100話記念番外編.貴方のために
「おいし~♪」
桃香のホントに美味しそうに言ったのに苦笑いした。
氷も苦笑してるけどまんざらでもなさそうだ。
「雛斗さん、こんなおいしい手料理を洛陽で食べてたの?」
焼売をぱくり、と食べながら桃香は訊いた。
ちょうどお昼時のことだ。
今日は氷と俺で非番をもらったからまた氷の手料理でお昼にしよう、と誘った。
赤くなりながら快諾してくれた氷が作った料理を庭の東屋でいただこう、としたところを桃香が通りかかったのだ。
「まあね。洛陽の飯店ってやっぱり高価なところが多いからね。氷に頼んで料理してもらってたんだよ」
「そうなんだぁ。いいお嫁さんを持ったね~♪」
「ちょっ、桃香」
「ひ、雛斗様のお嫁さんなどと」
俺と氷が真っ赤になったけど、あまり強くは言えなかった。
まあ、その、もう身体の繋がりは──ね。
ああもう! 恥ずかしい!
「私にも作り方、教えてもらいたいなぁ~」
「お時間が合えばいつでもお教えします」
「桃香様、それに雛斗も」
と、庭を通りかかった愛紗が東屋にやってきた。
「愛紗。お疲れ様」
「雛斗もな。今日は非番だったか」
「うん。愛紗は?」
「警邏を終えてきたところだ。この後は一応非番だ」
「愛紗ちゃん。お昼がまだなら一緒に食べる? 氷さんの作った料理、すごくおいしいよ♪」
桃香が麻婆豆腐を盛った器をにこにこ差し出す。
「確かに昼御飯は食べていませんが。良いのか、氷?」
「雛斗様、よろしいでしょうか?」
「俺に許可を求める必要はないでしょ」
「だ、そうですので私の料理で良ければどうぞ」
「氷、からかった?」
「霞と星殿に教わりまして」
氷に変なこと教えないで欲しい。
真面目な娘なんだから。
「では、ありがたくいただくとしよう」
桃香から器を受け取って麻婆を頬張った。
「うむ。美味しいな」
「氷さん、洛陽にいた頃雛斗さんに料理作ってたんだって」
「──なるほど」
愛紗の表情がちょっと険しくなった。
なにかあったのかな?
───────────────────────
「あれがいけなかったんだろうか」
「たぶん、そのあれは俺も心当たりあるわ」
少し前のことを思い出して、俺が呟いたのを聞いた一刀がため息をついた。
てことは、一刀も誰かにご飯作ってもらってたんだね。
月あたりかな、それを他の誰かが目撃したりなんなりしたんだろう。
昼前の暖かな陽気、俺と一刀はよく鍛練に使われる庭に用意された大きなテーブルについていた。
「一刀。ちょっと用事思い出した」
「逃げられる訳ないだろ、雛斗。あの愛紗や麗羽たちが作ってるんだから」
「一応、残ってる仕事があるんだけど」
「そう言ったって、この状態からどうやって逃げるつもりだ?」
一刀が自分の身体を見た。
その身体には椅子に縄で縛り付けられていた。
ご丁寧に腕を背もたれを囲って後ろ手に縛って、足を椅子の足に縛る徹底振りだ。
「無理だけど。なんで俺は鎖なの?」
鎖がじゃらりと重い金属の音を鳴らす。
俺も一刀と同じく、椅子に縛り付けられて逃げられないようにされていた。
「縄だと引き千切って逃げるとでも思ってるんだろ」
「どうだろ。やったことないから。一刀、朱里とか月とかは料理したことあるのは知ってるけど、愛紗とか麗羽とかは料理したことあるの?」
「あると思うか?」
「思わない」
ため息が漏れた。
俺と一刀がこうして庭でテーブルに(無理矢理)ついているのは、料理の食べ比べをしなくてはならなくなったからだ。
どうやらいつだかの俺や一刀が食べた料理で女心に火がついたらしい。
