに雛斗殿の軍も居ます。……簡単に負けることはないでしょう」
愛紗も星の言葉に同意する。
「ただ……前に会議で決めたように、素早くこの戦いを収拾しなければ、餓えた諸侯たちが襲いかかってくるでしょう。今はとにかく時間が大切です」
「素早く勝利して、隙がないって言うのを見せつけないといけないんだね……」
桃香が呟いた。
「はい。諸侯は援軍も出さず、私たちの戦いを傍観しています。それは私たちが負けそうなったら、すぐに自分の取り分を確保するためです」
「……卑怯者共め」
愛紗が苦々しげに言葉を吐いた。
「これが乱世だ、愛紗。この餓えた戦いに躊躇するようだと、本当に餓えた虎に食われるぞ」
「……弱肉強食とは良く言ったものだ」
愛紗に言った俺の言葉に、星も苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……そうだな。雛斗も言ったように、そういうのが乱世って奴だ」
「白蓮お姉ちゃんが言うと説得力があるのだ」
「うっ、確かに……」
自分で言って落ち込んでいる。
まあ、実際そうなった良い例だしな……。
「次は大丈夫だよ。私たち、絶対に袁術さんなんかには負けないんだから!」
桃香が堅い表情で言った。
「その意気で行こう。……じゃあみんな」
「待っていただきたい」
ちょっと考えて、北郷の言葉を遮った。
「我らはどうしましょう?」
「……この城の守りを頼もう、て思ってたんだけど」
「客将に帰る場所である城を守らせるなど、言語道断。お引き受けできかねる」
「……体裁のことを言っているのですね、雛斗さん?」
雛里が考えながら言った。
それに俺は頷いた。
「仮にも自分は客将です。いつ離れるかもしれぬ輩。そんな者に城を守らせるのではなく、先鋒にでも使えばよいのです」
「でもでも、雛斗さんのことはすっごい信用してるよ!」
桃香が慌てて言った。
「先程雛里が申した、体裁のことをお考えください。民たちは、劉備殿を見ています。城を守るのが自分たちだとしたら、民たちが不安になります」
「雛斗さんだったらみんなもわかってくれます!」
「民たちだけでなく、諸侯も見ております。劉備軍は客将に城を守らせなければならないほど脆弱なのか、と見られてしまいます。御自身にその気が無くとも」
「黒薙殿の意見には、私も賛成です。いくら黒薙殿が信用できても、周囲の目があります」
しばらく黙っていた星が言った。
「私も賛成です。それに、城の守りなど兵士だけで充分です。雛斗殿の働き所は他にもあります」
「……もう、わかったよ」
愛紗の言葉もあり、桃香が渋々納得した。
「でも、私は本当に雛斗さんのことは信用してますからね」
「──光栄です」
ちょっと恥ずかしくなって頭を下げて顔を隠した。
「雛斗お兄ちゃん、顔が赤くなってるのだ!」
「り、鈴々! 余計なこと言うな!」
「あ、ホントだ!」
「意外に可愛いところもあるではないか、黒薙殿?」
「可愛いって言うな!」
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「ヒナちゃん、かわええなぁ♪」
「うるさい! 可愛いって言うな!」
からかうように見る霞に怒鳴った。
まったく恥ずかしいことこの上ない。
「顔を真っ赤にした黒薙殿は弄りがいがあって」
「星も黙っててくれ!」
「──とても行軍中には見えないな」
北郷が苦笑しながら言った。
そう、今は行軍中だ。
劉備軍に白蓮の兵士が加わった本隊と、黒薙軍の部隊とわかれて行軍している。
黒薙軍の部隊は黒永とねねに任せて、俺と霞と恋は本隊と共に進んでいた。
「黒薙殿は冷静沈着だが勇猛果敢な名将。その黒薙殿がいやはや、どうしてこのような可愛いところが」
「なあなあ。これからヒナちゃんって呼んでええか?」
「いいわけないでしょ!」
「それは呼びやすくて良いではないか。なあ、ヒナちゃん?」
「──もう言い返すのもめんどくさい」
「……ヒナちゃん、元気出す」
「ぐはっ!? 恋に言われると精神的に来る。──とりあえず、ヒナちゃんって言わないで」
「そろそろ漫才やめたら?」
「北郷殿よ。これは漫才ではない。苛められているのです」
