黒龍と共にあれ
「雛斗様っ! お帰り、心からお待ちしておりました!」
黒永が駆け寄ってくるのに笑みを投げる。
それもすぐに引き締める。
「ごめん、遅くなった。孟達は斬った。城門も閉じた。これより、漢中軍の指揮は私が執る! 呂布たちにもそう伝えよ。黒永は俺の下に付け」
「御意に」
その場の黒兵の返事に頷き、黒兵たちを城壁の混乱している新兵の沈静に向かわせる。
張郃が見えるまで、まだ時間はある。
孟達の率いていた一万は、孟達の首を城門に晒し上げれば投降するだろう。
「しかし、既に張郃の軍がこちらに向かって進軍中とは。長安から孟達に向けられた内通の書簡は押さえたはず。なのに何故、孟達は動いた……」
黒永を連れて、今は閉じられた城門に上がる。
まだ混乱している新兵たちを叱咤して、その場にいる者の一人を隊長として指揮系統を確立させる。
「雛斗様は、この謀叛に気付いて」
「いや。何かはわからなかった。ただ、予感はあった。その為の放浪だとも言える。内通の使者は斬ったから、孟達に動く指示は届いていないはずだ。なのに動いた。時間差で既に届いていたのかもしれない」
「しかし、大事になる前に雛斗様が鎮圧されました。また私は助けられたのですね」
「とにかく、今は迫りくる張郃の軍を追い返す。謀叛を押さえられたからといって、まだ危機は去っていない。むしろ、ここからだ」
それに、まだ胸のざわめきは収まらない。
まだ何かあるのか……しかし、孟達の謀叛は止めた。
黒兵を数人呼んで、投降した兵に武器を捨てさせ隅に待機させ、呂布と張遼に定軍山へ兵を一千送るようにと指示する。
戦う意志のない投降兵を使っても意味はない。
新兵の一万五千と、呂布と張遼の砦にいる黒兵を一千ずつ騎馬を借りれば、なんとか場は抑えられるはずだ。
あとは士気を上げて、防衛力を駆使すればいい。
「氷。よく蜀呉同盟を成らせてくれたね。愛紗が黙ってなかったろうに」
「雛斗様を想っているからこそ、あんなに怒っているのです。それに、私がいなくとも朱里と雛里、そして桃香様が決断されましたから」
「そっか、桃香が……。今まで空けてたのを、みんなに謝らないとな。まあ」
まだ先だが、山と山の間から黒い列が見えてきた。
「ここを無事に乗り切ってからだけど──我ら、蜀の兵たちよ!」
兵たちにも緊張が走るのに、張郃軍の方を背に声を張り上げる。
「私は、黒薙だ! 漢中の危機に馳せ参じた! ここにいる皆は新兵だと聞く。実戦経験も少なかろう。不安もあろう。だが、皆は蜀の地からでも、選ばれた優秀の兵だ。蜀の誇りだ。我らが蜀を背にして前に出んと、なんとする! 誇りと、友と、郷土を背に、意気を上げよ! 皆は、黒龍と共にある!」
この言葉を言った時、頭によぎった。
ようやく、思い出したのか。
待っていたぞ、と誰かの声が聴こえた気がした。
その疑問も、今は新兵たちの歓声で掻き消えた。
「……氷。俺が黒龍でも、付いてきてくれる?」
「今更、何をおっしゃいますか。私は、黒薙雛斗様と命を共にすると決めております。黒龍でなくとも、いつまでも付いていきます」
「そっか。ありがと……これからも、変な道を進むと思うけど、悪いけど。頼むよ」
「曹操の覇道より、魅力的な道ですよ」
その返事に、張郃との対戦になるというのにふんっと鼻で笑ってしまった。