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6 お早うございます邪魔です

*********************************************


 有刺鉄線の張られた塀に登る。懐刀を取り出し、一部分を切った。

 皓々たる月夜だ。月の『影』を冠する己だが、こんな時ばかりは少しその光を疎ましく思う。

 影虎は吉江邸の木立に身を潜めて様子を窺った。

 門番は夕方の男と入れ替わっていた。

 今のところ確認が取れているのは門番の一人と庭の警備の二人。周期的に入れ替わっている。総勢何人かはまだ分からない。

 本邸の奥に別棟がある。警備員の詰め所だ。警備頭の田中はそこに詰め、警備員達を纏めている。

 影虎は懐に収めた小刀の中、一番小さな物を取り出し口に咥えた。

 こうしておけば、もしうっかりとドジを踏んでバレた時に攻撃されても、声を抑える事ができる。ついでに反撃にも出やすい。

 そしてその上から覆面をする。顔を見られる予定なぞ立ててはいないが、念には念を、だ。

 身を潜めた木立の前、警備員が通り過ぎていく。手に持った提灯に照らされた顔は、夕方とは別の顔だ。

(さて、と)

 足音と灯りが遠ざかっていくのを確認してから、影虎は行動を開始した。

 詰め所に向かい、屋根裏に潜む。小屋組に張った蜘蛛の巣を手で除ける。

 音を立てぬように這いながら、下から漏れてくる光を目指した。

 そこに張り付き、影虎は下を覗いた。

 眼下では、田中が金の勘定をしていた。蒼貨、金貨、銀貨、銅貨、それぞれを分けて横一列に並べている。

 田中は四十がらみの細身の男だ。鉤鼻とぎょろりとした大きな目が目立つ。

 田中の周囲には男が三人。夕方に見た門番と、庭の見回りをしていた男だ。

(って事は、田中を除いて外は合計六人か?)

 田中は蒼貨の並びを節の目立つ人差指で、すうるりと一撫ぜし、とろける様に笑った。

 そして口笛を吹きながら、大振りの財布に一枚一枚仕舞っていく。

「浅野戻りました!」

 詰め所の戸が開き、青年が二人駆け込んでくる。手には紙に巻かれた何かを持っていた。

 金を仕舞う手は止めず、田中は視線だけを戸口に流した。

「おお、遅かったな」

「すんません。何かさっき渡したとか渡してないとかで、ちょっといざこざしまして」

 浅野と名乗った青年はブツを田中に渡して首を捻る。

「何だそりゃ? あいつとうとうボケたか?」

「そうなんですかねえ……」

 眼下のやりとりを眺めつつ、思わず影虎は失笑した。もちろん声を立てずにだが。

 紫呉が接触した売人と田中はやはり繋がっている。

「んで、そいつは誰だ?」

 と、田中は浅野の背後の青年を顎で示す。

「こいつは俺の友人でして。最近金に困ってるみたいなんで、良かったらしばらく一緒させてやっても良いですかね?」

 浅野の後ろで青年は申し訳なさそうに頭を掻く。

「お前が面倒見るなら別に構やしねえが。あと、金はそんなに払わねえからな」

 田中は財布に頬ずりをした。青年は上擦った声で礼を述べ、頭を下げた。

(ふーん……)

 眼下では新入りの自己紹介が始まっている。

 影虎はその様子にじっと目を凝らした。




*********************************************




 何かが側にいる。

 覚醒と同時に知覚した。

 身を捩ると、ふわりと何かが鼻先を掠めた。

 髪だ。僅かに灰色がかった薄茶の髪。

「……何故ここにいますか」

 いつの間にやら布団に忍び込んだ須桜を、紫呉はごろりと転がして引き剥がす。

「んー……おはよう紫呉ー……」

「共寝を命じた覚えはありませんよ」

 聞こえているのかいないのか、須桜はまだ眠たそうに目を擦っている。

(全く……)