それが何故か皆に伝染したらしい。
軽く料理大会みたいになってるよ。
「斗詩や氷さんに任せるしかないな」
「あの二人に抑えられるとは、到底思えないんだけど。というか、氷も今回ばかりは意地張ると思う」
常識人の斗詩は料理ができないらしい麗羽が作る、と言い出すのを止めようとしたけど失敗してる。
なんとかしてみます、とは言ってたけど料理できない人が複数いるからたぶん抑えられない。
氷は他の皆に負けられない、と意気込んでたから皆を構ってないだろうなぁ。
たぶん月や朱里、雛里も意地張ってると思う。
「愛紗はたぶん、雛斗に料理出すだろ」
「そう言う一刀には麗羽がいるから安心して良いよ」
と言い返したけど、どの道何が来るかわからない料理を俺たち二人が食べることは避けられない、と悟って二人揃ってため息をついた。
「あんたらもお気の毒様やな~」
「霞?」
後ろの城側の方から霞の声が背中にかかった。
食堂から様子を見に来たらしい。
「そう思うなら鎖解いてよ」
「嫌に決まっとるやろ。ウチかて雛斗にウチの料理、食べてもらいたいんやから」
「ちなみに料理したことは?」
「雛斗はウチとずっと一緒におったろ?」
「なかったね」
またため息をついた。
「にゃはは! そう落ち込まんといて。ウチはちゃ~んと氷ちゃんから教わりながら作っとるから」
「愛紗はどうだったの?」
「何作っとるか、よう見なかったわ。ま、雛斗は愛紗で北郷は袁紹の料理を楽しみにしとき」
「…………」
やっぱり、と思って長く息を吐いた。
寿命、縮まんないかな。
───────────────────────
「さぁ、北郷さん。嬉し泣きしながら召し上がるとよろしいですわ!」
「雛斗、料理をしたことはないが考えに考えて私なりに作ってみた。食べてくれると嬉しい」
麗羽と愛紗が同時に俺と一刀の前のテーブルに皿を置いた。
あれから少しして皆の料理が出来上がった。
テーブルの上にはこれでもか、という種類の料理が並んでいる。
なんだろう、七面鳥みたいな大きな肉の丸焼きが二つあるけど。
恋と鈴々の料理かな。
「まずは鎖を解いてくれる?」
「俺も縄を解いてくれ」
「解いたら逃げるだろう」
俺と一刀が言うのを星がぴしゃりと言った。
「いや作ってもらった手前、腹も減ってきたのに逃げる訳ないだろ」
一刀が言うのに俺も頷く。
一応昼時だからお腹は空いている。
皆が一生懸命作ってくれたのに逃げるのは失礼だと思うし。
「本当か?」
「なんでそんなに疑うの?」
「いや、疑っている訳ではないのだが。しかし解かなくとも私たちが食べさせれば良かろう?」
「は?」
一刀と声を被らせながら聞き返した。
「それもそうだな。あたいたちがあーん、てさせてやれば兄貴たちが手ぇ使えなくたって食えるもんな」
猪々子が自分が作ったらしい大きめの肉まんをつかんで一刀に迫る。
「ほら、アニキ。あーん、しろ」
「ちょっ、猪々子! そんなでかいの一口で食える訳ないだろもがっ!?」
「ひ、雛斗。ほら」
一刀と猪々子の光景を苦笑いして見ていたら愛紗が麻婆豆腐(らしき食べ物)をすくってこちらに差し出していた。
「…………」
「雛斗さん。ここまで来たら観念したら?」
一刀の隣で見ていた桃香が不安を察してか、無情な言葉を言った。
はぁ、ままよ。
「あ、あー……む」
口元の麻婆豆腐をちょっと大口を開けて閉じてから上唇ですくいとる。
それを確認してから愛紗はレンゲを引いた。
「ど、どうだ?」
愛紗の不安そうな言葉を聞きつつ、口の中で麻婆を吟味する。
──あれ?
