切れ端
斬った。
それしか頭に浮かばない。
空を仰ぐと、木々の間から青が見える。
裏切ったことになるのかな、糜竺殿を。
鞘から刀は抜かれた様子はない。
だけど、周りには数十の斬られた死体が転がっている。
その中の一つ、前に糜芳の死体がある。
それだけが唯一、腹辺りで胴が真っ二つになっていた。
黒薙流居合『黒閃』はその気になったら人どころか、そんじょそこらの剣や鎧くらい斬ることができる。
空を見てぼうっとしていると、馬蹄の響きが聴こえてきた。
「雛斗!」
氷以外の霞や亞莎、恋たち元黒薙軍の面子が馬に乗って走ってきた。
俺の周囲の光景にみんな息を飲む。
「これはどういうことですか? 雛斗さま」
「──糜芳が待ち伏せてた」
少しまだぼうっとしていて、そちらに歩きつつ亞莎に短く答えた。
糜芳の他に、傅士仁の首も転がっている。
成都から離れて、それほど経っていない。
距離もあまり離れていない。
斥候を放っていたらしい糜芳の兵の方へわざと向かって、ここにいる。
霞たちは最後に成都を出る時、呼んでおいたのだ。
街道沿いに枝を差していき、森からは木に刀で斬りつけながら目印を残してきた。
「雛斗が一人のところを狙った、ということですな?」
「雛斗さまは、このために出奔を?」
ねねと亞莎に頷く。
「雛斗。自分、囮になったんか」
「糜芳と傅士仁は信用できなかった。間者に少し調べさせたら、どうも、手柄を持って寝返ろうとしてたらしかったから、誘ってみたらまんまと乗ってきたよ」
馬を降りて眉をひそめた霞に、自嘲気味に笑う。
危ないことはしない、と何度も霞に言ってきたけど、やっぱり守ることはできなかった。
「無事でよかったけど、ウチは感心でけへん。一人でやることなかった」
「一人じゃないと、糜芳たちは動かなかったと思うよ。俺を殺せる、絶好の機会と思わせるにはね」
「他にも手段はあったやろ」
「他人に迷惑はかけたくなかったんだよ。これまでに俺は、大きな迷惑をかけた」
「……迷惑でいい」
霞と言い合っていたら、恋がいつも通りにぼそりと言った。
「迷惑かけなくても、雛斗が怪我したら、いや。迷惑かけても、雛斗が怪我しなかったら、それでいい」
恋が俺の袖を掴んでくる。
見上げてくる恋の綺麗な瞳に目を奪われていた。
氷と似たようなことを言うんだ。
「雛斗はなんでもかんでも、一人でやりたがるからダメなのです。ねねたちは一生、雛斗の仲間なのです」
「今後は、一人で危険なことをやらないでください。雛斗さまがいなければ、私たちはやっていける気がしませんから」
迷惑をかけた。
ねねも亞莎も。
恋も霞も。
氷も。
そして、桃香たちも。
そんなことを言っても、みんなを傷付けたくなかった。
みんな、俺を仲間と思ってくれて、好きでいてくれる。
もう、迷惑をかけたくない。
せめて、俺の好きな人を汚いことに巻き込みたくなかった。
危険なことがあっても、愛紗や星たちがいるからまだいい。
だけど、こういう汚れは俺がやるべきなんだ。
それは、たぶんこれからも続ける。
みんながこう言ってても。
「ありがと、みんな」
それでも、こう言わないとみんなが納得しないから。
恋の手を優しく解く。
恋は素直に離してくれたけど、まだ浮かない顔をしている。
きっと、俺の決意を感覚で読み取っているんだろうけど、うまくそれを言葉に出来ないんだろう。
「俺はこれからやることがあるから、このまま行くよ。糜芳たちのことはみんなから上手く話しといて。俺のことは言わなくていいから」
「出奔は、やめないのですね」
亞莎が俯くのに、頭を弱めに叩いてやる。
「これだけはね。俺に罪がないことはないから」
「もう止めはせん。必ず、戻って来るんやな?」
「約束する。桃香たちにも言った。事を終えたら、蜀に必ず戻る。もし、蜀に危機が及んだりしたら、その時も戻るよ」
「ウチらは、蜀は蜀でも黒薙軍だったことは忘れてない。雛斗がいないと、ホンマに生きてける気がせえへん。せやから、必ず戻ってきてな」
霞に強く頷いて、黒鉄を呼んだ。
惨劇から少し離れていた黒鉄が寄ってくる。
「孟達の動きにも注意しといて。氷にも言い含めておいたけど」
「氷のことは任せておくです。氷から少し話は聞いたです」
ねねが言う。
氷も、話すべき人にはちゃんと話したのか。
氷の怪我が気にかかるけど、霞たちがいれば心配ない。
「俺がやることも、氷には話したよ。時はかかると思う。……この謀反、これだけじゃ終わらない気がするし」
「え」
「けど、必ず帰るから」
霞が聞き返すけど、黒鉄に飛び乗る。
「蜀のことは頼むよ。別れは言わないよ。またっ」
言って、さっさとそこを駆け去った。
予感が呼んでいる。
けど、その前にやらなければならないことがある。
進路は、東だった。