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3 儚んでますからまあ嘘ですけど


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 柳の立ち並ぶその向こう、堤下の河原は背高い葦に阻まれて見通しが悪い。それに夜闇が付加されて、人の有無すら確認できない。

 暗い川面に、提灯の灯が揺れている。それをぼんやりと見やりながら、紫呉は腕を組んだ。

(どうしたものやら)

 このまま柳下に突っ立っていたら袖乞いに間違われかねない。間違われるのは街娼だけで勘弁だ。

 寄こされる秋波は、徹底的に無視を決め込んでいる。もっと人を選べと言いたいところだ。

 まあ、自分がこの街の客として相応しくない年齢である事は自覚している。客よりも、売る側の年齢に見えるであろう事も。

 だがそれとこれとは別問題だ。野卑た声音や袖を引く手が疎ましい事には変わりない。

 河川の逆方向の通りには、居酒屋が立ち並んでいる。店先には、店の名の書かれた赤提灯が揺れていた。

 店に入る客も出てくる客も皆が皆、赤い目をしており足元が覚束ない。それが酒の所為か薬の所為なのかは判別がつかない。

(……他のシマをあたってみますかね)

 と、小路から一人の青年が現れた。顔色は悪く、空咳を繰り返している。

 青年は立ち並ぶ居酒屋の中、迷う事無く一件の居酒屋に足を運んだ。

 紫呉は彼の後を追い、居酒屋の暖簾をくぐった。

 店内に充満した酒の臭いと、独特の甘い刺激臭に思わず眉を寄せる。漂う煙に刺激され、涙が滲んだ。

 薄暗い店内の両側には座敷があった。痛み、変色した畳。その上にごろりと寝転がり、人々はうつろな視線を天井に向けている。

 座敷は低い屏風で細かく分けられていた。そこに寝転がる一人の女性と目が合った。手元には小さな酒瓶があった。彼女は身を起こし、こちらに手を振る。

 紫呉は彼女の隣に腰を落ち着けた。

「お兄さん、若いね。いくつ?」

「十五です」

「あははっ、若いね! 若すぎるよ! どうしたんだい物見遊山かい? それとも若さ故の過ちかい?」

「世を儚んでですよ」

「あっはは! そりゃあ良い!」

 手を打ち合わせ、彼女はけらけらと笑った。

 どうやら彼女は酒に酔っているだけのようだ。もし大麻に酔っているのなら、こうはならない。もっと静かに弛緩しているはずだ。

 先程の青年は、店の奥で男と話している。男から受け取った煙草を吹かすなり、その場にぐったりと寝転んだ。

「気になるの?」

「ええ。世を儚んでますから」

「そうかいそうかい。つらかったんだねえ、見るところ良い所の坊ちゃんって感じだしねえ、色々有ったんだろうねえ」

「……彼が売人ですか?」

 腫れた頬を撫で回されるのを無視し、紫呉は顎で店の奥の男を示した。

「そうだよ。蒼貨一枚ありゃ酒でも葉っぱでも種でも、何でも欲しいものをくれる」

「そうですか……」

 礼を述べ、彼女の手に金貨銀貨を数枚握らせた。

「……あんた神様か何かかい!?」

「僕が神なら、神になりたいとは望みませんよ」

 勢いよく抱きついてくる彼女を押し返し、紫呉は小さく苦笑した。

 こちらに漂ってくる煙を手扇ぎで散らしながら、店の奥に座す男を目指す。

 紫呉は彼に背を向けて座り、手持ちの蒼貨を全て握らせた。ひゅう、と男が口笛を吹く。

「田中の使いか?」

「……ええ」

 聞き覚えのない名だ。肯定に若干の間が開いてしまったが、怪しまれなかっただろうか。

 男の表情を窺いたい所だが、顔を記憶されるのも困る。僅かな動揺を悟られぬよう、紫呉は息を詰めた。

 背後でごそごそと懐を漁る音がする。しばらくして、ぽんと紙に包まれた何かを投げて寄こされた。

 紫呉は何も言わず、それを懐に収める。立ち上がり、店を後にした。振り返って男の様子を確認したいが、ぐっと堪えた。

 臭いからするに、渡された物は本物の大麻と見て良さそうだ。

(田中、か)

 男が口にした名が気になる。本当に『田中』という常連の客がいるのか。それとも、売人の釣りか。

 釣りだとしたならば、後をつけられる可能性もある。だが、そのような気配は感じない。

(まあ、念を入れるに越した事はないでしょう)

 紫呉はわざと大通りや小路を曲がり歩き、存在の確認できない追っ手の目をくらました。


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