「普通に美味しいけど」
「そ、そうか。良かった。氷に教わった甲斐があった」
「え?」
横に控えていた氷を見上げるとにこっ、と笑った。
「今日までに料理を上手くなりたい、と迫られたもので」
それって、俺に料理を食べてもらいたいから──て、こと?
だったら──うわ、嬉しい。
「ありがと、愛紗」
ちょっとそっぽを向きながら言った。
たぶん、俺の頬は赤いと思う。
「えっ!? い、いや。いつも頑張ってくれている雛斗に対するせめてもの礼だ。私の方こそ礼を言いたい。いつもありがとう、雛斗」
頬を赤くして言う愛紗はいつもより可憐に見えてどきっ、とした。
「なんやおもろないなぁ。愛紗、どき。次はウチの料理食べてもらう」
「あ、ああ」
ちょっと戸惑いながら愛紗は霞に俺の横を譲った。
「饅頭?」
「ちゃんと中のあんも自作や」
霞が蒸す丸い木箱の蓋を開けた中身を見るとちょっと歪(いびつ)な形の饅頭……肉まんが二つ入っていた。
だから蒸す時間に俺たちの様子を見にきたのかな。
「ちと大きいか」
と、呟いて霞は饅頭をがぶりと二口くらい食べた。
「ほらっ、雛斗。あーん」
「えっ、いやっ」
半分くらいになった饅頭を口元に突き出してきたのに俺は赤くなった。
だって霞が食べた後だから──その、間接キスが──うわぁ恥ずかしい!
「ひ~な~とっ。あーん」
霞がにこにこしながら言う。
くっ、絶対わかってやってるでしょ。
「あ、あー……はむっ」
その笑顔になにも言えなくなって、口を開けたら霞は口に饅頭を差し込んだ。
「どや? 美味いか?」
「美味しいよ。今日料理作ったの初めてだよね?」
「実は愛紗と一緒に料理教えてもろた」
霞がえへへ、とはにかみながら言った。
なんで皆こう嬉しいことしてくれるかな。
「ふむ。愛紗と霞が好評か。私も負けていられんな」
と、星が隣に来るなりどんぶりを俺の前にどん、と置いた。
「──星、なにこれ?」
「何を隠そう、私が研究を重ねに重ねた極上メンマだ」
やっぱり、と思ってため息をついた。
どんぶりにはメンマが盛られていた。
「なんだ、ため息なぞついて。そんなにメンマがご不満か?」
「いや、星らしいなって思っただけだよ」
「──なんだか腑に落ちん」
料理が来る前から予想してたことだけど。
「まあよい。雛斗、あーん」
メンマを箸で摘まんで俺に差し出す。
メンマのみか──まあ、星がそう推すんなら美味しいんだろうけど、せめてご飯が欲しかった。
「あ、あー……ん」
いつになってもこのあーんには慣れない──慣れたらおしまいだと思う。
「──今まで食べたメンマの中では、まあ一番美味しいとは思う」
「そうだろう、そうだろう!」
機嫌良さげに星がまた箸を動かす──ってもうメンマはいいよ!
