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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第十四章.小覇王と美周朗の欲
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離したくない

「やはり、お主の軍才は卓抜しておるのう」


「恐縮です」


その言葉に頭を下げた。

卓を挟んで正面に胸まで届くまだ黒い髭を持つ初老の男性が笑みを浮かべている。

水鏡先生と名高い司馬徽だ。

桃香に話してからそれほどの時を挟まずに周泰が返事を持ってきた。

俺が水鏡先生と会っている通り、待ち合わせ場所を承諾されたのだ。


俺は一先ず廬植先生と来た記憶を頼りに水鏡先生の私塾を訪ねた。

水鏡先生は俺の顔を見て驚きを隠さなかった。


「時を経て更に磨きがかかった、冴え渡ったものを持っておる。世界広しと言えど黒薙以上の用兵技術を持つ者はそうは居らぬじゃろう」


「そこまでお褒めいただくほどでは」


卓の上には碁盤のようなものがあり、その上に赤と青の兵や馬を模した人形が複数あり、水鏡先生側の小さな赤い旗のところに青の馬が到達していた。


「謙遜が過ぎるのう。まあ、己が功績を誇示する者より遥かに良い、というものじゃが」


水鏡先生が苦笑してお茶を啜った。


「そちらのお嬢さんもかなり勉学に励んだものと見るが」


「滅相もございません。私はまだ未熟者です」


俺と同じように隣に正座する氷が言った。

特に供を連れていくことを禁止するようなことも書いてなかったので、氷を供に連れた。

仮に俺一人が呼ばれたとしても、水鏡先生に預けていただければ良い。

ちなみに出発した後に氷には全て話した。

その時は流石に驚いたけど「雛斗様らしい」と、すぐに苦笑いした。


「この者は私の従者、黒永です。せがまれ、軍学を私が教えました。水鏡先生にお願いしたいのですが」


「なんじゃろうか?」


「黒永と話していただきたいのです」


それに水鏡先生と氷が話すのに良い機会だ。

水鏡先生と話せばまた学ぶものも多いだろう。


「ふむ。今でも十分に勉学を積んだものと見えるが、更に磨きをかけたいのじゃな?」


「大変恐縮な話ですが」


「お主の頼みとあらば良かろう。そなたが自ら会いに来てくれたのじゃからな。しかし、何故今になって儂に会いに来られたのかな?」


「実は人と待ち合わせをしておりまして」


「誰かな?」


「呉の君主、孫策」


「ほお、それはまた大物が」


それほど驚いた様子もなく言った。


「その中途でしたので、ご無礼ながらお訪ねしました」


「よいよい。用はなくとも会いに来てくれるのは悪い気分などせんよ。それより、何故そなたと孫策殿が?」


「あちらから私的に会いたい、と書簡が届きまして。劉備様と相談して許可を得て参ったのです」


「私的にか。そなたに惚れたのかのう」


「もしかしたら、そうなのかもしれないのですが」


苦笑いして俺も茶を啜った。

この時代の茶は貴重だ。

客人用にとってあるのだろう。


「そなたほどの男なら不思議もあるまいが。曹操殿とも話をしたというではないか。そなたは三国から好かれておる、大変な男じゃ」


「今は蜀の一武将です。情で戦いなどできません。好かれているからといって、蜀の敵とあらば刃を交えることをいといはしません」


しかし、自分は情で動くことも多かった。

仲間の死となると、自分はどうなるか考えたことがなかった。

たぶん、情に突き動かされて戦うだろう。


「結構な覚悟じゃ。流石は世に名を馳せる名将じゃな」


そう考えているとも知らず、水鏡先生は相変わらずな笑みを浮かべた。


「水鏡先生」


と、若い男が呼び掛けてきた。


「なにかな?」


「訊ね人です。黒薙殿をお呼びしてますが」


「──では水鏡先生。黒永をよろしくお願いします」


「気を付けていきなさい」


