慌ただしい出陣
黒薙は漢中に戻った。劉備たちと共に永安に戻っても、黒薙は活躍しにくい。やはり、黒薙麾下の兵や将を操ってこそ生きる。それに漢中は、長安の司馬懿と成都の袁紹の合流を防ぐ要だ。重きになる黒薙は必要だった。
「お帰りなさいませ、雛斗様。先に命じられた通り、軍議の用意ができております」
「うん。さっそく始めるよ。まったく、司馬懿のせいで行ったり来たりで忙しいよ」
肩を竦めてみせると、黒永は苦笑いした。
黒永に促され、宮城に入った。既に会議の席は整っていた。
上座に回り、着席を促して自身も座る。
「みんなも伝令で聞いてると思うけど、司馬懿や袁紹、袁術、その他の謀叛勢力に対抗する為に、三国同盟が成った。俺たち漢中は、ひとまず司馬懿を警戒して、蜀本隊の成都攻略に応じて、援護の構えを取ることになると思う」
「雛斗様が呉から兵糧を譲っていただいております。漢中の二万が、しばらく戦っていけるだけの兵糧を確保できました」
「さっすが雛斗や。仕事が早いなぁ」
にやりと張遼がおだてるが、黒薙は笑わない。
「荊州を通って漢中に送られるわけだから、少し時間はかかるけどね」
「……兵士は?」
「増えないよ、恋。今の二万、梓潼の一万五千、上庸の一万。これで、やりくりしていく。今の三国は、一兵でも欲しい」
とはいえ、呂布の懸念はもっともだ。司馬懿のいる長安には、未だ六万前後の兵がいる。涼州や天水などから兵を集めるだろうし、また八万という大軍が攻めてくる可能性はある。敵であった魏が味方になったので、上庸の兵はこちらに割ける。梓潼には姜維が、必死に成都からの脱走兵をかき集めているが、今の一万五千からそれほど増えるとは思えない。上庸から五千、梓潼から五千──ようやく漢中に三万の兵が揃うくらいで、八万と対するには、やはり心許ない。
「しかし、雛斗様が帰還した報は、司馬懿の南下を抑えることに繋がると思います。二度の攻撃を退かれたことで、警戒もしていましょう。すぐには攻めてくることは、ないはずです」
「亞莎に同じくです。それより、ねねは魏のことが気になるのです」
「俺も、ちょっと心配だな」
「心配とは? 曹操が戦上手なのは、雛斗様もご存知でしょう」
「なんだろう。胸騒ぎがするんだ、氷」
「雛斗と恋の勘の良さは、知ってんねんけど」
「……出撃するよ」
考え込んでいた黒薙が、不意に立ち上がった。
「あっ。雛斗さまっ」
「どうかしたですか?」
「すぐ動ける、一万でいい。ここにはみんな残って。氷だけ付いてきて」
呂蒙と陳宮、他の皆が動揺するが、黒薙は足早に宮城を出る。
「雛斗様!」
「氷。許都までひたすら駆ける。桃香と孫策に伝令を出しておいて。間に合うか、怪しい」
黒永はわからぬまま、しかし返事をして近くにいた黒兵を呼んでいた。