「星、まだ他の娘たちがいるんだからメンマはもう下げろよ」
星の後ろにいた白蓮が呆れた顔をした。
「むう、仕方がないな。まあ、またいつかメンマを食わせてやろう」
「いつかね」
メンマを忘れた頃にしてくれると嬉しい。
星が側にいる限り忘れることはないだろうけど。
「雛斗、あんまり料理に自信はないけどつくってみた。た、食べてくれるか?」
白蓮が用意していたのは焼売だった。
見た目普通で普通に料理できる感じが見て取れた。
普通普通って言ってるけど褒めてるからね。
「頂くよ。またお腹空いてるし」
「よ、よかった。では……あ、あーん」
白蓮、恥ずかしいなら言わないでも良いのに。
言われたからするけど。
「ん、むぐむぐ。ん、美味しい。白蓮って料理できるんだ」
「幽州にいた頃ちょっとな」
「悪いけど、雑談はあとにしてくれないか? 後ろも詰まってる」
翠が器を持ちながら白蓮に言う。
「わ、悪い」
「雛斗さん。たんぽぽの料理、食べてくれる?」
翠と白蓮を避けて俺の隣に来たのは蒲公英だった。
「おいたんぽぽ! ズルいぞ!」
「早い者勝ちだもん! 早く食べてもらわないと雛斗さん、お腹いっぱいになっちゃうかもしれないし」
「少しずつなら皆の料理はちゃんと食べるから」
実は今朝は朝飯を食べられてなかったりする。
ちょっと仕事が多くて陽が昇るまで徹夜してすっかり朝になってから二、三時間しか寝てない。
だから腹が減って仕方がない。
「雛斗さん。水餃子は大丈夫だった?」
「余程辛いものじゃなければ好き嫌いはあまりないよ。水餃子は好きだよ」
中国では餃子は水餃子が一般的だ。
焼き餃子は日本ではよく食べられるけど中国にはあまりない。
ちなみに中国では餃子は主食だから、日本みたいにご飯と一緒に食べることはない。
「よかった♪ 熱いかもしれないから」
蒲公英が汁の入った器から箸で餃子を摘まむ。
「ふーっ。ふーっ」
蒲公英が餃子に息を吹き掛けるのに目をそらした。
いや、猫舌だからありがたいけど──あーんと同じくやっぱり恥ずかしい。
「おや? 雛斗、顔が赤いぞ」
星がにやにやしながら後ろから俺の頬に触れる。
「ふーふーしとるだけやん」
「う、うるさいっ」
「ヒナちゃん、かわええわぁ」
霞が俺のまとめた後ろ髪を弄る。
「遊ぶな! それとヒナちゃんって言うな」
後ろを振り向きながら怒鳴った。
けど霞も星も気にした様子はこれっぽっちもない。
「雛斗さん。あーん♪」
「鎖ほどいてよ」
「ダメだよ。たんぽぽは食べさせてあげたいんだから。はい、あーん♪」
にこにこ笑いながら蒲公英は水餃子を俺の口元にやる。
息、吹き掛けてたんだよね。
──変に意識しちゃうからこの際忘れよう。
「あー……ん」
「どう? 雛斗さん」
「美味しいけど。蒲公英って料理したことあるの?」
「乙女のたしなみだよ、雛斗さん」
「たんぽぽ、次はあたしだぞ」
「うん」
蒲公英が素直に翠に俺の隣を譲った。
「──蒲公英と一緒に作った?」
「な、なんでわかったんだよ?」
翠が持つ器の中を見て言ったら翠が狼狽えた。
料理は水餃子だった。
「だっておんなじ料理だし」
「し、仕方ないだろ。あたしは料理なんかあまりしたことないし。でも、たんぽぽに教わりながらあたしの手でちゃんと作ったんだからな」
と、言いつつ翠も熱い水餃子だから息を吹き掛けている。
「霞、星。髪がボサボサになるから弄るのやめてよ」
その姿も見てられなくてまだ俺の髪を弄る後ろに言った。
「問題ない。雛斗の髪はサラサラだからな」
「羨ましいわぁ。ヒナちゃん」
「だからヒナちゃんって言うなっ」
「雛斗、ほら。あ、あーん」
翠に顎を引かれた。
恥しそうに餃子を運ぶ翠の顔が近くにあった。
恥ずかしいならやめたらいいのに。
俺も恥ずかしいし。
ていうか、翠顔近い近い!
「あー……む」
「ど、どうだ?」
「美味しいから! 顔近いよ!」
「うわっ!? わ、悪い!」
慌てて翠は俺から離れた。
気づかなかったの?
