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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第十四章.小覇王と美周朗の欲
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義兄弟

「これはどういうこと、冥琳?」


会議をする部屋に着くなり私は剣を突きつけた。

椅子に座る冥琳は平然としている。


あれから船を使って黒薙を連行して建業に着いた。

船で長江を下った方が輜重を運ぶには断然速い。

縄で縛った黒薙を明命に任せて真っ先に冥琳の元へ急いだ。


「お姉様!?」


「策殿、どうされたのだ?」


いきなり義兄弟に剣を向けた私にその場が凍りつく。

しかしやっぱり冥琳は平静な表情をしたままだ。


「私が黒薙とただ話すだけの場に明命たちを潜ませたのよ」


「黒薙と? お姉様、そんな話は聞いていません」


蓮華がそういうのも当たり前だ。

黒薙と会う話をしたのは冥琳と明命だけだ。

明命は黒薙に秘密裏に伝えるため、どうしても必要だった。

思春では蓮華に話す危険があった。


「今はそれどころではないの。私と黒薙だけで話す約束の場に、私にも内緒で兵を潜ませただけで飽きたらず、黒薙を登用できなければ斬るですって? ふざけるのも大概にしなさいよ!」


私が怒鳴ると剣先が震えた。


「──黒薙は軍事において天才だ。曹操にも匹敵する軍略とお前と対等に渡り合える武勇。敵に回すとこれから孫呉にとって大きな脅威となる。それにお前は黒薙に執心している。だからあの作戦を決行した」


私の呼吸を整えるのを待ったかのように、ようやく口を開いた。


「だからと言って黒薙を裏切り、私の気持ちも利用した。それについてちゃんと説明してもらおうかしら? 黒薙を斬る、と言わせた辺りもね」


黒薙を登用するだけならまだ良い。

私が怒っているのは私の気持ちを利用したこと、そして黒薙に嘘をついたことだ。

明命は黒薙を登用できなければ斬る、と言った。

嘘をついて、約束通り来てくれた黒薙を登用できなければ斬る、完全に私の方に非がある。


「斬れ、という命令はそう言えば黒薙も黙って捕縛されると思ったからだ。それについては私の誤算だ。お前のその様子だと黒薙は斬られることをものともしなかったらしい。雪蓮の気持ちを利用したのも悪かったと思っている。だが、同時にこれは私の気持ちでもある」


「どういうこと?」


不意に冥琳が眉を寄せたのに私は疑問を浮かべた。


「黒薙はその天賦の軍才の他に、人を惹き付ける魅力がある。雪蓮もそれに魅入った。私も同じなのだ」


「──え?」


思わず私は怒ってるのも忘れて声を漏らした。


「その──黒薙に惚れてしまった、かもしれない」


顔をそらした冥琳はあまり見たことがない表情で頬を赤く染めていた。

他の皆も唖然としている。


「雪蓮も私も黒薙に惚れて、それでなんとかして私たちの元へ来てくれるよう考えた結果がこれだ。私も雪蓮と同じで黒薙に来て欲しかった。心苦しかった、お前の気持ちは分かる。同時に私が許せないことも、な」


「──あの冥琳が人に惚れた、しかも相手は私と同じ黒薙とはね」


呟くように言って剣を下ろした。


「あなたも黒薙が欲しい、と思って私を利用したのね」


「すまないと思っている。斬ってくれて構わない」


「利用する辺りは私だって同じよ。冥琳にぜーんぶ任せて、私だけ独り占めして二人きりで話したんだから。ま、君主が軍師を利用するのは当たり前といっちゃ当たり前なんだけど。その前に私たち、義兄弟でしょ?」


冥琳が伏せていた顔を上げた。

私は笑みを浮かべてみせた。


「義兄弟同士利用し合った。黒薙が斬られることをいといもしなかったのは冥琳の誤算。黒薙に嘘をついたのは私と同じで黒薙が欲しかったから。嘘をついた辺りはまだ釈然としないけど、私も欲しいといっちゃ欲しいから人のこと言えないわね。私が冥琳と同じ立場だったら同じこと考えたかもしれないし」


