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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第二十章.赤壁の戦い
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漢中の戦い 黒薙 対 司馬懿

「黒薙様。敵軍の内容を報告します。敵軍大将は司馬懿、張郃も随伴しています。長安には、郭淮という武官を残したそうです」


 間者の報告に傍にいる黒永が、灯りの中唸った。冬で山である。黒永の吐く息は白い。

 定軍山は既に敵を迎え撃つ体制を整え、夜を迎えていた。

 左右の砦には呂布と陳宮、張遼と呂蒙でそれぞれ五千ずつ騎馬で備えている。

 定軍山には黒薙と黒永で一万。二万対八万である。


「雛斗様、姜維が五千の兵を送ると言ったとはいえ、やはり兵力差がありすぎます」


「わかっている。さて、どうしたものか」


 敵は司馬懿。蜀、魏を欺いた少女だ。おそらく呉からも誰か寝返らせている。生半可な策では打ち勝てないだろう。八万という大軍でもある。

 おまけに蜀の本隊は荊州にいる。姜維からの五千以外の援軍は望めない。


「奇襲しかないと、俺は思うが」


「なにか隙があればよいのですが。伝令の報告を聞けば、なかなかの堅陣のようです」


 あちらは山間を縫っての行軍になり、さらに山に取り付けた桟道を渡らなければならない。危険な道を通るのに慎重に、堅陣になるのは当然である。

 張郃と曹操の敗戦もある。その二の舞いになるようなことはないはずだ。


「敵は、おそらく俺たちが放棄した天蕩山に補給物資を備蓄するだろうな」


 兵が二万と少ないために兵を割けず、物資だけ引き上げて天蕩山は手放した。要は定軍山で、ここを守りきれたら勝ちだ。

 とは言っても、定軍山の攻略に天蕩山から定軍山と山を登り降りするのは手間で、本隊は定軍山の麓から少し離れたところに陣取るはずである。

 やはり、物資の貯蔵に使うだろう。


「と、なると。やはり補給線を狙いますか?」


「だが、曹操の敗戦を司馬懿も知っていよう。それは浅はかかと思う」


「ですね。坂落としも警戒されていましょうし」


 柵と歩兵で構成するだろうし、弓を備えてもいるだろう。騎馬で攻めにくい。

 奴らの攻城兵器もそこらにあるだけで馬を遮って邪魔である。


「──伝令。敵の持つ柵や攻城兵器は、やはり木製か?」


「はい。ところどころ鉄張りではありますが、基本は木で出来ています」


「氷。これからの漢中の天気はどうだ?」


「先ほど星を眺めていましたが、漢中には珍しく雪になるようなことはなさそうです」


「それは使えそうだな。この兵力差だ、敵の本陣を狙っていくしかない。たとえ、その備えをしていようとも。籠城しても兵糧差で飢え死にする。こちらも攻城兵器を集めろ」


 その指示に、黒永と伝令は首を傾げた。

 こちらは兵糧が少ない。必然と短期決戦を仕掛けるしかない。

 さて、こんな力押しで司馬懿に勝てるかどうか。

 

