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真・恋姫†無双 ~緑に染まる黒の傭兵~  作者: forbidden
第十四章.小覇王と美周朗の欲
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帰る約束

「…………」


開いていた書簡を読み終えた。

それは蝋燭で灯されて見える裁き終えた書簡の山には積まず、そのまま机の上に置いた。

備え付けの小さな卓に積み上がる裁断された書簡はそれほど高くない。

もう深夜で重要な書簡は既に提出してしまっているからだ。


俺は自分の部屋で仕事をしていた。

今は深夜で各部隊の調練状況や警邏報告などが残っている。

仕事机に右手に積まれたその山ももう少ない。


「……どういうつもりだ」


目を瞑って腕組みしたままぽつり、と呟いた。

かすかな息に蝋燭の火が揺れる。


「そこに書いてある通りです。我が主は黒薙様と会いたい、と」


一人言ではない。

すぐ後ろから呟くような小さな声が聞こえた。

明るい少女の声だ。


「罠ではない、と言い切れるのか?」


椅子から立ち上がって振り向き、腰の刀に手をかけた。

長い黒髪の背の低い少女が太刀を背中に背負って膝をついていた。

驚くほどに気配が感じられない。

暗殺、という単語が頭に浮かび続けている。


「決して罠ではありません」


膝をついて、頭を垂らしたまま言った。


「信じられると思うか? 私は一度お前たちの罠にかかり、兵を失ったのだぞ」


黒い鞘から刀を抜いて少女の顔の横に下ろす。

少女はぴくりとも動かない。


黒薙と会いたいです。一度、会うことはできませんか? 日時はあなたの時間に合わせます。届けきた者に伝えてください。場所は襄陽近くの長江付近でお願いします。周瑜が自領でなければ認めない、とうるさくて。返事をいただけたらそこにいる者に案内させます。よいお返事を期待しています。