「雛斗様、お気を付けて」


───────────────────────


「孫策」


「黒薙、会いたかったわ」


微笑みを浮かべて孫策が言った。

外で直立していた周泰に案内されて長江の岸に行くと、孫策が待っていた。

孫策の後ろには桟橋があり、小舟が停泊していた。

周泰以外に供はいないようだ。


「──見ない間に、また一段と格好よくなったわね。もっと惚れちゃったわ」


にこにこしながら孫策が言う。

ホントに、本気なのだろうか。

敵同士だというのに。


「では、私はこれで。孫策様、お気を付けて」


「大丈夫よ。黒薙は信用できるわ」


何がそう思わせているのか、俺にはわからなかった。

ただ、槍も刀も今は持っていない。

氷に預けてきた。

孫策も剣を穿いていなかった。


周泰が去ると、孫策が手招きして桟橋を渡る。

素直に俺はついていった。

桟橋から土色の水に浮かぶ小舟に乗ると孫策は小舟を桟橋から離した。

なるほど、二人だけで話すために水上で話そうという訳か。

これなら誰かが近づこうとも水上だからわかる。

が、舟を操れるのは今は孫策のみだ。

泳ぐことはできるけど。


「この辺りなら良いかしらね」


しばらく互いに無言で孫策は舟を漕いでいたら、ようやく止めた。

水流に流されていないか、とも思ったけど遠くの岸に見える山があまり動かないところを見ると水流が弱いところを選んでいるらしい。

流石は孫呉の水軍技術だ。


「それで、私と何を話したいのだ?」


「私?」


孫策が聞き慣れない呼び方に首を傾げる。


「自分の呼び方、変わってるわね。俺でも私でも、どっちでも似合ってるけど」


「──話したいことは?」


無視してもう一度聞き直した。

変えたのは服を新調してから鏡で見た自分の呼び方が俺、では似合わないと思ったからだ。

兵士に威厳のある姿を見せなければならない、こちらの呼び方の方が良いとも思った。


「私はあなたのことを知りたい。それと、私の側にいて欲しい。それだけよ」


向かい合う形で座る俺に孫策はどこかむず痒そうな表情をする。


「私が誰だかわかっているはずだ。ただの蜀の一武人だ。それを側にだと?」


「もう無理」


そんな言葉が返ってきて眉を潜めた。


「っ!?」


一瞬で言葉を失った。

小舟が少し揺れた。


「あなたを抱きたくて、たまらないの」


孫策の震える声が耳元に聞こえた。

気付くと孫策が俺を抱き締めている、とようやくわかった。

痛いほどに孫策の腕が身体を締め付けてくる。


「孫策──?」


強く押し付けられた豊かな胸や甘い香りに一気に心臓の鼓動が速まる。

孫策の身体も熱い。


「んん、はぁ。やっとくっつけた。黒薙の体温、この匂い──やっと近くに」


孫策は首もとに頬をべったりとつけて大きく鼻で息をする。

全体重を俺にのしかけてくる。


「孫策、敵とこんなこと」


「敵味方なんて関係ないわ。私は黒薙と触れていたいの」


それを言われて言い返そうとした。

けど、敵という言葉しか思い浮かばない。


「惚れてしまったの、あなたに。敵なのに。頭ではわかってる。いけないことだって。だけど、どうしようもないくらい好きになってしまったの」


「…………」


何も言えなかった。

抱き締められたまま、俺の手は所在なさげに宙に浮いたままだ。


「ねえ。どうしたらいいのよ? 敵同士なのに、離れたくないのに、好きなのに」


孫策の腕から力が抜けて、俺の背中から落ちた。

どっと孫策が俺に身体を預けてくる。

熱い身体と甘い香りに頭がくらくらしてきそうなのを何とか耐える。


「どうしようもないよ。敵同士なんだから。その一点しかないよ」


知らぬうちに口調が普段のものに戻ってしまっていたが、構わなかった。


「敵は敵。そうとしか言い様がないんだよ」


「なんで」


「天命、と思うしかない。前も言ったけど最初に孫策に会ってたら、俺は孫策についてたと思う。それが先に劉備様だった。仕方ないんだよ」


