赤壁の戦い その一
曹操が洞庭湖を出発した。
昨夜、周瑜自らが少数の将を引き連れて船先に鉄を張った尖った丸太を付けた突撃のための小船で、側面から夜襲をかけた。
かなりの損害を与えたようだが、翌朝に中型船をいくつかまとめた船隊を四方八方に警戒させていた。
「船は横からの攻撃に弱いです。側面を突こうとする船を止めたいなら、その側面を突けばいいわけで、それでいつでもその役目を担える船隊を散らしているのでしょう」
進発を受け、蜀呉の主要面子が柴桑の城に揃って軍議をしていた。
場には孫策、周瑜、陸遜、劉備、北郷、諸葛亮、龐統、私こと趙雲がいた。
蜀軍統括者には関羽を呼べばいい、とおもっているがあれは雛斗のことで感情が抑えられないだろう。
「夜間は動くと危ないですから、翌早朝に素早い対応です。流石曹操さん、ですね」
水軍にはまだ慣れていないはずである。
それでも水軍に長じている呉に手を出しにくくさせているのは、雛里の言う通り流石と言える。
「既に蜀の皆様も聞き及んでいるとは思いますが、魏はまっすぐ陸口を目指しています。私たちの北に布陣する構えでしょう」
「わざとあちらを有利にさせることで、対峙を長くする──まずはその通りにしましょう」
「まだ、どのような策なのか聞いていないのですが」
勝手に始めた周瑜と朱里に、じれったく言った。
「まず、私たちは北の烏林に布陣するであろう曹操と対面する陸口。ここに布陣します。陸口からは西の柴桑まで陸上で進撃できます。それを曹操は奪ろうとするはずで、しかし南で北風の吹く今、陸口に我々と対峙しようとは思わないはずです。必ず烏林から奪ってきます」
「もし、陸口に上陸されたらどうするんですか?」
周瑜に訊く桃香をちらりと見た。
今は負けた時の話をすべきではないが、こうも軍師たちから無視されるのは君主である桃香たちには不遜の態度である。
「対岸に上陸したら、元の方から補給を送れる状況にしなければ柴桑の城は落とせないでしょう。なので、烏林からの補給を取れなくするため、陸口より少し離れたところに数万の兵を下げておきます。それで曹操はなお、動きにくくなるはずです」
しかし周瑜は弁解しなかった。
孫策も気にした風でもない。
孫策は激しい君主だと思っていたが、実際はそうでもないようだ。
ただ、時々見せる瞳には熱い炎がある気がする。
「膠着状態になるはずです。そこから、勝機が巡りましょう。それまでは待ちます」
「わかりました。では、私たちが補給を断つ部隊となりましょう。呉の皆さんは水軍に力を発揮してください」
また、周瑜と朱里が話を勝手に終えてしまった。
有無を言わさぬ雰囲気だ。
桃香は戸惑っているが、孫策は沈着としている。
「朱里」
「もう少しだけ待ってください」
会議を解散して自陣に戻るところで、朱里をじろりと睨むが、怯えたのか泣きそうな顔をされた。
「そんな顔をするな。私は策を聞きたいだけなのだぞ」
側にいる桃香と一刀も黙っている。
軍師間だけで決めているふしがあるのは、君主は感じている。
「曹操さんの間者を気にしています。文官の内通の件もありますし、話しにくいのでしょう」
「それはわかるのだが」
「……朱里。周瑜さんの策は、検討ついてる?」
会議からずっと黙りっぱなしだった一刀がふと聞いた。
「……たぶん、ですが」
「朱里ちゃんと独自に調べて、こうするだろうとはひとつだけ挙がっています。これが上手くいけば、たぶん勝てるとも」
「勝てるかもってわかれば、もういいよ。軍師に従う」
「主?」
朱里と雛里に頷く主に目を見張る。
「星、武将だし思うところもあるだろうけど、今は周瑜さんと朱里たちに従ってくれるか? 俺たちには勝機は見出だせないし、見出だせなかったら見つけられた人に従うのが一番いいと思う」
黙りこくってしまう。
桃香も不満顔である。
主はなにか知っているのか。
雛斗はどうなのか。
しかし主の言うことも最もだから、それ以上は口を開かなかった。
明日から呉は長江、蜀は陸から西へ、陸口へ進軍する。
愛紗になんと説明してなだめたものか。
雛斗がいたならすぐにデレデレして収まるというのに。
首に巻いた白い布に鼻を鳴らすと、白い息になって漏れた。