 いつの間に忍び込んだものやら。自分に気付かせなかったのは褒めてやりたいところだが。

「だって一緒に寝たかったんだものー……」

「僕は嫌です」

「だってその日の最後に見るのが紫呉で、寝てる間も一緒で、起きて最初に見るのが紫呉って素敵だものー……」

「僕は最初に須桜を見たくありません」

 もう一度布団に潜り込もうとする須桜を押し返す。意識がはっきりしてきたらしい須桜は、頬を膨らまして不満を訴えた。

「良いじゃない、ケチ」

「ケチじゃありません。当然の権利主張です」

 紫呉はきっちりと折りたたまれた、枕もとの着替えに手を伸ばした。昨晩影虎が用意しておいてくれた物だ。

 しかし、久しぶりにすっきりと目を覚ます事ができた。熟睡時の目覚めの悪さを自覚している紫呉だ。普段なら目を覚ましていても、覚醒するまでもう少し時間がかかる。

 その点においては須桜に感謝すべきなのだろうが、決して礼は述べてやらない。

「ほら、着替えるんで出ていって下さいよ」

「え、何で?」

「……着替えるからです」

 無理やり襖の外に須桜を押し出し、紫呉は勢いよく襖を閉めた。棒を立てて開かぬようにする。

 別に見られて困るものでもないが、だからといって見られて愉快なわけでもない。ならば見られない方が良い。

 がたがたと襖を開けようと奮戦していた須桜だが、やがて静かになった。

 ふうと一息ついて、紫呉は夜衣を脱ぎ落とす。

「いや待て須桜、襖破壊はやめろ。どうせ直すの俺なんだからさ……」

 何やら不穏は台詞が聞こえてきて、紫呉は脱いだばかりの夜衣をもう一度身につけた。

 つっかえ棒を取り払い襖を開けると、影虎に捕獲された須桜の姿が有った。

「もー……何でお前はそう我慢がきかねえの……」

「だってあたし自分の気持ちに嘘はつけない」

「んん、良い台詞だ。でもやめとけ」

「……とりあえず、礼を言います影虎」

「いいえー。おアツイ夜を過ごしたようで?」

 からかう声音の影虎には、ただ無言で睥睨を返す。須桜から手を離し、影虎は腕を組んだ。

「報告。例の田中氏は紫呉が接触した売人から大麻を購入してるみてえだ」

 紫呉は一つ頷き、部屋に入るように示す。

「報告二。門番は一人。庭番は二人。周期的に入れ替わってる。外の警備は今のところ確認できてるのは合計で六、いや、七か? 新入りが一人増えた」

 布団をたたみ、それに背を預けるようにして座る。その前に影虎と須桜は二人並んで座った。

「報告三。田中は奥の詰め所に詰めてる。交替した休憩中の警備員もここにいるみたいだな」

 影虎は顎を一撫でし、首を捻った。

「吉江本邸にはまだ入ってねえ。だから、田中と吉江のつながりがどんな物なのかは、まだよく分からない。田中が売人から大麻を買ってるのは確実だが、それと今回の少女誘拐云々と関係があるのかも分からない」

「ですが、吉江本邸に何か隠されているのは確実なんですよね?」

「ああ。あの掃除夫のおっさんの様子からするとな」

「でもそれが、今回の件と関係あるのかどうかはまだ分からない、と」

「そうだな。今度中に入った時に全部分かってくれりゃ良いんだが。……あ、報告四。屋敷の塀の西側んとこの有刺鉄線の一部は撤去済み。こいつが本星だった時の為に一応な」

「了解しました。……では、影虎はこのまま吉江・田中の周辺を探って下さい。僕と須桜は吉江・田中の周囲を探ると同時に、他の者が星である可能性を探り動きましょう」

「おー」

「了解」

「……っと、報告五。警備員達の繋がりは希薄。ってかすげえ適当。金での繋がりって感じだな」

 影虎はうんと伸びをし、大きな欠伸をした。

「ぅあー眠ぃ。んじゃ俺一回寝るわ」

「はい。お休みなさい」

 欠伸をしながら自室に向かう影虎が、あ、と声を上げて振り返った。

「そういやお前ら朝飯食った?」

「いえ、まだですが……」

「んじゃ何か作っといてやるよ」

「……休んでも結構ですよ?」

「俺が寝てる間お前らに働いて貰わんとだからなあ。良い朝飯は一日の源だし。おら須桜、手伝え」

「え、やだ面倒臭い」

「……正直は美徳と申しますケドねー」

 影虎は須桜の腕を掴み、ずるずると引きずって炊事場に向かう。

 角を曲がりしな、ちらりと視線を寄こされた。それに手を軽く上げて返事をする。

(お気遣い痛み入りますよ)

 襖を閉め、ほっと一息つく。

 ようやく紫呉は夜衣を脱ぎ、着替えに手を伸ばした。



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