孫策の肩をおそるおそる掴んで離そうとする。


「イヤ。離れたくない」


しかし孫策がまた強く腕を背中にまわして頭(かぶり)を振る。

孫策のさらさらした桃色の髪が俺の手にかかる。


すると孫策はぐっと強く身体を押し付けてきて、俺は船底に背中をぶつける。

俺に馬乗りになって俺の胸に手をついて動けないようにする。


「黒薙。あなたがどう思ってるのか、私にはわからないわ。だけど、私は黒薙が好きで好きでたまらない。一緒にいたいの。抱かれたいの。口づけしたいの」


頬を赤く染めた惚けた表情の孫策が、ゆっくりと顔を近づけてきた。

その表情に俺は釘付けになって、胸を押さえられて動けなかった。

あの孫策がこんな表情をして、俺にこんなに好意を示している。

敵なのに。


「っ!?」


「きゃっ!」


孫策を横に押し退けて舟から落とす。

立ち上がって構える。


「ぷはっ! 黒薙、なにを──!?」


すぐに孫策が顔を出すけど、気付いて息をのんだ。


「どういうことだ、孫策?」


目の前にいる相手ではなく、川に浮かぶ孫策に訊いた。

舟には俺の他にさっきまでいなかった、去ったはずの周泰がずぶ濡れの状態で背中の太刀を掴んで構えていた。


「明命! これはどういうこと?」


孫策が厳しい声をあげる。

孫策が画策した訳じゃないのか。

目の前の周泰に手甲をつけた手を構える。

けど、武器を持っている上に舟の上だからあちらの分が大きい。


「申し訳ありません、雪蓮様! 冥琳様のご命令です」


「冥琳の?」


真名であろう名前を訊いて孫策は目を見開く。

周瑜のことだろうか。

だとしても、周瑜から話を訊いていないのか?


「雪蓮様、お下がりください」


「思春、あなたまで」


やや低い声が聞こえた。

気付けば小舟の周りに十数人の兵が囲んでいた。


「黒薙、違うの! 私は」


「話を聞いていればわかる。孫策が画策した訳じゃないことくらい」


孫策が必死に言おうとするのを静かに言った。


「私をどうするつもりだ?」


「この場で登用し、できなければ斬ります」


「そんなこと許さないわ!」


「雪蓮様! しかし」


「私は蜀の臣だ」


構えを解いて、その場に胡座で座る。

周泰が目を見開いてこちらを見る。


「生きたいと思う、私を待つ者は多い。しかし、登用されてしまえば私はその皆を裏切ってしまう。ならば選択肢はない」


言ってから目を閉じた。

氷や恋や霞、愛紗や翠。

みんな俺を好きでいてくれる。

そんなみんなを裏切ることはできない。

生きて、みんなと会いたいけれど。

それでもみんなを裏切りたくない。


「いやっ!」


「雪蓮様!」


かん高い声と低い声が聞こえて、俺は横から引っ張られ川に引き込まれた。


「ぷはっ! げほっげほっ」


川から顔を出す。

気管に水が入って咳き込む。


「雪蓮様!」


周泰の声が聞こえた。

水の中でぎゅっ、と孫策に抱き締められる。

孫策に引きずり込まれたのだ。


「黒薙を斬ることは絶対に許さないわ! 斬るというなら、私も斬りなさい!」


「っ!?」


「しかし!」


周泰が舟の上で息をのみ、孫策を下がらせたと思われる低い声の少女が同じ水の中から声をあげる。

鋭い目をした少女だ。


「黒薙を捕らえなさい。斬ることは絶対に許さない。これは命令よ」


「しかし冥琳様は」


「冥琳には私から話をつけるわ。私に無断でこの作戦を決行した、それについてもね」


周泰の言葉に孫策が低い声で返す。

その場のみんなが息をのむのがわかった。


「孫策、私は敵だ。敵である私を庇って」


「蜀で待つみんなを裏切りたくないんでしょ。生きていればどうとでもなるわ。今は私に従いなさい」


尚も言い返そうとしたけど、今度は俺が息をのんだ。

孫策が唇を噛んで血を流していたからだ。

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