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16 おやすみなさいまた明日


 良い匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。

「あ、紫呉おかえりー…って臭っ。また臭っ」

「股?」

「違う股違う『また』」

 紫呉の懐に手を突っ込み、須桜は大麻の包みを取り出した。

「おーおかえり。甘酒あるぜ? 小腹空いたしさ、飲むだろ?」

「…………ええ……。ああ、はい…いただきます」

 ちり、と鈴の音がした。黒豆が駆け寄ってくる。するりと足に擦りより、甘えるように鳴いた。

「……お前何笑ってんの。どうした?」

「いえ……。……何でもありません」

 くつりと肩を揺らす。圧し掛かっていた重圧が霧散していくようだった。

「ただいま、戻りました」

 黒豆を抱き上げる。だがやはり臭うのか、黒豆は迷惑げに低く鳴いて、紫呉の腕から身をよじって逃れた。

「報告。殺害数五。吉江は含まず」

「報告。殺害数一。保護した少女は乾壱班に預けてきたわ」

「報告。殺害数八。田中の死亡時確認」

「えー……足して、ちゃんと十三だな」

 盆に甘酒を乗せ、食堂へと向かう。

「吉江を含まずとは、どういう事ですか?」

「ああ。……ほれ須桜、説明」

 一連の流れを須桜から聞きながら、紫呉は甘酒をすすった。熱く甘いそれが体に沁みる。

「了解しました。ではひとまず兄様に報告しますかね。今ならまだ起きているでしょうし」

 紫呉は伝鳥を腕に乗せた。伝鳥の目に光が灯る。

「夜分申し訳ございません。取り急ぎ報告を」

「ん、ああ……。私は今まさに寝ようと夜衣を脱いだところだったんだがね」

「春と言えど宵は冷えますよ。夜衣は召された方が良いかと」

「私が風邪など引くわけがないだろう。健康管理は完璧だ」

「それは出すぎた事を」

「まあ良い。ほら、早く言いなさい。私は眠いよ」

 語尾に欠伸がまじる。

 紫呉は謝辞を述べてから、事件の流れを語った。

「――以上です。奪った金は矯正施設に寄付しようかと。ではまた後日、報告書と共に参じます」

「ああ。ところで怪我は無いのかい?」

「はい。皆、ほぼ無傷です」

 それは良かった、と由月は笑った。

 おかしなものだ。

 由月が怪我について尋ねるのはいつもの事。決まり文句のようなものだ。

 なのに、今日は何故もこんなに沁みるのか。

「…………兄様」

「何だ。まだ何かあるのかい?」

「会えませんか」

「……何だい突然」

「会いたいです」

 沈黙が落ちた。

「……兄様?」

 ふ、と兄が苦笑する気配が伝わってきた。

「――いや、お前はいつか女に刺されて死ぬ気がするよ」

「は?」

「いや、分からないなら良い」

 兄は笑っている。

 何の事だ、と素直に尋ねるのが何だか癪だ。しかし何と言えば良いのかも分からず、ただ無言を返すばかりとなってしまった。

「私に会いたいならお前の方から尋ねてくるんだね。だが今日はもう眠い。また日を改めなさい」

 欠伸交じりに告げると、由月は一方的に伝鳥を置いた。

 報酬を求めて腕をついばむ伝鳥を宥め、嘴に瑠璃の粒を差し出してやる。

 満足した伝鳥を元の位置に戻し、紫呉はうんと伸びをした。

「兄様じゃありませんが僕も眠いです。とりあえず今日は寝るとしますか」

「おー。俺も疲れたし寝るわ」

「じゃああたしは紫呉と寝る」

「断ります」

 えー、と須桜は頬を膨らませる。

 湯飲みを片付け、紫呉は私室へと向かった。


 おやすみなさい。

 また明日。



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