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15 この重みから逃げるんじゃない

*********************************************


 両の手にした小刀の刃先から、ぽたりぽたりと血が滴っている。

 倒れた四人の男の向こう、腰を抜かした田中が鳴らす歯の音が聞こえる。田中はしっかりと財布を腕に抱いていた。

 紫呉は左の手にした小刀を一度咥え、もう一つの小刀を鞘に納めた。咥えた小刀を右手に移し、田中のもとに向かう。

「な、な何で、何でこんな事」

 それには答えず距離を詰める。

「なあ、た、助けてくれ。助けてくれよ、俺には家族がいるんだ」

「……僕にもいます」

「あ、……ああ。な、な? そうだろ? 助けてくれよ。な?」

「彼女達にも、家族はいます」

「……あ……お、お前、女の縁者か何かか? そうなんだな?」

 田中の視線は忙しなくあちらこちらに泳ぐ。

「な、なあ! これやるよ! 売れば良い金になる! ほら、な!」

 大きな目を更に大きく見開き、笑みを浮かべ、田中は懐から紙に包まれた大麻煙草を取り出した。

 紫呉はそれを受け取り一本取り出す。

 田中の前に片膝をつき、自分の背後に包みと小刀を置いた。

 燐寸を擦り、煙草に火をつける。肺までは吸い込まず、すぐに煙を吐きだした。

 ふ、と体から力が抜けていくような気がした。くゆる紫煙の向こうで田中が笑っている。

 紫呉は煙草の灰を落とし、田中の口に咥えさせた。

「あ……?」

「慈悲ですよ」

 煙を深く吸い込んだ田中の体が弛緩する。どこか遠いところを見つめる目には、幸福が浮かんでいた。

「せめて最期は安らかに」

 紫呉は小刀を田中の胸に突き立てた。

 田中の身体が傾ぐ。壁を伝い、ゆるやかに崩れた。

 小刀を引き抜く。床に血が滲んだ。

 その上に落ちた煙草が、じゅ、と音を立てて消える。

 田中の腕から落ちた財布から、蒼貨が数枚音を立てて転がった。やがて血だまりに行きつき、蒼貨は動きを止めた。

 財布を拾い上げ、紫呉はその場を後にした。










 深沈と春の宵が更けていく。

 夜闇がまるで四肢に絡まるようだった。

 紫呉は道なりの塀に体を預け、息を吐いた。

(……何を揺らいでいる)


 家族がいるんだ。


 そう言った田中の声が、何度も響いた。

 命乞いをされた事など、今までに何度だって有る。なのに何を今更揺らいでいるのだ。

 紫呉は田中の血に濡れた掌を袷で拭った。

 ぬるりとした感触や生ぬるい温度を煩わしくは思うものの、別に、この手が血で汚れているとも穢れているとも思わない。

 これは己の身の内にも流れているもの。己の命を形成するもの。厭う必要がどこに有る。


 自分はただ、背負うだけだ。

 奪った命を背負って生きるだけだ。


 初めて人を殺したいと願ったのが六年前。

 殺したいと希ったのは二年前。


 護られたくないと願ったのが六年前。

 護りたいと希ったのは二年前。


 ――願っているだけじゃあ何も手に入らないよ?

 お前が本当に望むのならもっと求めるんだね。もっとしがみつくと良い。


 兄は言った。

 笑いながら、謡うように。


 ――私の駒になりなさい。お前の牙に餌を与えてやろう。


 兄は言った。

 笑いもせず、吟じるように。


 伸ばされたその手を取ったのは自分だ。

 その手を取ると決めたのも自分。


(揺らぐな)

 この重みに潰されるな。

(毅然としていろ如月紫呉)

 ぐ、と拳を固める。

 身を預けていた塀から体を離し、紫呉は弐班の屯所へと足を向けた。




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