拠点フェイズ7.恋、ねね
「……まだ寝てる」
「今のうちに雛斗を堪能するです」
「……起きてるよ」
窓から差す朝日の眩しさに目を細めながら布団をめくる。
そこには俺にしがみつく恋とねねがいた。
堪能ってなによ、危険な臭いしかしないよ。
「ひ、雛斗!? いつの間に起きてたですか!?」
「……びっくり」
「そりゃ起きるよ。二人が寝台に潜り込んでくれば」
欠伸が出る。
仕事で疲れてるんだから、睡眠くらい普通に取らせて欲しいんだけど。
窓を見るに少し早めの起床だ。
今日は調練を午前のうちにやって、それから事務仕事をする予定だ。
調練するのは詠が一押しする奇襲、強襲に特化した騎馬隊だ。
あれの機動力を量り、旋回や疾駆──馬術を中心に訓練する。
「あう、起こして申し訳ないです」
「……ゴメン」
二人が素直に謝る。
俺の身体にしがみついたまま。
「とりあえず、女の子がそう男の寝床に潜り込ないでよ」
「雛斗にしか夜這いなんてしないです」
「夜這いって言うな。今、朝だし」
ため息をついて、ぼうっとする頭で二人をひっぺがして寝台から追い出す。
「そういうのは休みの時にしてよ。今日は調練があるし事務仕事もあるんだから」
「そうは言っても、恋殿が~」
「……ねねも、待てないって言った」
「うぐっ。た、確かにそう言いましたですが」
「二人がそう言ってくれるのは嬉しいんだけどね」
二人の言い様に苦笑いして寝台から出て、服を入れてある引き出しに向かう。
俺の部屋はみんなの部屋に支給されている家具しか置かれていない。
他と違うのは書簡を分けて置くための卓くらいだ。
飾り気がないと言えるのか。
だけど置こうと思うものもない。
「着替えるから外に出て。ちょっと早起きだし、会議の前に話すくらいならできるよ」
寝間着の白い小袖を絞める紐を解く。
寝る時はいつも小袖だけの軽い格好にしている。
小袖は足首の上あたりまである長い和服だ。
ホテルや旅館なんかにある、寝間着の浴衣に似たようなものだ。
流石に袴を履くと寝るのに邪魔くさい。
「ひ、雛斗の裸なら、ねねは見ていられるです」
「……興味ある」
「それ、変態だからね。女の子がそんなこと言うもんじゃない」
恋とねねを扉からほっぽり出して、一応鍵をかけて着替えに入る。
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「おはようございます、雛斗さん! お早いですね」
朱里がにこにこしながら挨拶するのに軽く返す。
定期会議をする部屋だ。
せっかく早起きしたんだから、そのまま会議の部屋で話そうと思った──けどね。
「あ、恋ちゃんたちも一緒だったんですね」
朱里と一緒に挨拶した雛里が俺の隣を見る。
隣の席には恋、ねねと座っている。
恋は早起きしたせいか席につくなり、長卓に突っ伏して寝てしまった。
ねねも寝ぼけ眼だ。
「おはようございますです。まさか朱里たちより早いとは思いませんでしたぞ」
「そうですね。いつもなら私たちが一番に来るのですが」
それもそのはず、今は会議の一時間くらい前の時間だ。
いつもそんな早く朱里たちは起きて待ってたんだ。
「ゆっくり寝た方がいいよ。背が伸びなくなっちゃうよ」
「雛斗は時々、グサッとくることを平気で言うです」
ねねの言葉をよそに、朱里と雛里がめそめそ泣く。
まだ幼いんだし、気にしないでいいと思うんだけど。
まだ成長期でしょ──たぶん。
「そういう雛斗も、ちゃんと寝たらどうなのよ」
「おはよ、詠。月」
「おはようございます、皆さん」
二人して膝をつく後ろから詠と月が部屋に入ってくる。
小言は氷ので聞き慣れた。
「もう背は伸びなくていいし」
「いや、背丈の問題じゃないし」
「雛斗さんがボケるなんて珍しいですね」
まあ、星や霞たちのせいでツッコミ役が多いからね。
「月、騙されちゃダメよ。雛斗は話をそらそうとしてるだけなんだから」
「詠は聡(さと)いね」
「べ、別にそれほどでもないわよ」
「詠ちゃん、話をそらされてるよ」
「ぐっ」
月も勘がいいよね。
「最近はちゃんと寝てるから大丈夫だよ。愛紗と仕事を分割してやってるから」
「なら、いいけどさ」
「詠は心配しすぎなのです。毎日雛斗を観察してるですが、ここ最近は以前より部屋の明かりが消えるのが早くなったです」
俺は自由研究の蟻か。
「観察してる時点であんたも雛斗のこと、心配してるじゃない」
「な、なんですか。悪いことでもあるですか」
詠は弁が立つね。
別に観察するくらいなら構わないけど、睡眠時間を削らない範囲で遠くから観察して欲しい。
「ふーん……まあ、いいわ。ところで雛斗。騎馬隊はあと、どのくらいで仕上がりそう?」
なにか含みのある笑みを浮かべたけど、詠は追撃されないように俺に話題を変えた。
「もう少しかな。機動力と馬術に関しては申し分ないと思う。だけど武器が、ね」
「他の騎馬隊もそうだけど、単に長い槍でいいような気もするけどね」
「まあ、そこは俺の欲張ってるところだからね。気にしないで」
本来ならそれで充分なのだ。
馬に乗っての機動力と突破力。
騎馬の強さはそこにある。
そこに俺は馬から降りての地上戦も想定した、馬上と地上両用できる槍が作れないものかと考えていた。
鈴々みたいに身の丈を軽く越える得物を扱える技量があるならともかく、そんなの兵に求めて絞れば、人数がいくつ集まるかわからない。
そこで馬上でよく使われる槍、馬上だから当然長い槍を地上戦でも扱えるようにして、より汎用性を上げたいんだけど。
「詠ちゃん、その話は会議の時でいいじゃない」
「そうね。どうせ議題に上げるつもりだったし」
そう言って月と詠は自分の席に向かった。
「仕事を分割したとはいえ、まだまだ忙しいですなー」
詠が去ったのを見計らってねねが口を開く。
どうもねねと詠は性が合わないらしい。
「三国が統一するまではね。ま、統一しても仕事は山積するだろうけど」
「ねねも雛斗の仕事を手伝えればよいのですが」
表情に出やすいねねが眉を下げる。
それに苦笑して頭を撫でる。
「ねねはねねで頑張ってるよ。内政の方が全国を見なきゃいけないんだから、そっちの方が忙しいだろうに」
「でも」
「気にしない。適材適所だよ。それに観察では俺は休めてるんでしょ? 心配されちゃ、こっちは悪い気がしちゃうよ」
「……なら、また休憩の際には恋殿とお茶をしに行くです」
俯いていたねねが頭を上げる。
まだ眉は下がったままだ。
「恋を連れてくとお茶どころかご飯になりそうだけど、いいよ。そうしよう」
それを聞いてようやくねねが表情を明るくした。
それに笑みを返した。
ねねの隣の恋は眠ったままだ。