「雪蓮──」


「だから許してあげる。ここまで私に言わせたんだから、黒薙に惚れたことは嘘だ、なんて言わないでよね」


「──嘘なんて言うものか」


私の言葉を聞いて、ようやく冥琳は安堵の笑みを浮かべた。

それを見て私も頬を緩めた。


───────────────────────


部屋に連れてこられて縄を解かれ、周泰が出ていくのを確認してから俺は窓の外を見た。

外は完全に建業の城内らしく、遠くに城壁が見えた。


「逃げることはあまり考えなかったけど、どうにも外を確認しちゃうね」


一人言を呟いてから椅子に座った。

窓の下を見たらやっぱり兵が数名待機していて、二階だった。

扉にも兵が見張りをしているだろう。

縄を解いたとはいえ、流石に徹底している。

逃げてもすぐに捕まるだろう。

なにより黒槍だけでなく、刀すらないのでは話にならなかった。

長柄武器と刀は得意武器だ。

騎馬を率いることが多いこともあって、いつもは槍を使ってるけど刀の扱いにも自信がある。


「はぁ、後で星と愛紗に怒られるなぁ。あと氷も霞も翠も──はあ」


我ながらバカなことをしたと思う。

二度も呉の罠にかかるなんて。

でも、今回は一回目とは違う。

孫策の本当の意志を知れた。


「──なんで敵の俺を」


腕組みをして呟いた。

孫策は言った。

敵味方関係ない、俺自身が好きでたまらないと。

──俺も人のことを言えないかもしれない。


「なんだかんだで、俺も孫策に惹かれている」


小舟で押し倒された時の孫策の真剣な表情、惚けた表情。

まだあまり孫策の表情は知らないけれど、それに見入ってしまった。


「敵なのに」


しかしやっぱりその言葉しか出てこない。

敵だとわかって、なんでこうも人に好意を持ってしまうのだろう。

好意には常識の垣根を超えた何かがある、と言ってしまえばそこまでだけど。


と、扉の外に兵以外の気配を感じた。

そう思って間もなく扉が開いた。

一刀がいない呉は、流石にノックという概念は存在しないらしい。

入ってきたのは夷陵の時に見た黒髪の眼鏡をかけた女性だった。

一緒に周泰も入ってくる。


「黒薙様、こちらの方が話をします」


周泰が言った。


「捕虜だというのに様付けか」


「黒薙様は尊敬すべき名将であらせられますので」


そう返して黒髪の女性の隣にぴたりと付き添う。

女性の護衛なのだろう。


「失礼する」


黒髪の女性が断ってから円卓を挟んで俺の前の席に座った。

部屋は捕虜として扱っているとは思えない、普通の部屋だった。

蜀の俺の部屋と比べて遜色ないくらい。


「…………」


「名を訊かないのか?」


女性が腕組みをして黙って見つめていた俺に訊く。


「名を聞いて呉の重鎮だと知ったら、私は貴女を捕らえるかもしれない。だから貴女も名を明かそうとしないのだろう」


「流石、というところか」


とは言ったものの女性に然程感心した様子はなかった。


「それに捕虜は尋問に答えるのみ。無用な話はいらんだろう」


「私は尋問に来た訳ではない」


それを聞いて俺は目を細めた。


「我が主はお前を欲しがっている。いや、お前を愛している。わかるな?」


「信じがたいがな」


「つまり、お前を呉の臣として登用する。それを主は望んでいる。尋問、まして斬るなどもっての他だ」


「斬れ、と周泰は命令されていたようだが」


「軍師の誤算だ。お前が素直に呉に連れてこれるよう、そう命令したが裏目に出たらしいな」


そう言うところを見ると、この女性は軍師──周瑜や陸孫とは違う人なのか。

しかし勘繰りするようなその目はやはり軍師のそれだ。


「だが、孫策の気持ちを利用した」


「それは──我が軍師もお前に惚れたらしくてな」


女性が罰が悪そうに言った。


「…………」


流石に予想できなかった答えに俺は敵の前というのも忘れて呆然と口をぽかん、と開けた。

周泰も聞いていなかったらしく、口をあんぐりと開けている。


「周瑜か陸孫かどちらかは知らないが」


「周瑜殿の方だ」


「──信じろと?」


眉間を押さえつつ訊いた。


「こればかりは信じてもらうしかない。我が主と軍師、お二方は黒薙に惚れている。そしてだからこそ軍師は主と自身のため、そして孫呉のためお前を登用しようとした」


「私はただの一武人だ。私一人で国が変わることはない」


「変わる。お前を孫呉が捕らえていると知って蜀と魏はどう動くと思う?」


「──蜀は私がいないところで、動くことはない」


愛紗や星が激情に駆られたところで、一刀や桃香が止めてくれる。

そう信じている。


「だが、魏は戦力低下と見て攻める可能性は否定できないだろう。お前は蜀にとって大きな存在。元黒薙軍を操れる者もそうそういない。あれは虎牢関の戦、袁紹との戦、漢中での曹操との戦と幾度も激戦をくぐり抜けて練度が高過ぎる。生半可な大将では操りきれないだろう。特にお前の部隊は誰が指揮する?」


つまり、俺の部隊なしの霞と恋の部隊の強さは少なからず低くなる。

これまでの戦の多くは俺の奇襲、強襲で混乱したところを霞と恋の部隊が総攻撃をかけて勝利してきた。

また、部隊が多い方が連携によってただ兵数の多い一部隊より余程強い。

さらに女性が言った通り、黒薙軍の練度は高い。

兵を継ぎ足しながらとはいえ、元の兵士たちもまだいる。

その兵士がまた新しく入った兵士を鍛えるのだ。

自ずと強くなる。

愛紗や翠などの歴戦の武将ならまだしも、頭で操る氷やねねには操りきれないだろう。


「曹操がその好機を見逃すとは思えないが」


その言葉に俺は押し黙って女性を見つめた。

女性もこちらをじっと見つめていた。

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