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大戦の決定

潮時か。

卓上の全国を記した地図を眺めて、それを考えた。

ここ最近、それしか思い至らない。

漢中戦から既に数ヶ月が経っている。

兵力も回復し、冀州で始めていた屯田で兵糧も潤沢だ。

今は夏で、次の収穫を待って攻めればいいとも思う。


「蜀呉連合は襄陽・江陵・新野に共同戦線を敷いてこちらに備えています」


荀彧、桂花が軍を象った赤と緑の駒を荊州の中央に置いた。

蜀と呉が同盟したと情報が入ったのは黒薙が出奔したと聞いてから二、三ヶ月も経った頃だ。

それまで険悪な関係であったのが嘘のように、呉領である荊州中央に蜀軍を招き入れて手を組んでいる。

会議には重たる将、文官、地方を治める太守たちが集まっている。

これからの大方針を決めるためだ。


「新野を前線に蜀呉合わせて八万ほどだそうです。孫呉の本隊は建業におり、六万。合肥に張り付いている四万。蜀は成都に四万、漢中方面に五万とちょっと。我々が対峙することになる兵力は、こんなところかと」


「総勢二十五万を超えるか。個々の力なら我々に及ばないが、合わせると流石に違う」


郭嘉──凛が言うのに夏侯淵、秋蘭が唸る。

天険の山に囲まれている蜀は後回しにして、大軍を持って呉を落とし、東から蜀を狙うのを考えていたが。


「逆に言えば、ここで連合軍に完全に勝ってしまえばよいのではなくて?」


「──圧倒的な勝利を見せつけ、敵に絶望を植え付けるということですか?」


笑みを浮かべた私に司馬懿がじっと見てくる。

まだ幼い、しかし鋭さを感じさせる瞳だ。

張郃の代わりに司馬懿がこの会議に参加している。


「私たちが南下すると知れば、連合軍は更に兵力を投入してくるだろうし、それを破れば両国の兵力は激減する。加えて敵の将たちの寝返りも誘える。それに、局地的に考えたら、荊州中央で戦うべき兵力は多く見積もって十五万前後でしょう。桂花、我々が今投入できる兵力は?」


「収穫を待てば五十万が三月耐える兵糧が集まります。今でしたら、二十万が限界かと」


「江陵にある大補給拠点を手にしたら?」


「──恐らく、六十万は四ヶ月以上保ちます」


江陵は蜀呉の中央に位置し、新野・都市である襄陽の後方から補給、援護をする大補給拠点だ。

ここには劉表が治めていた頃からの呉の兵糧が大量に備蓄されていて、更に蜀の軍備も加わるだろう。

ここに駐屯できれば、左右から挟まれようと十万もいれば傷付いた蜀呉は防げる。


「大軍での正攻法をもってして、短期決戦で江陵を落とす。長安の張郃、合肥の満寵も攻めの体勢をとり、本隊からの援軍を送りにくくする。余程の奇策がなければ、我等は負けないわ」


「──勝てます。計算外のことがあろうと勝てると思います」


桂花は賛成し、他の多くも賛同、司馬懿も頷いた。

しかし、程昱──風は考える素振りをしている。


「風は黒薙が気になるのかしら?」


「──今は兵を持たない身とはいえ、何をするかわかりませんから。しかし、確かに華琳様の言う通り、本当に余程のことがない限りは負けはしないでしょう」


まだ余念があるようだが、結局は風も折れた。

どう考えてもこちらに勝機があるのだ。

練度も高く、率いる将も優秀、何と言っても兵力が圧倒的に有利なのだ。


「兵を整えなさい。あと、劉表の残党も調べておきなさい。我々には水軍を指揮できる者がいない。荊州水軍を率いたことのある者をこちらに引き入れたい」


「劉表配下で軍の実権を握っていた蔡瑁が、襄陽の文官で不満を持っているらしいです。それは襄陽を指揮する呉の将に抑えられているようですが、欲もありますし簡単に寝返るかと」


凛が咳をしながら言った。

ここ最近、凛の体調が良くない。

熱があるようだし、今回の南下には加えない方がよいのかもしれない。

凛には、これからの天下を得た国家・魏の内政を支える役目もある。

天下を決する大戦に参加できない不満は出るだろうが、閨に誘って説得するか。

いや、また鼻血を出して症状が悪化しても困るし、無理やりにでも置いていくしかないか。

体調が良くなれば、許都の抑えにも必要になる。

誰か、他に置いておくべきかもしれない。


「八月に入ったら、南下を開始するわ。張郃、満寵はそれぞれ周囲の太守を指揮する都督に任命するわ。上手く使って、蜀呉を牽制するように。私自らが、この大戦に臨むわ──天下を奪る、覇道一番の難山にね。その前にある川を渡り、山の頂上に立った時が、曹魏が天下を決する時。皆、心しなさい」


皆が拝礼する。

その時、私は司馬懿の方を見たが、司馬懿も拝礼していた。

目は、見えるはずがなかった。

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