自分から顔近づけてたこと。
「ふむ、翠そこまでだ。次も詰まっているのでな 」
そんな翠の肩を後ろから捕まえた星が翠を引いてく。
「ほな、あーちゃん。お待たせしたなぁ」
「そ、そんな待ってなど」
入れ替わりに霞が亞莎の背中を押してきた。
「なに言うてん。たんぽぽの時なんかおんなじように割って入ろうとしてたやん」
「あ、あう」
「ほらほら、折角皆空けてくれてんやから行った行った」
真っ赤になって恥ずかしがる亞莎の背中を霞が急かして俺の横に立たせる。
「ひ、ひひひ雛斗さま! よ、よろしかったら食べてください!」
噛み噛みに差し出してきたのは胡麻団子だった。
胡麻を団子にまぶすようにつけて揚げた中国のお菓子だ。
「胡麻団子?」
「お、お嫌いでしたか?」
恐る恐る亞莎が下げた頭を上げる。
「そんなことはないよ。みんな料理だったからお菓子だったのに拍子抜けしただけ」
「皆様が料理だったので食後に軽く食べていただけるものが良いと思いまして。あの、食べていただけますか?」
その小動物みたいな不安げな表情はやめて欲しい。
ホントにどきってするから。
「もちろん貰うよ。でさ。鎖、解いてくれない?」
「ありがとうございます! では失礼してっ」
俺の嘆願に被せるように亞莎が早口に言って胡麻団子を摘まむ。
「あ、亞莎? 聞いてた?」
「雛斗さま! あ、あーん」
おっかなびっくりな感じで亞莎が胡麻団子を震わせながら口元に寄せてきた。
おかしいな、聞こえる声量で言ったはずなんだけど。
「あー……ん」
やっぱり慣れない行為に暑くなってくる。
かりっといい音がした。
「い、いかがでしょうか?」
「美味しいよ。甘いの好きだし」
「はあ。よかったです」
大きな息を吐いて肩を大きく下ろした。
「あああああの! 雛斗さん!」
その声に思わず息を呑んで亞莎の後ろを縛り付けられた身体で辛うじて覗く。
亞莎も背中を仰け反らせて驚いている。
「ひ、雛斗さんに食べていただけたなら!?」
後ろにいたのは朱里と雛里だった。
いつも通り、あわあわはわはわしている。
亞莎が慌てて俺の隣を譲った。
「心配しなくてもいただくよ。あれ? これ──」
俺は思わず口をぽかん、と開けっぱなしにしてしまった。
ちょっと茶色くて丸い形の──俺の元いた世界のよく見るお菓子。
「クッキー、という天の世界のお菓子らしいです。ご主人様に作り方を教わりまして」
料理の話になって少し饒舌になる朱里の言葉を聞きつつ、懐かしい薫りを鼻で確かめる。
「作ってみた時、雛斗さんはお仕事でしたので。是非食べていただきたくて」
「……懐かしいな」
雛里の声を耳にしてるはずなのに、俺はボソリと呟いた。
「はい?」
「──いい匂いがするね」
雛里が聞き返してくるのですぐに気付いて悟られないように言った。
危ない危ない。
素で口が滑った──聞かれてないよね。
「そうですよね。あ、あの、では! あ、あーん」
「あーん」
朱里と雛里が同時にクッキーを一つずつ摘まんで寄せてきた。
どうやら聞かれていないようだ。
ホッとしながら小さめのクッキーを二つ唇で挟んで口の中に入れる。
甘さが控えめなのは砂糖がないからかな?
