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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
アナザーフェイズ.従者の過去
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アナザーフェイズ.黒永「迷惑」

手が温かかった。

ホントならこちらが温める側だと思う。

寝台の布団に、氷は静かに寝息をたてて寝ていた。

まだ上がったばかりの陽の光が窓から差し、起こさないかと気掛かりだけど起きる様子はない。


魏は俺が使者として赴いた翌日に撤退を始めた。

決断が早い。

それとも盗み聞きしていた者が勝手に指示したか。

いずれにせよ、これで蜀軍の勝利が決まった。


次に呉の動きについて話し合うと思ったら、桃香と一刀は俺に成都に戻るように言ったのだ。

桃香は俺を送り出したのを気にかけ、一刀は氷の天蕩山攻略作戦の際にもっと早く動けば氷に怪我させることがなかったと悔やんでいた。

俺は慌てて首を振った。

孫策と話すと決めたのは俺で、桃香は許したけど捕まったのは俺自身の油断が招いたことだ。

天蕩山攻略は氷が夏候淵と戦うことを決めたのだ。

聞く限りでは一刀はとてもよくやったと思うし、現に天蕩山は蜀の手にある。

しかし二人はそれで気が済まないらしく、俺と元黒薙部隊に先に成都に戻るように言った。

がら空きの成都には文官以外にほとんどいないのだ。

それに氷に顔を見せてあげて、と言われては断る訳にはいかなかった。


今は魏が撤退してそれほど経っていない。

療養している氷の部屋に辿り着いて静かに入って、今朝まで手を握って起きるのを待っている。

恋たちは遠慮してついてこなかった。

俺が氷といる間、軍事と内政の仕事に手をつけてくれた。

俺も仕事に加わろうとしたけど強く拒否された。

氷との二人きりの時間を作ってやりたい、という魂胆は見えていた。

とても申し訳が立たなかった。

恋たちだけじゃなく桃香や一刀、俺以外の皆は漢中でよく強大な魏と戦った。

桃香と一刀に非はないのだ。

非があるとしたら俺だけだ。

また俺一人のことで皆に迷惑をかけてしまった。

今も迷惑をかけている。


「──疫病神だね」


肩から寄り掛かっていた寝台に頭を預け、鼻で笑って氷の指を弄る。

俺はまるで厄を蒔いている疫病神のようだ。

迷惑を振り蒔いている。

こんな疫病神、蜀にいては迷惑をかけるだけではないのか。


「……雛斗様は、黒龍です」


聞き逃しかけて、ハッとして寝台を見た。

氷の目が開いてこちらに顔を向けていた。


「氷……。良かった、無事で」


怪我に致命傷がないのは聞いていたけど、氷の声を聞けてようやくホッとした。


「雛斗様もご無事で」


「氷にも皆にも迷惑をかけたよ。ゴメン」


膝立ちになって氷の手を両手で掴む。

それを弱い力で握り返してきた。

不意に目の前が滲んだ。

泣いているのだとすぐに気づいて、俯いて目をしばたたかせた。


「確かに雛斗様は迷惑をかけました。しかし迷惑とは、誰しもがかけるものです。本人にその気がなかろうと。他者が関係していようとも」


「だけど」


「覚えていらっしゃいますか? 私と雛斗様が、初めて会った時のことを」


不意にそんなことを言って、俺は目をこする手を下ろした。


「忘れる訳ない。洛陽で従者の募集をかけた時」


「私はその時孤児でした。父は地方監察の役人で、母は飯店の働き手で父に見初められました」


「…………」


「父が仕事で地方へ赴く直前、私は父と喧嘩をしてしまったのです。折角の遠出に母と私を旅気分で連れて行こうとしてましたが、仕方なく母だけ連れて出立しました。既に賊は各地で横行していました」


賊は裕福な官僚を目の敵にしている。

氷の両親は運が悪かった。


「父と母の死を伝えられた私は、もう生きる理由が見つかりませんでした。父は賄賂を嫌う方で、周りとの友好は良くなく。すぐに養女をとろうという方が現れました」


そこで俺は眉をひそめた。


「後ろ楯のいない私はなんの話もなしに養女にとられようとしました。その官僚の館に向かう時、警備隊の隊長が現れたのです」


俺は思い出していた。

賊討伐で賊と官僚とで連絡を取り合った痕跡を探り当てたのだ。

衆目の前でそれを上の人に見せ、逮捕に踏み切った。

民衆も連絡した官僚のことをよく思っていなかった。

上の人もその官僚から賄賂をもらっていたらしかったが、流石に民衆の声を無視しては暴動が起きる、と思ったのだろう。


「私は館に集まる群衆に混じって騒ぎを見ていました。官僚を連行する際、賄賂の話が出ました。隊長を買収しようとしたのです。そうすれば逃がしてくれると思ったのでしょう。その黒服の方は官僚の目の前に槍を突きつけてその話を蹴ったのです」


「……あれに氷が関わっていたなんて、ね。迷惑をかけたね、家を見つけられたかもしれないのに」


「その官僚の方、私の身を売ろうとしていたのです。迷惑どころか、私は雛斗様に助けられたのです。その後、私はその方の名前を知って従者の募集に向かったのです」


「…………」


そんなことになっていたとは、まったく知らなかった。

氷からしてみれば、初めて会ったのはその時ということか。


「雛斗様は幸福です。私だけではなく、蜀の皆様にご心配していただいているのですから」


皮肉か。

握っている氷の手がするりと抜けて俺の目尻の涙を弾く。

その表情は嘲るには程遠い、慈愛に満ちた笑みだ。


「皆様は迷惑だと思っていない、ということです。心配とは迷惑から起こるものではありません。仲間なのですから」


さっきの一人言を聞いていたのか、と思うよりも氷の言葉に俺は驚いていた。

まるで母親のようだ。

母さんもそうだった。

泣くと竹刀で頭を叩くくせに、落ち込んでいると優しくしてくれた。


「──恵まれているね。その仲間に心配かけさせた分、返さないとね。何らかの形で」


氷の手が俺の頬に触れる。

氷の指が俺の耳をくすぐる。


「皆様はお気になされないのでしょうが。雛斗様がお気になさるのでしょうね」


「もちろん氷にもなにか返すからね」


「では、雛斗様の肌に触れさせてください。少しの間で構いません。雛斗様はお仕事もあるのですから」


「……ありがと」


笑みを浮かべて氷の髪をすく。

氷も笑みを浮かべている。

やっぱり氷以上の従者なんてこの世にいないと思う。

俺のことを一番よくわかってくれて、こうして優しく包んでくれる。

氷の手が俺の頬を優しく撫でる。

いつの間にか目尻の涙も頬を伝った涙もなくなっていた。

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