───────────────────────


「静かですね。私たちを視認しているはずですのに」


 朝から行軍し、昼をとってからまた行軍して、ようやく定軍山が見えた。日はまだ高い。


「油断するなよ、仲達。私が成す術もなく逃げたほどだ」


 惨敗を思い出したのか、眉をしかめた。

 司馬懿は張郃のことを嫌いではなかった。むしろ、新参者の自分に親しくしてくれて好ましく思っている。味方としても心強い。

 袁紹から──他所から参入して馴染めず、それで流れてきたのかもしれないが。それでも仲良しなものは仲良しである。


「各砦、定軍山を包囲せよ。騎馬隊と落下物には気を付けろ。常に柵で防御を固めていろ」


 司馬懿は元から慎重な性格ではあるが、張郃は先の敗戦のせいだろう、堅陣を強く勧めていた。

 しかし定軍山も砦も、嫌に静かだ。

 胸の内の鈴が、危険だとも鳴り響いている。

 司馬懿はこの警鈴を信じていた。普段は合理的なのだが。


「ここの主将は黒永でしたね? 張郃」


「ああ、仲達。黒永があそこまでの者とは思わなかった。流石、黒薙配下だ。影に隠れてて油断した」


 油断は確かにあったろう。司馬懿が孟達を寝返らせていたし、兵力も上だった。勝てた戦だったのだ

 本当にそれだけだろうか。

 なにか、他にも敗因はなかったのか。

 部隊指揮を張郃に任せ、思案し続けるが何もわからない。

 兵の三割ほどを後方に陣の設営に回していた。行軍して到着したばかりである。今日は攻撃しないつもりでいた。それは張郃も同じである。兵は少なからず疲弊している。

 敵も城門を閉じて籠っている。漢中が戦場である時点で、地形的にはあちらが圧倒的に有利なのだ。砦に籠って当たり前だ。

 しかし、そこを敵は攻め、張郃を破った。

 また、じっと考え続けていると、不意に定軍山の城門が開いた。


「張郃!」


「ああ、わかっている。騎馬が出るか、岩がくるか」


 全軍に臨戦体制を取らせ、敵の行動に備える。左右の砦の城門も開いている。

 しばらく何も起きず、眉を潜める。なにか音が聴こえてきた。

 がらがらという、車が動くような。

 次には定軍山の城門からなにかが現れ、それは勢い良くこちらに向けて坂を駆け下りてきた。

 あれは衝車か。攻城兵器のひとつで、丸太の先を鉄張りにしたもので城門に叩きつける。

 そう思った時には前衛の柵を倒し、尚も勢いを失わずに兵を薙ぎ倒しす。それが三つ四つ、また雪崩れ込んでくる。岩も落ちてくる。


「固まれ! 柵に張り付いてあれを止めるのだ!」


 すぐに張郃が側の兵を指揮する。我が身にも迫ってきた衝車は、柵に激突してようやく止まった。まだ衝車はいくつかある。

 どきどきする胸を撫で下ろし、上を見上げるといつの間にか定軍山の砦から黒鎧の兵が出て展開していた。それらは火矢を構えていた。

 赤い流星がいくつもこちらに降り注ぎ、まだ被害のない柵ばかりか、ようやく止められた、藁を積んだ衝車や自軍の用意した攻城兵器にも突き刺さる。

 前衛から中軍にかけて火の手が上がり始める。


「仲達、本軍を下げろ! 三方の柵が一部ではあるが、破られている。このままでは騎馬隊に言い様に崩される」


 張郃に腕を引かれるのにはっとする。赤い炎に見入って、我を忘れていた。気付けば左右の砦からも黒兵が、騎馬が今にも駆け下りようとしていた。


「攻城兵器を、こんな使い方するなんて……まるで天罰が降ったようですね」


「しっかりしろ! 今、主たる将はいないんだ。私と一緒に脱出するぞ。攻城兵器が焼かれてしまい、兵たちはあの衝車に怯えてしまっている。この期に敵も坂落としの構え──もう、持ち直せまい。逃げるしかない」


 張郃は歯噛みしながらも冷静だった。これが現場の指揮官の姿なのだろう。後ろで指示するばかりの自分には、すぐにはできそうにない。


「そうですね。貴女に死なれたくはないですし。一緒に逃げましょうか」


 そう言った時には、定軍山から駆け下りてきた黒の騎馬隊が前衛に襲いかかっていた。

 まるで空から黒い星が落っこちてきたようだ。

 親衛隊に囲まれ、張郃の指揮で司馬懿は漢中から敗走した。


───────────────────────


「……火が使えてよかった。火は、やはり士気を落とすことと混乱させることが真の使い道だな」


 司馬懿の兵や木の柵、攻城兵器などの焼け跡をぼうっと見つめてぽつりと呟いた。


「岩よりも効果的でしたね。まさか攻城兵器を対人兵器として利用するとは、敵も思わなかったでしょう」


 隣の黒永が、まだ信じられないというような顔をして、同じように黒の平地を見ていた。

 夕焼けに染まる麓は、喪失感を感じる有り様だった。一目見た者は、山賊が襲撃した惨劇の跡を見たような心地になるだろう。


「雛斗様。あなたはいつも兵力で負ける戦に勝っていますね。もう驚かなくなりました」


「それでいいよ。俺の従者なんだから。俺のやることにいちいち驚かれてもね」


 黒永は苦笑して兵たちに片付けを命じた。

 左右の砦から同じように坂落としをかけた張遼、呂布の部隊も戦後処理に移っている。次に有利になるよう武器や鎧を回収し、柵や山の岩を取り壊している。山の岩は、砦から岩を落とす時に弊害になる。


「さて、次はどうするべきか」


「戦が終わった後だというのに、いえ、それでいいのでしょうね。雛斗様の言う通り司馬懿は攻めて来ましたし、三国の反乱も当たるような気がします。そのような計画を立てる者を相手にするのですから、先を見なければなりませんね」


「俺は考えるのは得手ではないんだけどね。だから、氷たちも助けてよ」


「当たり前です。死を共にする覚悟があるのですから」


 それに笑ってから、またあの恐ろしくも幼い顔を思い出していた。

 これから因縁深い相手になる、最高の謀叛人の顔を。

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