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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
拠点フェイズ7.益州にて其の五
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拠点フェイズ7.愛紗

ふと、目を覚ました。

いや、目を覚ましたのに理由はある。

まあこんなこと、みんなには言えないけど。

完全に目がさえて、寝台から上体を起こす。

まだ日が替わらないくらいか。

窓から差す月明かりが、まだ夜明けには早いことを知らせる。

……酒でも呑むか。


寝台から這い出て、寝間着の白い小袖の上に黒い和服──胴服を羽織る。

部屋の端に置いてある水瓶の隣の酒瓶を手に取り、部屋を出た。

廊下もやはり暗い。

小袖の帯に差した刀を手で確認して、薄い灯を頼りに城壁を目指した。


───────────────────────


「んくっ……はぁ」


弱い風と月明かりが妙に涼しい。

城壁の縁に座り、街を眺める。

そこかしこに、まだぽつぽつと明かりが見える。

火の明かりでもこんなに明るく見えるものか。

それでもちょっと眉を寄せて盃を傾ける。


「雛斗……?」


不意に俺を呼ぶ声が聞こえて肩が震えた。


「あ、愛紗?」


動揺する心を抑えつつ、聞き慣れた声に後ろを振り返る。

ゆったりとした寝間着を着た愛紗がこちらに歩いてきていた。

綺麗な黒髪がおろされていて、雰囲気が変わっている。


「どうしたのだ? こんな夜更けに」


「愛紗こそ」


「少し眠れなくてな。部屋から月を眺めていたら、庭から城壁に向かう雛斗が見えたものだからな」


愛紗が俺の隣に座る。

いつもと違う雰囲気にちょっとどぎまぎし始める。


「雛斗はなぜだ? お前は明日も仕事がある。早く寝た方が」


「だからお酒飲んでるじゃん」


「しかしまったく酔っていないように見えるが」


そうだけど。

理由を愛紗に、というかみんなに知られたくない。


「何かあったのか?」


「いや」


「嘘だな。それに、少し怯えているか?」


顔を覗き込んでくる愛紗に目を見開く。

心配そうに眉を下げている。


「なんで?」


「なんとなくだ。いつもは優しい背中が、さっき私が声をかけたとき震えたぞ」


愛紗が俺の背中に手を添えてくる。

思わず背中が引く。


「何があったのか教えてくれ。私は雛斗の力になりたい。雛斗が好きだから」


「……笑わないでね」


真剣に言ってくれる愛紗になら言ってもいい気がした。

それに、今は誰かの温もりが欲しい。


「笑うものか」


「なら言うけど。……ちょっと、怖い夢を見て」


でも少し躊躇しながら、ぼそぼそと言った。


「……それだけか?」


「う、うん。だから言いたくなかったんだよ」


こんなこと星や霞に言ったら絶対からかわれる。


「どんな夢だ? 雛斗のことだ、余程の夢を見たのだろう」


それにまた驚く。

そこで終わりかと思ったけど、夢の内容まで訊いてきた。


「……笑わないでね」


「信用できないのか?」


「そういう訳じゃないけど。……その、お化けの夢、なんだけど」


やっぱりくぐもった声で言う。


「お、お化け?」


流石に愛紗が面喰らった表情をする。

俺は昔からお化けや幽霊なんかが苦手だ。

単純にそれらが恐い。

なんでかは知らない、とにかく恐い。


「そうだよ。情けないけど」


「どんなお化けだ?」


「想像したくない、聞きたくない、見たくない。その話は終わりにして」


早口に言って徳利に直接口をつけて、お酒を飲み下す。

その話だけはしたくない。

夢にまた出るような気がするから。

愛紗はぽかんとしている。


「そ、そうか。……なら、私と一緒に寝ないか?」


「え」


───────────────────────


まさか雛斗にこんな可愛い一面があるとは。


「このことはみんなに、特に星と霞には絶対に言わないでね」


目の前の背中が言う。

黒い服は椅子にかけられていて、今は白い着心地の良さそうな服を着ている。


「ああ。大丈夫だ。誰にも言わない」


なにか心がくすぐられて笑みが浮かぶ。

あの後雛斗が顔を真っ赤にしたが、そんなことではいつまで経っても寝れないぞ、と指摘したら俯きながら折れた。

私の部屋に来て、寝台に誘うと私に背中を向けながら布団に入った。

耳まで真っ赤にして、寝台から落ちそうな端に寄りながら、背中を丸めている。

雛斗にも苦手なものがあるのが、なにか嬉しかった。

毅然とした雛斗だが、こんなにも人間らしい。


「お酒を飲んで落ち着けようとしたのに、こんなことになるなんて」


ぼそぼそと雛斗が言う。

私と同じ色のおろした髪は、やはりさらさらしていて私の鼻をくすぐる。

こんなにも人間らしくて、こんなにも可愛い。


「今度から酒に頼らないで、私に頼って欲しい。私は雛斗といられて嬉しいし、雛斗を落ち着ける自信がある」


「どこからそんな自信が湧くんだか」


「雛斗は私が好きなんだろう? 私に夢中にさせれば、夢のことなんてすっかり忘れられるさ」


「ホントかな」


そう言う雛斗の肩を寄せて、こちらに正面を向かせる。

ちょっと驚く、愛しい顔が目の前にある。


「背を向けないで欲しい。私を見ないと夢中にできないだろう?」


微笑んだまま、雛斗を胸に引き寄せる。

雛斗は何も抵抗せず、私の身体に密着する。

外にいたせいか、夢のせいか、少し冷えた身体だった。


「あ……はぁ」


胸元の雛斗が少し声を漏らしたが、すぐに安堵の息を吐いた。

寝間着が遮らない肌に雛斗の温かい息がかかってくすぐったい。


「大丈夫だ。私がいる」


「……なんか悔しい」


ようやくいつもの雛斗の声が聞こえた。

それに笑って、いつもは雛斗からする口づけを私からした。

少しお酒臭いが、やっぱり甘い味がした。

すぐに雛斗の身体が熱くなってくる。

顔を離すと、雛斗の頬は上気して目がとろんとしていた。

そんな惚けた表情も愛おしい。


「愛紗、いつもとなんか違うよ」


「いつもと違う雛斗が見られたからだ」


「幻滅したでしょ。お化けなんか怖がる龍なんて」


「龍じゃなくていい。雛斗は雛斗だ。お化けを怖がっていようと、先頭で敵に突っ込もうと。正しいと思うことをする雛斗が、私は愛している」


雛斗のぱっちりした目の、吸い込まれそうな黒い瞳を見つめる。


「……ずるいよ」


呆気にとられたような表情をしていた雛斗は、やがてぼそりと言って自分から身を寄せてきた。

もちろん私は雛斗の身体を抱いた。

体は鍛えてあり、芯の通ったがたいをしているが、今の可愛い雰囲気もあってか少し細い気がする。

しかし、それがもっと愛おしさを感じる。

守りたい、と思わせる。

それは雛斗も同じだと思う。

雛斗は私も星も桃香様もご主人様も、全部守ろうとしている。


毅然とし、先頭に立ち、その身を敵陣に投げ打つ黒龍。

本当の雛斗はこんなにも柔らかくて、可愛くて、優しい。

雛斗は仲間全てを守ろうとしている。

私はそんな雛斗を、私は包んでやりたかった。

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