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8 演技力不足ですね分かります

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 まだ白月が昇って間もないのに、愛染街には人が溢れていた。

 行きかう人々の波に呑まれつつ、須桜は目的地を目指した。

(せめてもうちょっと背が欲しかったわ)

 須桜は十七にしては小柄だ。その為、人ごみが苦手だ。すぐに飲まれてしまう。

「君、どこの店の子だい?」

「あたしは金じゃ買えないわよ」

 酔漢の手を払い道を行く。大きく息を吐いた。こんなやり取りはこれで何度目だろうか。

 須桜は玉菊屋、もしくは菱屋を目指していた。

 透蜜園のシマの売人は、先日紫呉が浅葱から聞いている。それ以外のシマの売人も一応知っておきたかった。

 今現在一番怪しいのは吉江・田中の二人。だが、まだこの二人が本星と決定したわけではない。

(さて、どっちに行くか)

 二股道の分かれ目で須桜は考えた。

 右に曲がれば玉菊屋。左に曲がれば菱屋である。

(まあ、どっちでも大した違いはないんだけど)

 馴染みにしている情報屋もいない事だし。

 須桜は右に曲がった。どちらに行っても変わらないのだから、人通りの少ない方を選んだ方が煩わしい思いをせずにすむ。

 大通りよりもずっと静かな道を行く途中、ふと声が聞こえて須桜は足を止めた。

 小路の奥に男が二人。男の足元にはしゃがみ込んだ少女の姿。男は猫なで声を少女に投げかけている。

 肩に届くほどの癖の強い赤毛。着ている物は薄汚れている。何日も彷徨っている、という風情だ。

 ふと少女が顔を上げた。こちらに気付き、翡翠色の大きな目を瞬く。

(……浅葱?)

 目が合うなり少女――浅葱は顔を背け、また元通り膝の間に顔を埋めた。

 情報屋の良し悪しは手中にする情報の質と量で決まる。つまり、自分のシマ以外の情報を如何にして手に入れるか。

 ここいらは玉菊屋のシマだ。透蜜園に属する浅葱が玉菊屋の者に見つかったら、それ相応の制裁が加えられる。

 その為の変装だろう。変装、とは少し相応しくないかもしれないが。何分、浅葱は常からして同じ格好をしているためしがない。

「な? 悪い誘いじゃねえだろ? 服も飯も寝る場所もある。お前は、だんなの機嫌を取ってりゃそれで良い」

「どうせ帰るところなんて無いんだろ? それにどうせここにいるんなら身売りするしかないんだし。それならうちに来たほうが絶対良いって!」

 浅葱は顔を上げない。二人の男は顔を見合わせ溜息をついた。

 どう切り抜けるのかは分からないが、これは浅葱の領分だ。手を出すべきではない。それに自分にもすべき事がある。

 そう思い通り過ぎようとした時だ。

「ねえ田中さーん……もう良いんじゃないですか? 他の奴探しましょうよー」

(田中?)

 それは吉江邸の警備頭の名だ。

(いや、でもありふれた名字だし)

 しかし小路の奥の男の特徴は、影虎から聞いた『田中』の特徴と似通っている。四十路がらみで細身。鉤鼻と大きな目が目立つ。

(……一計仕掛けるか)

 須桜は懐から小刀を取り出し、大きく息を吸った。

「ちょっと!」

 二人の男がこちらを向く。浅葱も顔を上げた。怪訝な顔をしている。

「……嫌がってるじゃない。やめなさいよ」

 鞘は払わぬまま、一歩踏み出す。できる限り怯えた素振りで。

「何だお嬢ちゃん? 正義の味方気取りか?」

「そんなの何でも良い。とにかく、やめなさい」

 声を僅かに震わせる。にやにやと笑う田中を睨む。恐怖を無理やり押さえつけている、という風情で。

「その物騒なもん仕舞えよ。俺達は何も悪い事はしてないぜ?」

「そうそう。家出少女に救済の手をーってさ」

 けらけらと男は笑った。須桜は鞘を払い、男に斬りかかる。

「……何しやがる!?」

 本気で斬るつもりはない。ただ相手の敵愾心を煽りたいだけだ。

「この……っ」

 田中に手首を掴まれた。須桜はわざと小刀を取り落とす。

(これで良い)

 武器を持った女を浚おうなどとは思わないだろうから。

 須桜は落とした小刀を視線で追う。浅葱の足元に転がっていった事を確認し、力を抜いた。男に対抗する手段を失い、絶望したという演技で。

「……逃げて!」

 じっと成り行きを見ていた浅葱は、俊敏な動きで立ち上がり、須桜の小刀を拾い上げ走り去っていった。

「何なんだ? お前さんが代わりになってくれるってか?」

 田中の目には怒りが見えた。手首を掴む手に、更に力が加わる。上手いこと頭に血が上ってくれているようだ。

「離して!」

「そうは行くかってんだ」

 肩を抱きこまれる。無理やりに歩かされた。

「一緒に来てもらうぜ?」

 須桜は身を捩り、逃げようとする。もう一人の男が須桜の頬を張った。

「大人しくしろって。これ以上痛い目みたくないだろ?」

「おい、乱暴はよせ。旦那が不審がるぜ?」

「っと、すみません」

 須桜は涙を流してやった。

「あーあ、泣いちまったじゃねえか。なあ、でもお嬢ちゃん、お前が悪いんだぜ?」

 田中は大きな声で笑った。

(上手くいった)

 これで内部の事を深く知れる。

 あとは、影虎が侵入してきた際にどうやって伝えるか、だ。

 それから、欲を出すなら紫呉と浅葱が接触してくれればと思う。浅葱が損得抜きで紫呉に情報を売るかどうかは分からないが。

 須桜はいかにも意気消沈といった様子で、男に促がされるがままに歩いた。



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