でも十分に美味しい。
「うん。美味しいよ」
「そ、そうですか。良かったね雛里ちゃん!」
「うん!」
二人で手を合わせあいながら喜ぶ姿に頬が緩む。
やっぱり兄目線になっちゃうよね。
「……雛斗」
恋が大きな肉の丸焼きを大皿に載せて持ってきた。
ねねも側にいる。
「申し訳ないです、雛斗。もう少し小さくできればよかったのですが既に遅く」
「いや、遠くから見えた時からわかってたことだから」
眉を八の字にして謝るねねに苦笑する。
これでも小さくしたのね。
「恋殿、小さく切ってしまうのです。雛斗が食べられやすい大きさにズバッと」
「…………」
「恋、肉を切るのに戟は使わなくても」
無言で戟を構える恋に言った。
俺だったら絶対に黒槍を使いたくない。
「恋殿~。そんなことをしては戟に油が巻いて切れ味が悪くなってしまうです! この包丁で切るのです」
ねねも慌てて止めて、肉の端を削ぎ取って小さな皿に盛る。
恋も習って削ぎ取る。
「雛斗、あーん」
「恋殿~。ねねもやります。雛斗、あーん」
「俺は玩具じゃないんだけど。あ、あーん」
恋にはよく食べさせられるから慣れてるけど、やっぱり恥ずかしいね。
「むぐ……ごくっ。……美味しいよ、恋。ねね」
ちょっと物欲しげな恋とねねに言うとぱあっと明るい顔をした。
恋とねねってホントに感情が表情によく出るよね。
「雛斗様、お腹の方は大丈夫でしょうか?」
側にずっと黙って控えていた氷が訊いてきた。
「氷の料理をまだ食べてないのに、お腹いっぱいだなんて言えないよ」
「雛斗様は本当に勘がよろしいですね」
氷がちょっと驚いた顔をして、すぐに微笑を浮かべた。
「また料理になってしまうのですが」
「気にしないよ。焼売でしょ?」
「……本当に勘がよろしい」
また氷が嬉しそうな微笑みを浮かべた。
肉まんを入れるような蒸かす容器を氷が開いた。
やっぱり焼売がいくつか入っていた。
「俺の好物を氷が出さない訳ないからね」
「なんと、雛斗に好物があるとは!」
「よ、よかったぁ。焼売にしといて」
「今まで氷さんは秘密にしていたのですね、今日この日のために。氷さん、なんて策士なんでしょう」
「好物くらい、俺にもあるよ」
愛紗と白蓮と朱里の言葉に苦笑い。
というか、今日って何かあるの?
そんなに頑張って料理作って。
「雛斗様。あ、あーん」
流石に氷は恥じらいを見せつつ箸で摘まんだ焼売を俺の口に近付けた。
「あ、あー……ん」
「い、いかかがですか?」
一応いつも作っている料理でも不安なのか、氷が訊いてくる。
「心配しなくても、いつも通り美味しいよ」
「あ、ありがとうございますっ」
嬉しそうにぱあっと微笑んで頭を下げた。
「さて──雛斗。誰の料理が一番だった?」
「はい?」
愛紗が満を持したように訊いてきたのに聞き返した。
一刀の方も同じことを訊かれたようで、隣も静かだ。
というか、いい加減鎖を解いて欲しい。
「今日、こうしてご主人様と雛斗さんにみんなの料理を食べてもらったのは勝負のためだったの」
「薄々、そんなことかなって感じてはいたけど」
桃香の言葉に肩を竦めて呟いた。
別に今日はなんの特別な日でもないのにこうした大掛かりなお昼になったのは、何かあるなって思った。
「それで一番だった人は次のお休みにご主人様と雛斗さんと一日中いられる、て」
「そんなこと聞いてないよ!?」
一刀が驚いて言った。
そこまでは流石に予想できない。
「拒否権は?」
「あると思うか?」
焔耶が一刀に聞き返した。
ないのね。
「どうしても決めなきゃいけないの? だって、みんなの料理はホントに全部美味しかったし」
「それでも決めて欲しい。私たちは勝負のつもりでこうして料理を作った。も、もちろんお二人に美味しいと言ってもらえるような料理を作るのが前提だが」
愛紗が取り繕うように慌てた。
別に勝負だからといって、そこは疑ってないんだけど。
「うーん、難しいけど。じゃあ」
「決めるか」
一刀と顔を合わせて言った。
一刀もしょうがない、といった表情をしている。
「じゃあ一番は──」