拠点フェイズ7.星
「ふむ。やはり雛斗には素質がある」
星が岩を見て言う。
俺と星の前に星の背丈くらいの岩は真っ二つに割れている。
何か鋭利なものでえぐったような割れ方をしている。
「槍は難しいね。今作ってもらってる方を使えば綺麗にいくと思うよ」
黒龍槍の穂先を下ろして構えを解く。
曇天の昼下がり。
みんながよく鍛練で使う庭に、星と俺がいる。
天気がよくないからか、強めの風は少し肌寒く、でも鍛練の火照りを冷ますにはちょうどよい。
「あれは斬るのに特化しているからな。多人数が相手なら、氣を上手く使えば一気に対処できるだろうな」
自分の槍の柄尻を地につけて、腰に手をあてて岩を観察する。
星が言っているように、昼飯後の腹ごなしに氣の使い方を学んでいた。
星は跳躍や接近が上手い。
武器に氣を通しての突きも流石だけど、その氣による運動能力上昇は特にすごい。
今俺が跳躍や着地に氣を利用できるのは、星のおかげだった。
「頑丈に作ってもらうために時間はかかるけど」
「仕方あるまい。細く、薄いのだからな。主が使いやすいと言っていたが、やはり雛斗も同じ出身だからかな?」
「たぶんね。一刀も腕は悪くないんだから、誰かに鍛えてもらえばいいのに」
「まあ、あの方もお忙しい。雛斗と同じく、皆にとても好かれておいでだからな」
星が不意に空を見上げた。
「どうしたの? 雨?」
訊きつつ俺も空を仰ぐ。
俺の目元に冷たい水滴が落ちてきて、片目をつむった。
星も頬に指先で触れる。
するとホントにいきなり雨がざあっと降りだした。
「むう、こんなにすぐ強く降ってくるとは」
「そんなことより早く城に戻ろう。岩は雨があがってから片付ければいいよ」
しかめ面をする星の手を取る。
頷いて、星は手を引く俺の手を握り返す。
城から庭へ出る出入口に入る。
中はすぐに廊下になっているけど、何もせずに歩く訳にはいかない。
まだずぶ濡れとはいかないまでも結構濡れているから、掃除をする人に申し訳ない。
「侍女を呼ぼうか。体拭くものを持ってきてもらわないと」
黒い和服を脱いで白い小袖になる。
多少小袖も濡れている。
「しかし運良くこちらを通るものかな? 侍女が待機する部屋も遠い」
星は普段上に何も羽織らないから、脱ぎようもないか。
「でも廊下濡らすと掃除する人に悪いし、拭かないと風邪ひいちゃうよ」
言うと星が何か気づいたようにきょとんとして、すぐにやりと笑みを浮かべた。
槍を出入口近くの壁に立て掛け、星が身体を寄せてきた。
「ど、どうしたの?」
思わぬ行動にドキッとする。
星の腕が俺の体に絡み、空色の髪が小袖から覗く肌に触れて、水滴がつく。
「ん? 風邪をひいてしまうからな。身体をくっつけ合って、身体を温めていれば良いと思ってな」
言いつつ、星は小袖をちょっとはだけさせて俺の肌に頬を触れる。
雨の滴が肌に冷たい、でも星の妙に温かい頬に鼓動が早まる。
「星が濡れちゃうよ」
「既に濡れているのだ。今さら変わらないさ。それより雛斗、胸がどきんどきんと言っているぞ?」
悪戯っぽい笑みと頬を染めながら、一層体を密着させてくる。
それもあって俺も顔が熱くなってきた。
「……なにやってるのよ、あんたたちは」
背中に声が聞こえて肩が震える。
「え、詠」
腰に手をあてながら眉をひそめている詠が、いつの間にか俺たちの後ろにいた。
「庭に鍛練に出たのを思い出したから、様子を見に来てみれば」
「い、いやっ。これは」
「愛の営みを」
「星は黙ってて!」
なんてこと言おうとしてるんだ!
見ろ、詠もため息をつきたそうな顔をしてるじゃないか!
「ま、大体予想はつくけど。そういうことは皆がいない、来ない場所でやりなさいよ」
やっぱりため息をつく。
「ふむ、詠がそういうのならそうしようじゃないか。そうだな、雛斗?」
「さも、俺がそう思っていたように言わないでくれる!?」
「体を拭くものくらい持ってくるから、少し待ってなさい。ボクがいなくなるからって変なことしないでよね」
「そんな目で俺を見ないでくれ……」
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「あのさ、星」
「ん~?」
耳元で星が語尾を上げた嬉しそうな音をあげる。
「仕事の邪魔なんだけど」
筆を置いてため息をつく。
まだ小腹の空くおやつ時か。
あの後、詠の助けもあって体を拭いてから自室に戻って着替えた。
星も自身の部屋に戻って着替えたようだ。
鍛練をしていたとはいえ、今日は普通に仕事がある日。
雨もあがらないし、そのまま午前の残りの仕事に入った。
で、なんでか星が俺の部屋にやって来た。
「私が濡れたのは雛斗が鍛練を頼んできたせいだ。このくらいさせてもらわねば」
「確かにそうかもしれないけど」
仕事机につく俺の膝に座って、星が首元に頬を擦り付けてくる。
うう、ドキドキして止まないじゃない。
絶対俺の頬は赤いし、星はそれに気付いてそうしてる。
気を紛らわそうと再び筆を取る。
ぺろっ
「うわっ! な、舐めるな!」
仕事を邪魔するように星は俺の首を舐めてきた。
「鳥肌が立ったぞ。可愛いなぁヒナちゃんは」
「ヒナちゃんって言うな! そういうことは仕事終わってからにしてよ!」
「仕事が終わってから、だな?」
言ってからしまった、と口をつぐんだけど遅い。
それを見て星はにやりと笑った。
「約束だぞ。最近、ご無沙汰だったからな」
「……はぁ。そう回りくどいことしなくても、星は勝手に夜に来たりしてるくせに。それに、俺はそれを拒まないよ」
ため息をついてから思い直して、苦笑いした。
星のまだ少し濡れている頭に手を添えて、顔を寄せる。
驚いた表情をするけど、星もすぐに笑みを浮かべて首に腕を絡ませて唇を押し付けてきた。
舌が差し込まれようとした時、すぐに顔を引いた。
星がムッとした。
「雛斗、私はまだし足りないぞ」
「これ以上は後でね。したら抑え効かなくなるし」
「……むう、仕方ないな。約束はしたのだからな。夜を楽しみにしてるぞ」
それにまた苦笑して、星の頭を撫でた。
仕事を早く終えとかないとな。
星と愛し合うのは、俺も嫌じゃないから。