そんなことが書簡には書いてある。

宛名は孫策だ。


「孫策様の意志は本物です。嘘だと言うなら首を刎ねていただいても構いません」


「何故、そのようなことが言える?」


冷たい刃を少女の頬にぴたりとつける。


「黒薙様はそのようなことはなさいません」


「何故?」


「孫策様がそう仰いました」


「…………」


「それに殺気が感じられません」


「…………」


確かに殺すつもりなんて毛頭ない。

今は戦をしてる訳ではないのだ。

刃を少女の頬からゆっくり離して鞘におさめた。

蝋燭に照らされた少女の頭は上げられる様子はない。


孫策が俺に会いたい、か。

真意は分からない。

曹操と同じく、長い時を共に過ごした訳ではない。

むしろ、かなり短い。


「……待ち合わせ場所を水鏡先生、司馬徽殿の私塾。それが条件だ」


「……一度、確認して参ります。同じ時刻にまた参ります」


「……取り込んでるかもしれない」


近いうちに恋が休みで夜に来る可能性があった。


「取り込む、とは?」


「……言えない。すまない」


「いえ、賢明でしょう。ご無礼をお許しください」


頭を下げた状態のまま言った。

国関係の用事と思っているんだろうけど、実際は完全に私的な用事なんだけど……まあ、言う訳ないけど。


「成都の城壁近くの飯店、わかるか?」


「城門からすぐに見える飯店ですね」


「うむ。あそこに昼過ぎにいてくれ。明日からそれとなく見に行く」


「お手数をかけます」


「いや。一度、私も孫策と話をしたいと思っていた。……お前の名は?」


「周泰と申します」


驚いた。

呉の将の周泰だったとは。


「覚えておこう。返事を待つ。三十日間を過ぎたら飯店には行かないようにする」


「光栄です。では、できる限り早くに返事をお持ちします」


立ち上がった周泰に書簡を持たせて、目を話したらすぐに消えた。

ここに書簡を置いておいたら誰かに見られるかもしれない。


孫策は言った。

俺に一目惚れした、と。

それを鵜呑みにする訳じゃない。

けど、それを抜いても孫策とは話をしたかった。

孫策は英雄として、名将として俺を見なかった。

武人、あるいは俺自身を見ていたような気がしたから。


───────────────────────


コンコン


「桃香、雛斗だけど」


桃香の部屋の扉に一刀がみんなに教えたノックをして言った。


「えっ、雛斗さん?」


少し戸惑ったような声が返ってきた。

時刻は夜も更けた頃だ。

周泰が書簡を届けてきた翌日だ。

流石に今日、周泰の姿を見ることはなかった。


鍵を開ける音がして扉からすぐに桃香の顔が覗いた。

風呂に入ったのか、ほんのり頬が赤かった。


「夜遅くにゴメン」


「ううん、大丈夫だよ」


「少し二人で話したいことがあるんだ。取り込んでなければ」


「大丈夫だよ。中に入って」


桃香はなんの躊躇もなく扉を開けた。

そういう風に俺を見てないからだろう。

桃香は一刀が好きなんだから当たり前だ。


「でも話したいなら書簡を届けに来た時にでも言えばよかったのに」


桃香が椅子に座るのを見てから俺も座った。


「どうしても二人きりで話したかったから」


「……なにかあったの?」


桃香の目が真剣になった。

なにかを勘づいたらしい。


「孫策が公的にでなく、私的に俺に会いたいって書簡で伝えてきた」


「孫策さんが?」


「どういう訳か分からないけど。でも俺は話をしたいと思ってる」


「…………」


桃香が黙って俺を見た。

批難の目ではない、俺の目から真意を探ろうとする目だ。


「桃香だから話すけど、先の夷陵での戦いの時に孫策に言われたことがあって」


「なんて?」


「一目惚れしたって」


「……一応聞くけど。……誰に?」


「……俺に」


聞き返すのも無理はないか。

一国の主が敵に一目惚れする、なんて変な話を信じる方がおかしい。


桃香がため息をついた。


「雛斗さんはすごいね。呉の君主まで惚れさせるなんて」


「……ホントかまだわからないけど」


自分でも疑うよ。

元の世界ではあまりモテなかった俺がだよ?

それに相手はそんじょそこらの娘じゃない、呉の君主の孫策だ。


「だからそこら辺のことをはっきりさせておきたい。桃香はそれに賛成してくれる?」


「…………」


桃香はちょっと押し黙った。

俺もじっと待った。


「……どういう状況で話すの?」


ようやく桃香が口を開いた。


「書簡の内容からして、たぶん二人きりで話す。もしかしたら一人お供つけられるかもね。場所は襄陽付近の長江。条件付けて司馬徽先生の私塾を待ち合わせにしてもらった……くらいかな」


「孫策さんも対等に話し合おうとしてるんだね。その条件だったら私は良いと思うけど、長江付近っていうのが気になるね」


「何を考えているのか。……なにかあったら孫策に汚名擦り付けて戻ってくるよ」


「……何もないことを私は祈ってるからね。雛斗さんはこの国になくてはならない人になってるんだから」


桃香が俺の目をじっと見つめてきた。

やっぱり俺は一瞬息を詰まらせた。


「……司馬徽先生の私塾に訪問する話を近いうちにすると思うから、その時は許可して欲しい。話をするだけだったらそんなに時はかからないと思うから、十日して戻って来なかったら何かあったって思っておいて」


「そんなこと言わないで。雛斗さんは絶対にここに帰ってこないといけないんだからね。絶対だよ?」


桃香の視線が強くなってまた息が詰まった。

なぜか胸がどきどきしてくる。


「……何かあってもなくても、必ず蜀に戻ってくる。約束するよ」


なんとかそう絞り出した。

桃香がようやく微笑んだのを見て、肩から力を抜いた。

……これが桃香の皆を惹き付ける魅力なのかな。

皆の無事を祈る、ただそれだけなのに不思議とそれを言われると胸の鼓動が速まる。


蜀の英雄か、と俺は思いつつ桃香の笑みから視線をそらした。

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