表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/160

切れ端

斬った。

それしか頭に浮かばない。

空を仰ぐと、木々の間から青が見える。

裏切ったことになるのかな、糜竺殿を。

鞘から刀は抜かれた様子はない。

だけど、周りには数十の斬られた死体が転がっている。

その中の一つ、前に糜芳の死体がある。

それだけが唯一、腹辺りで胴が真っ二つになっていた。

黒薙流居合『黒閃』はその気になったら人どころか、そんじょそこらの剣や鎧くらい斬ることができる。

空を見てぼうっとしていると、馬蹄の響きが聴こえてきた。


「雛斗!」


氷以外の霞や亞莎、恋たち元黒薙軍の面子が馬に乗って走ってきた。

俺の周囲の光景にみんな息を飲む。


「これはどういうことですか? 雛斗さま」


「──糜芳が待ち伏せてた」


少しまだぼうっとしていて、そちらに歩きつつ亞莎に短く答えた。

糜芳の他に、傅士仁の首も転がっている。

成都から離れて、それほど経っていない。

距離もあまり離れていない。

斥候を放っていたらしい糜芳の兵の方へわざと向かって、ここにいる。

霞たちは最後に成都を出る時、呼んでおいたのだ。

街道沿いに枝を差していき、森からは木に刀で斬りつけながら目印を残してきた。


「雛斗が一人のところを狙った、ということですな?」


「雛斗さまは、このために出奔を?」


ねねと亞莎に頷く。


「雛斗。自分、囮になったんか」


「糜芳と傅士仁は信用できなかった。間者に少し調べさせたら、どうも、手柄を持って寝返ろうとしてたらしかったから、誘ってみたらまんまと乗ってきたよ」


馬を降りて眉をひそめた霞に、自嘲気味に笑う。

危ないことはしない、と何度も霞に言ってきたけど、やっぱり守ることはできなかった。


「無事でよかったけど、ウチは感心でけへん。一人でやることなかった」


「一人じゃないと、糜芳たちは動かなかったと思うよ。俺を殺せる、絶好の機会と思わせるにはね」


「他にも手段はあったやろ」


「他人に迷惑はかけたくなかったんだよ。これまでに俺は、大きな迷惑をかけた」


「……迷惑でいい」


霞と言い合っていたら、恋がいつも通りにぼそりと言った。


「迷惑かけなくても、雛斗が怪我したら、いや。迷惑かけても、雛斗が怪我しなかったら、それでいい」


恋が俺の袖を掴んでくる。

見上げてくる恋の綺麗な瞳に目を奪われていた。

氷と似たようなことを言うんだ。


「雛斗はなんでもかんでも、一人でやりたがるからダメなのです。ねねたちは一生、雛斗の仲間なのです」


「今後は、一人で危険なことをやらないでください。雛斗さまがいなければ、私たちはやっていける気がしませんから」


迷惑をかけた。

ねねも亞莎も。

恋も霞も。

氷も。

そして、桃香たちも。

そんなことを言っても、みんなを傷付けたくなかった。

みんな、俺を仲間と思ってくれて、好きでいてくれる。


もう、迷惑をかけたくない。

せめて、俺の好きな人を汚いことに巻き込みたくなかった。

危険なことがあっても、愛紗や星たちがいるからまだいい。

だけど、こういう汚れは俺がやるべきなんだ。

それは、たぶんこれからも続ける。

みんながこう言ってても。


「ありがと、みんな」


それでも、こう言わないとみんなが納得しないから。

恋の手を優しく解く。

恋は素直に離してくれたけど、まだ浮かない顔をしている。

きっと、俺の決意を感覚で読み取っているんだろうけど、うまくそれを言葉に出来ないんだろう。


「俺はこれからやることがあるから、このまま行くよ。糜芳たちのことはみんなから上手く話しといて。俺のことは言わなくていいから」


「出奔は、やめないのですね」


亞莎が俯くのに、頭を弱めに叩いてやる。


「これだけはね。俺に罪がないことはないから」


「もう止めはせん。必ず、戻って来るんやな?」


「約束する。桃香たちにも言った。事を終えたら、蜀に必ず戻る。もし、蜀に危機が及んだりしたら、その時も戻るよ」


「ウチらは、蜀は蜀でも黒薙軍だったことは忘れてない。雛斗がいないと、ホンマに生きてける気がせえへん。せやから、必ず戻ってきてな」


霞に強く頷いて、黒鉄を呼んだ。

惨劇から少し離れていた黒鉄が寄ってくる。


「孟達の動きにも注意しといて。氷にも言い含めておいたけど」


「氷のことは任せておくです。氷から少し話は聞いたです」


ねねが言う。

氷も、話すべき人にはちゃんと話したのか。

氷の怪我が気にかかるけど、霞たちがいれば心配ない。


「俺がやることも、氷には話したよ。時はかかると思う。……この謀反、これだけじゃ終わらない気がするし」


「え」


「けど、必ず帰るから」


霞が聞き返すけど、黒鉄に飛び乗る。


「蜀のことは頼むよ。別れは言わないよ。またっ」


言って、さっさとそこを駆け去った。

予感が呼んでいる。

けど、その前にやらなければならないことがある。

進路は、東だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