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稀代の策士

なかなか見所のある娘だった。

あれほどの者はそうそういない。

もっと語り合いたいと思ったけど、身の上がバレると面倒だからそこそこに切り上げて別れた。

それにしても、魏には優秀な人材が多い。

蜀もそれは負けていないとは思う。

王平、張嶷、馬忠、張翼等々──将来有望な人材は集まってきている。

しかし、領地の差がやはり大きい。

領地が広いほど人材も広く集めやすい。


「ま、その分既存の武将が優秀過ぎるけど」


黒いフードを頭に被ったまま独りごちた。

ひとり言は癖だ。

愛紗や星、恋、霞──皆、俺なんか比べ物にならないくらいの名将だ。


鄴はやはり栄えていた。

魏の首都は許都だけど、鄴も河北を代表する大都市。

近々、銅雀台も完成するという。

第二の都市、ということになるのか。

都市が二つあると厄介だ。

単純に、許都を落としたところで鄴で体制を整えられるということだ。

西には長安もあるし、合肥という呉に対する頑強な戦線もある。


「あまり時間もかけられないか」


時間があるだけ都市開発に手を付けられる。

魏の繁栄と防御力が一層強化されるのだ。

どうも、ひとり言は治らない。

お昼も済ませたので、お茶を飲んでいた。

蜀にいたのは恵まれ過ぎたのかもしれない。

いい人が多過ぎた。

話す相手には困ることがなかった。

飲み終えて、お代を払ってから通りに戻った。

銅雀台を見たからここの用事は済んだ。


数日かけて洛陽を通って長安に入った。

許都は避けた。

魏の本拠で、見知った顔も多い。

雪蓮の時は話すつもりだったからよかったけど、今回は曹操と話すつもりはなかった。

長安も蜀に対する前線だけあって、栄えている。

兵もかなり常駐している。


「ここの太守は張郃か。あまり相手にしたくはない相手だな」


通りを歩きながらぼそりと言った。

旅に出てから、ひとり言は増える一方だ。

まあ、この賑やかさだったら聴こえることはないだろうけど。

あまり良いこととは思えない。

張郃は元は袁紹配下だった。

曹操と袁紹が大戦した際、曹操に降った。

以後は魏の将として転戦している。

朱里なんかはその名将振りを高く評価している。


「時代を見る目がある、ということかな」


「あらら、そんなことはありませんよ〜」


喧騒によく通る明るい声が聴こえた。

聴こえたというだけで、俺への返事とは思わずにそのまま宮城に向けて歩く。


「む、無視されると傷付きます〜」


すぐに俺の服を掴まれるのを感じた。


「えっ。なんですか?」


「えっ、て私に言ったわけじゃないんですか? そういうイジメですか? あ、でもちょっとかまってもらえて嬉しいですけど」


振り返ったら朱里よりは背の高い、でも同じくらいの年齢の女の子が俺の裾を引っ張っていた。

なんか一人で自己解決してるけど……もじもじしてて、なんか変な娘だな。

フードから覗く色素の薄い水色の長めの髪は少しクセがあり、片方の肩の前に流して結いている。

髪を結いている飾りの陰陽玉が目立つ。

肌は育ちがいいのか病弱なのか、白くきめ細やか。

目は幼さがあるぱっちりした目、瞳は髪色と同じ色の澄んだものだ。

魏を意識してるのだろうけど、髪色にも合わせたんだろう水色の女官服を着ている。


「ああ、さっきのひとり言が聞こえていましたか」


「ひとり言だったのですね。早とちりしてしまいました。ごめんなさい」


素直にぺこりと頭を下げる様は、やっぱり子供っぽい。

クセのある髪は撫でると柔らかそうだ。

朱里と雛里もだけど、なんか保護欲が引き立てられるなぁ。

おんなじことを愛紗とか星とかに言われてるけど。


「お気になさらず。見たところお役人様でしょう。一介の旅人に頭を下げることはありません」


「民や旅人、役人や将軍と身分の差があれど、非がある方が頭を下げる。これは当たり前のことだと思います」


正しいことだと思う。

だけど、魏ならそういう役人がいることは珍しいことではないだろう。

曹操の治政の厳しさは、旅をしていればよくわかる。

その厳しさのおかげで魏は広くとも豊かだ。


「ひとり言を聞かれたところで、私はさして気にはしません」


「なら、このことはこれでよしという事にしましょうか。でも、誰のことを言ったんですか?」


「時代を見る目、ですか。張郃将軍のことですよ」


特に隠す必要もなかった。

別に不敬を働いているわけでもない。


「張郃ですか。袁紹から魏に降ったのは、確かに大勢を見極めていました」


張郃と知り合いなのだろうか、呼び捨てで呼んでいてあまり良いことを言っていない。


「用兵技術にも武勇にも秀でていますし」


「そうですか。お話し頂いて恐縮ですが、お仕事はよろしいのですか?」


今回の俺の目的は敵情偵察ではない。

極力、国の話はしたくなかった。


「ああ、いえ。今日は非番なのですよ。ここで会ったのも何かの縁です、お話し願えませんか?」


弱った。断れるかと思ったら何やら気に入られてしまった。

とはいえ、この娘からは何か感じるから話すことはよかった。

身の上がバレるのと、国の話に向かなければいいだけだ。

重ねて確認しておくと俺の目的は敵情偵察ではなく、むしろ自国への線を調べることにある。

少女に誘われて茶屋に入った。

好きに頼むよう言われ、頭を下げてからお茶だけ頼んだ。


「別に何を頼んでくれてもいいのに」


そう言う少女はらしく、甘い物を頼んでいた。


「いえ、昼餉をいただいたばかりですので。しかし何故、私と話を?」


「同じ布をかぶる者同士ですし、勝手に共感したんです」


それに苦笑いして肩を竦めた。

普段はこんな布なんてかぶらない。

浪人とはいえ、敵国でバレると面倒だ。


「それだけじゃありません。なんて言えばいいんですかね、なんか気になりました」


ほくそ笑みながら見つめてくるのに、何か鋭さを感じた。

曹操に似ている、金縛りを仕掛けてくるような視線だ。

ちょっと冷たいものがある気がする。

とはいえ、曹操のそれには遠く及ばない。

作り笑いを浮かべて、一言言ってから店員の運んできた茶を啜った。

少女はおや、とした表情をしたけど愛想笑みを浮かべて頷いて自身も杏仁豆腐を口に運ぶ。


「そういえば、名前を聞いていませんでした。お名前を聞かせてくれませんか?」


「旅の者ごときの名ですが。張範と申します」


「そうですか。私は司馬懿、字を仲達と言います」


その名を聞いた途端、目を細めていた。

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