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また帰る約束

絶対に止めなきゃ。

私が悪いんだから、雛斗さんが出ていく必要はない。

雛斗さんは、怪我をおして見送りに出た氷さんと話している。

氷さんは恋ちゃんに支えられている。

やっぱり、浮かない顔をしている。

それは雛斗さんも同じ気持ちのはずだけど、表情はちょっと厳しい目付きをした普段のものと変わらなかった。

変わったことといったら、埃避けの大きな黒い布をまとっているだけだ。


翌朝、成都の城外にみんなが集まっていた。

会議に出てたみんなの他に、雛斗さんに鍛えられた武将や黒い鎧に身を包んだ雛斗さんの麾下もいた。

みんな、雛斗さんを慕っている。


「雛斗様、これを。ようやく完成しました」


氷さんが何か渡している。

黒い鞘に納まった、反り返った珍しい剣だ。

槍を地に突き刺して、雛斗さんが受け取って、抜いた。

刀身が真っ黒の、刃が片方だけの不思議な剣だ。


「うん。よく出来てる──無理はしないで。後は頼むよ、氷」


鞘に納めて右腰に差し込む。

強く頷く氷さんの頭を優しく叩く。

槍を抜いて穂先を確認してから、雛斗さんはこちらに近付いてきた。

急に胸の鼓動が速くなった。

焦っちゃダメ。言わなきゃ。止めなきゃ。


「桃香様、私の身勝手をお許しください。しかし」


「雛斗さん」


私が言うと、雛斗さんが口を止めた。


「私が許可したばっかりに、呉に捕まることになって。雛斗さんが思い悩むことになって。ほんとに、ごめんなさい」


頭を下げようとすると、雛斗さんが慌てて肩を止めた。


「一国の主が易々と頭を下げられてはなりません。呉に捕らえられたのは、私の油断が招いたことです」


「そうやって、私から非難を遠ざけようとするね」


雛斗さんが、押し黙った。

隣にいてくれるご主人様も黙って見つめている。


「私に非難がないようにしてくれてたんだよね? だから、私が許可したってことを雛斗さんからは言わなかった」


雛斗さんがご主人様を見るけど、ご主人様は首を振っている。


「ごめんなさい、昨夜の城壁で話してたこと。ちょっと、聞いちゃった──雛斗さん。私が悪いんだから、やっぱりここを出ていく必要はないよ。雛斗さんを必要としてる人が、ここにたくさんいるんだよ?」


肩を止めた手を握る。

男の子にしては意外に細い。

それでも、この手が私たちを守ってくれた。


「お願いだから、ここを離れることなんてしないで。私が悪いんだから」


「──なら、なおさらです」


しばらく、また黙っていた雛斗さんが口を開いた。


「桃香様は、正直に申し上げると甘すぎると思います。それは、北郷様にも当てはまるのですが。許可を求めた私も、書簡をさっさと捨ててしまえばよかったのです。私も甘すぎるが故に、呉に捕まるという失態を犯しました」


私の握る手を、優しくほどく。


「優しいことが悪いとは言いません。しかし、度が過ぎるのはいけません。それを、お互いに戒めあう期間としませんか?」


「もっと、厳しくしろってこと?」


「一概にそうは言えません。しかし、時にはそれが必要ということを知って欲しいのです。民に優しいのは良いことなのですが、時には厳しく税を徴収することも仕方ないことがあります。兵にも言えることです」


確かに、私はそういうとことがあると思う。

だって、みんなが戦乱で苦しんでいるのに、またそれを苦しませるのは良くないと思うから。


「私も桃香様も、甘いです。それを直し、身に染み込ませる時間だとお思いください。桃香様にも、ご自覚があると思います」


「けど、雛斗さんは」


食い下がろうとしたけど、雛斗さんが膝をついた。


「必ず、戻って参ります。この槍をもってして、またお役に立てるよう。それまで、この槍をお預けします」


差し出してくる槍を、私は思わず握ってしまった。

冷たい、黒い鉄だ。

雛斗さんが手を離すと重くて落としそうになったけど、ご主人様も握ってくれた。

雛斗さんが立ち上がる。


「──また悩ませたね、ゴメン。そして、引き留めてくれてありがと」


小声で言って、雛斗さんが微笑む。

息が詰まって、なにも言えなかった。

そうしているうちに、雛斗さんは黒い布を翻して雛斗さんの黒馬に大股に歩いて行ってしまった。

なにか言おうとしたけど、言葉が出てこない。


「皆。お見送りいただき、感謝する。私は、必ず戻って参る。それまでの間、さらば」


頭を下げて、雛斗さんは黒馬に跳び乗って駆け去った。

止められなかった。

甘かったのかな、やっぱり。


「桃香、俺たちは雛斗に試されてる。優しすぎるのを直せるのか。直せなきゃ、出ていった雛斗に悪いぞ」


ご主人様が言うけど、どうしようもなく涙が溢れてきた。

黒い槍がにぶく陽の光を返してきていた。

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