拠点フェイズ1.恋、ねね
街というのは回ってみると面白い。
自分の思わぬところで良い店を見つけたり、通っていた店に気づかなかったものが置いてあったり、住民の表情が間近で見れたりと学ぶものが多い。
「……モグモグ」
特に料理屋は巡ると面白い。
それぞれで味や形、材料が違ったりして、それを発見すると面白い。
もっとも──。
「ああ、小遣いが……」
小遣いは減るのだけど──でも、今日は減りが特に激しい。
「モグモグ……」
街歩く俺の隣には、一心不乱に点心を頬張る恋がいた。
恋は結構大食いで、その奢りでの出費がひどい。
なんで恋に奢ってやっているかと言うと──まあ、なんだ。
特に用もなく街をブラブラしてたら、点心の店に恋がいるのを見つけた。
その点心を食べている恋が可愛くて奢ってやるって言ったら──意外にたくさん食べてね。
「モグモグ……?」
不意に恋が点心を頬張ったまま口を止めた。
「ん、どうしたの? 恋」
「……雛斗、お腹空いた?」
「なんでそう思ったの?」
「……悲しそうだった」
確かに悲しいよ。
お腹じゃなくて財布が空いてね。
「うん、ありがとね。気遣ってくれて」
特にお腹が空いてるわけじゃない。
時刻は昼過ぎ。
昼御飯は食べた。
「……ん」
恋がちょっと考えてから、点心を俺の鼻先に突き出した。
点心のいい匂いが鼻をついた。
「……一つ、あげる」
いや、全部俺が買ったんだけどね。
「じゃあ、もらっておこうかな」
実は恋に買ってやった点心は食べたことがないところで、少しだけ恋の食べる姿が気になっていた。
いや、可愛くてチラ見してたわけじゃないからね。
恋の手から点心をもらい、ぱくつく。
「ムグムグ……ん、美味しいな」
「……よかった」
じっとこちらを見つめていた恋が微笑んだ。
これが天下無双の呂布奉先だと、にわかには信じ難い。
普通の可愛い少女だ。
いや、この食事の量は普通じゃないけど。
「ふう、美味しかったよ。ご馳走さま、恋」
「……よかった」
「恋も食べなよ。まだたくさんあるんだから」
「……(コクッ)」
言われて腕に抱えた点心の入った袋に手を伸ばす。
「そういえば、陳宮はどうしたの? いつも一緒にいるでしょ」
「……モグモグ」
「飲み込んでからでいいよ」
「ゴクンッ。……陳宮は、軍のお仕事」
「──うん、大変だね」
恋も仕事しようよ、とか思ったけど軍事の仕事を恋ができるとは悪いけど思わなかったから止めた。
「だから昼御飯、一人だったんだ」
「……お金、陳宮に預けてるから困ってた」
うん、致命傷だこれは。
こんな数食べといて金払えないのは。
奢ってよかった──これからは恋に奢ったら陳宮に一言伝えよう。
少しは金を返してもらえるかもしれない。
「さて、そろそろ幕舎に戻るかな。買うものもないし」
「……(フルフル)」
「ん、どうしたの? 恋。まだ何か食べたい? 悪いけどお金ないよ」
「……(フルフル)」
「じゃあなに?」
「……もっと街、回る」
「あ、恋まだ回るか。じゃあここでお別れかな」
「……一緒に、回る」
「へ?」
「だから……雛斗と、回る」
──これは未来の世界で言う、デートのお誘いというものでは?
いや、この時代デートなんて存在しないんだろうけど。
でも、これってそうだよな──恋はただ回りたいだけなんだろうけど。
「じゃあ、ちょっと回ろうか」
「……(コクッ)」
恋が嬉しそうに頷いて、俺の隣に寄った。
ちょっと恥ずかしい気持ちを抑えて、歩き出した。
陳宮に見られたら蹴られそうだ。
明らかに陳宮は恋に溺愛だし。
「……モグモグ」
恋はまだ食べていらっしゃるし。
しかし、無心に食べてる恋は微笑ましい。
思わず頬が緩んでしまう。
小動物を見るときと同じような感じかな。
「モグモグ……ゴクンッ」
ようやく食べ終えて、紙袋をクシャクシャに縮めた。
「恋、あそこに屑籠があるよ」
「……捨ててくる」
それに頷くと、恋が屑籠に駆けていった。
ここだけ見てると、平和な街に見える。
けど、それも戦がないときだけだ。
「……捨ててきた」
恋は、戦では比類ない力を持つ最強の将軍。
でも、考えてるのはみんな生きるということだ。
本当に恋は純粋だ。
穢れのない心を持ってる。
「じゃあ、行こうか。時間がもったいない」
「……(コクッ)」
恋は汚しちゃいけない。
こんな純粋な綺麗な心を持ってる少女。
乱世では、とても尊い心の持ち主だ。
俺が汚さないようにしないとな。
俺は汚れていいから、恋は汚れないように。
隣を歩く恋は、ちょっと楽しそうに見えた。
あとで陳宮に奢りの返金をお願いしないとな。