赤壁の戦い その終
南風によって火は瞬く間に魏軍の船団に広がった。
地元の民に流布し、それを取り入れた互いに鎖と板で繋がった船に燃え移るのは容易く、魏軍の船はとても動ける状態ではなかった。
傍の崖に赤い炎の光が映るほど、船を襲う火は勢いが衰えることを知らなかった。
「伝令! 曹操は一千騎ほどの親衛隊に守られながら陸に上がり、江陵へ向かいました! 夏侯惇や夏侯淵、楽進、于禁、李典などの主たる武将も陸へ上がり、対岸から上陸し西進をはかる呉軍を迎撃する構えをしています。数は五万ほど」
北郷と劉備は陸口に布陣する呉軍の後方にいたが、関羽率いる五万の歩兵と共に対岸の烏林に船を使って移動していた。
趙雲や馬超などの一万の騎馬隊は曹操を追撃している。
「上陸次第、歩兵と弓兵を前に出して牽制し、続けて上陸する兵たちの援護に徹します。先頭は愛紗さんにお願いします」
「紫苑に牽制を任せて、我ら歩兵が敵に備えれば良いのだな? 朱里」
「はい。しかし、既に呉軍の甘寧将軍と周泰将軍が魏軍に攻撃を仕掛けています。こちらに兵を仕向けてくることはないと思います」
「ご主人様たちの部隊が上陸したら、愛紗さんと鈴々ちゃんは呉軍と共闘して魏軍を打ち払って下さい。その後、周瑜さんたちは船で江陵まで進み、私たちは陸から進みます」
「既に星さんたちが騎馬で曹操さんを追撃しています。しかし、江陵の曹仁さんはまだそのことを知りません。ですから、曹操さんや敗走する兵たちを救出する手立てと、私たちを迎撃する構えを完全に取られる前に江陵に布陣を整えておきたいのです」
「一番は、星たちが曹操を捕らえられたらってところか」
親衛隊を連れての敗走とはいえ、道中は湿地帯である。
逃げにくいはずだ。まだ追い付く可能性は十分にある。
「周瑜将軍より伝令! 呉軍が魏軍を押しています! 挟撃を提案する由にございます!」
赤い鎧の呉兵が駆けてきた。
士気と勢いで勝っている。すぐに江陵に兵を向けられるはずだ。
しかし、なんだろう、この胸騒ぎは。
一刀はさっきからずっと嫌な予感を感じていた。
その予感がなんなのかはわからない。この期に及んで、まだ曹操がなにか企んでいるのか。だが、曹操は今まさに、尻尾を巻いて逃げている。
「で、伝令!」
蜀兵の一人が慌てて駆けてきた。
「何事か!?」
「お、王平将軍から使者が」
「王平が……?」
関羽に返した伝令の言葉に、黄忠が眉を潜めた。
王平は永安の守備にあたっている将軍だ。
すぐに疲れ果てて、二人の兵に肩を担がれてきた。
「と、殿。緊急事態であります! 黄皓以下、数人の文官が袁紹を擁立してご謀叛! 成都周辺が占拠されました!」
一瞬、何を言っているのかわからなくなった。
麗羽さんが、と隣の劉備もかすれた声で呟いている。
さらに伝令が駆けてきた。
黒鎧の兵、漢中にいる黒永の兵だ。
「殿! 報告がございます! 一、黒薙様が漢中に帰還されました!」
「えっ」
「雛斗が……」
あまりに唐突な吉報に言葉を失うが、次に続いた報告にまた頭が真っ白になった。
「一、曹魏にて長安の司馬懿・北方の鍾会が謀叛! 孫呉からも誰か謀叛を起こすだろう。荊州南部に三国の本隊が孤立する形になるだろうとのこと!」
ここに、魏・呉・蜀の三カ国の、最大の危機が訪れたいた。
そして、黒薙にもその手がかかろうとしていた。