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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第二十章.赤壁の戦い
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黒龍の予感

こんな時に雛斗はまだ戻らないのか。

趙雲はそう思わざるを得なかった。

船から朝日に見える長江は相変わらず土色だ。

土色だというのに、きらきらと光っていると茶色ではないように見える。

小さな波がそうして、絶え間なく違う光の照り返しを繰り返しているからか。

これが夜だと火の光だけで、あとは何も見えない暗闇になるのだ。


柴桑は一時的に蜀呉の駐屯地になっていた。

江夏にいた厳顔こと桔梗・魏延こと焔耶、呉の陸遜・周泰の十二万の兵も柴桑に後退している。

船ならば長江に沿っていけば下りであるし、昼夜で進んで十日もあれば柴桑にはたどり着く。

全部で十四万。魏は恐らく二倍、三倍の兵力で呉を飲み込みにかかるだろう。


「船には慣れましたか?」


私に声をかける者がいた。

振り返ると褐色の肌に長い黒髪の女性、周瑜がこちらに寄ってきていた。


「不思議なものですな。馬の揺れとはまったく違う。まるで大地が揺れているようだ」


前の軍議、滞陣についての相談に周瑜とは何度か会って言葉を交わしている。

鋭い印象が強い。

雛斗には及ぶべくもないが。

雛斗の鋭さは針というよりも磨がれた剣のようだ。

周瑜は私の隣に立った。


「趙雲殿は大丈夫なようですが、乗るのが初めての兵には合わない者もいるのですよ」


「蜀兵でも合わなくて体調の優れない者が出ている。やはり慣れていないからでしょうな」


「それは魏でも同じはずです。そこにも付け入る隙がありましょう」


「しかし、魏を北にして対峙したいというのはどういうことなのですか? 向かい風だと、その隙も突きにくいでしょう」


今は冬の時期で、北風の季節なのだ。

魏を北にするということは、位置にもよるが私たちは南になるということだ。

対峙すると言っているのだから。


「最初だけでいいのですよ。曹操に何度も通じるとも思えませんし」


それもそうか、とも思うが納得できなかった。

優位に立つことで人は長い目で見始める、というのはわからないではないが。


「何を待つのですか? 長い滞陣はこちらに不利だというのに」


雛斗なら何かわかるのか、と思い始めたところで周瑜は黙った。

その目は対岸、遥か先を見ているようだ。

ここからは到底見えはしない。


「いずれ、わかります。諸葛亮殿も龐統殿も、調べていることでしょうし」


ややあってから、はぐらかされた。

首に巻いた白い布に、ふんと鳴らした鼻を押し付ける。

今着ている服は、雛斗のを参考にしていた。

着心地はよかったし、厚いものを着れば温かかったが首元だけは防げないので厚い生地の布を巻いていた。

今度、雛斗にも黒い布を渡してやろう。

割りと温かいし、見た目もかっこよくていいと思う。

まあ、元はといえば鈴々のを参考にしたのだが。


「ところで、黒薙殿はまだ戻っていないのですか?」


「……雛斗は捕まったのは自分の責任だと、そればかり言っていましたしな」


「申し訳ありません」


皮肉を言ったらすぐに俯かれた。


「まあ、私に謝られても困りますしな。雛斗に謝るよう言っても、どうせ雛斗は自身の責任だと一蹴するでしょうし」


「これについては、私は謝り続けるしかありません。孫策様は純粋に会いたかっただけで、捕らえたのは私の出来心ですし」


その周瑜も雛斗に惚れたがために、か。

罪作りな男だ。敵でさえ──今は味方だが──魅了し、雛斗一人で国の先を多少左右する影響力がある。

でなければ曹操、孫策が黒薙明蓮という男に執着しない。


「ということは、黒薙殿はいないのですね」


心底残念がっている様子だ。


「雛斗は蜀の危機の時には戻ると言った。その時ではないのかと、今は怒鳴ってやりたいですよ」


糜芳と傅士仁が雛斗を狙っていたと霞から聞いた。

元黒薙軍の他には話していないらしい。

話して欲しいとも雛斗は思っていないだろう。

糜芳と傅士仁は信用できなかった。

雛斗も時折、口に漏らしていた。

霞は自分たちで誘ってやったと言っていたが、私は雛斗が囮になって蜀内に巣食う虫を排除したと思っている。

感心はできなかった。

雛斗一人だから糜芳らは動いたのだろうが、事前に私でも他にも話しておくべきだった。

それらの追撃を避けるように雛斗は出奔してしまった。


「この戦が危機ではないと? 今回に関しては呉が狙われていて、蜀という国自体には被害が及ばないと考えているのでは? まあ、それはないでしょうが」


最後に付け足されるのに、首を振りかけたが頷いた。

周瑜は雛斗の性格をわかっているようだ。

ただの同盟国なのだから他人事、と考えるはずがない。


「雛斗の考える危機が他にあるのかと、ここ最近はそればかり考えています」


「蜀の危機ですか。あの黒龍が何を勘付いているのか、英雄ではない私にはわかりかねますね」


雛斗は英雄と言われるのを嫌っていたな。

人は誰しもなりたいと思うのに。

他になりたいものがあるのか。


雛斗の目指すものが何か聞いたことがないな。

なんとなく一つの雲を見つめていた。

周りから外れていて孤独な雲だった。


───────────────────────


赤壁の戦い、か。

長江の水平線の先、建業になる方を見つめるが、見えはしない。

赤壁の戦いは漢文の授業で読んだから、黒薙は知識として持っていた。

この職に入ってからは火が大勢を決するとは思っていないが、混乱させるにはもってこいだということは間違いない。

ただ、今の季節は北風が吹いている。


「相手より地理に詳しければ、活かせればこちらが勝つ。曹操がそれに、気が付いていなければ蜀呉が勝つかな」


ぼそぼそと黒いマフラーの中に呟く。

和服は襟がないから首元に風が通って寒い。

適当に黒い布を買って首に巻いて、さらに頭にフードみたいに黒い布をかぶればかなり温かい。

ある時期になると南風が吹くことは、地元の民たちに聞いた。

その時期はもう少し先だ。

おそらく冥琳はそれを待つ。

赤壁と知ってなかったら、わからないと思う。

たぶん、北郷も知っているから愛紗たちを上手く手引きしてくれるだろう。


まだ少しある。もうちょっとだけ調べたい。

特に許都を調べなければ。

星、もうちょっと待っててくれよ。

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