「とにかく、袁術をいかにして倒すか。それを考えよう」
「黒薙様!」
北郷の言葉を遮るように黒永が駆けてきた。
「──どうした?」
下を向いていた顔を上げた。
うん、もう赤くないはず。
「間者から報告が」
黒永が耳元に寄って小声で呟いた。
「──間者から報告があった」
劉備軍や黒薙軍の面々に言った。
「間者?」
「間者というのは敵の情報を調べる諜報員のことです。俺が何人か雇っております。徐州周辺の諸侯の動きを探らせたのですが」
「どっか動きがあったんやな」
霞の言葉に俺は頷いた。
「孔伷の軍に動きがある。袁術に呼応したとしか思えない」
「だとすると側面から攻撃を受けることになります」
朱里が考えながら言った。
「とはいえ袁術さんの軍も大軍。今兵を多く割くことは、得策ではありません」
「なら、俺たちが行こう」
雛里の言葉に俺が進言した。
「配置が決まってしまった軍を変えるわけにもいかないだろう。だったら二つに分かれて進軍している、劉備軍より数の少ない俺たちの軍が出向いた方が良い」
「しかし、孔伷は一応一郡の太守。兵も少なくないはず」
「星。俺たちを甘く見るなよ」
「──そうだな」
俺が頬を上げるのに星もニヤリと笑って返した。
「じゃあ孔伷軍は頼むよ。雛斗」
「吉報をお待ちくだされ。霞! 恋! 黒永! 行くぞ」
「応っ!」
「……(コクッ)」
「御意」
黒薙軍の将士と共に黒薙軍に戻り、劉備軍から離れた。
「…………」
「星ちゃん、心配?」
「はっ!? 別にし、心配というわけでは」
「うっそだぁ~。雛斗さんの方、ずっと見てたじゃない」
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「敵は三万ってところか。ウチらはウチと雛斗と恋、合わせて二万。どないするんや、雛斗?」
四方八方に放った斥候が戻ってきた。
ちょうど前方十里(約四キロ)くらい先に孔伷の軍、三万が行軍中。
敵はどうやら斥候をおざなりにしか放っていないらしい。
つまり、相手はこちらの接近に気づいていない。
「策なしでも勝てそうだけどね。──ねねはどう見る?」
「雛斗殿の言う通り! 恋殿のいる我ら、策がなくとも勝利は確実です!」
「もうちっと軍師らしい発想はできんのかい」
霞が呆れて呟いた。
「黒永は?」
「──損害少なくして勝ちたいのでありますね? 黒薙様」
「そうだね。客将を続けていくからには兵は減らしたくはない。いちいち徴兵してお金使いたくいし、まだ名も上がっていないから多くは集められないだろうし」
それに劉備軍も徴兵をするのだから少しでも邪魔をしたくない。
「敵は我々に気づいておりません。やはり奇襲をかけるのが得策かと思われます」
「せやな。奇襲はしたいなぁ。せっかく敵は気づかないでくれてんのや。これを使わない手はない」
「まずは一つ。でも一撃で崩すには至らないと思う。仮にも正規兵なんだし、訓練くらいはしてるだろう。──恋。なんかない?」
黙って俺たちの話を聞いていた恋に訊いた。
「……奇襲は雛斗。霞と恋で突撃」
「それだけ?」
「……??」
首を傾げるところを見ると、どうやらそれだけらしい。
「せやけどウチはええと思う。敵は斥候すらまともに出せん奴らや。単純な戦で十分やと思うで」
「ねねも恋殿に賛成です! このような敵に細かい策など不要です!」
「──確かに、単純な策の方がよろしいかもしれません」
全員が恋の考えに賛成した。
「よし。恋の作戦で行こうか。霞と恋は敵の目の前にいきなり現れて敵を脅かせる。そこに俺が側面から奇襲をかける。それで混乱した敵を恋たちが総攻撃。どうかな?」
「充分やと思うで」
「……良い作戦」
「完璧だと思うです!」
「まず、勝てるかと」
「よし、すぐに配置につく。先に俺が丘の陰に隠れる。黒永も共についてこい。恋、霞、ねね。総攻撃は頼むよ」
「……(コクッ)」
「応っ!」
「任されてやるです!」
これをすぐに崩して劉備軍に合流する。
それで隙のなさはよく見えるはずだ。
思えば劉備軍の客将としては初めての戦だ。
「──ちゃんと勝たないとね」
黒永にも聞こえない声で呟いたつもりだったけど、黒永は頷いた。