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10 なるほど理解しました

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 両脇を男に固められ、須桜は吉江邸を歩いた。注意深く見渡しながら、影虎が作った見取り図を脳裏に描く。

(……流石ね)

 寸分違わぬというわけではないが、ほぼ合っている。流石としか言いようが無い。

 だが何となく素直に褒めるのも癪だ。しかし影虎が優れているのは事実である。須桜は溜息をついた。

「まあ、そう気を落とすなって」

 須桜の溜息の理由を勘違いしたのか、田中が面白がる調子で言った。

「そうそう。旦那様はやさしいぜ? 金だってたっくさんくれる」

「まあ、貰ったところで無意味だけどなあ」

 田中は男と顔を見合わせて笑った。

 屋敷の北の奥、襖の前には警備員がいた。その男と二言三言交わし、田中は襖を開く。

 その向こうには座敷牢があった。

 中には少女が二人。

「ほら、新入りだ」

 牢の中の少女がちらりと視線を寄こす。感情は読めなかった。

 鍵を開ける。

「仲良くしろよ」

 懐に手を差し込まれた。財布を取りだし、田中はそれに頬ずりをした。

 背を押され、牢に入れられる。背後で錠の落ちる音がした。

 牢は十畳ほどか。見事に殺風景だ。文机と箪笥が一つしかない。

 中の襖を開いてみると、廊下が続いていた。おそらくは厠に続いているのだろうが、暗くて奥までは見えない。

 小さな格子窓から月光が差し込んでいる。二人の少女はその光を受けながら、じっと須桜に視線を注いでいた。

 一人は、茶色の髪をした少女だ。十八・九か。長く伸びた髪を背に流している。

 もう一人は部屋の隅で膝を抱えていた。真黒い髪をおかっぱにし、眼鏡をかけている。年の頃は十四・五だろう。

「あなたも帰るところが無かったの?」

 茶色の髪をした少女が口を開いた。

「……そんなところ」

 理由は別に有るが、告げるわけにはいかない。

「私は桐子。ちなみにその子は琴。あなたは?」

「須桜」

 きれいな名前、と桐子は笑った。琴は変わらず膝を抱えたまま動かない。

「ねえ、桐子さん。あなたも帰るところが無いって……」

「ああ、うん。私はね、施設で育ったの。でも嫌になって、出てきた。その時に吉江の旦那に拾われた」

「吉江の旦那……」

「そう。このお屋敷の旦那」

「さっきの、田中って男にじゃなくて?」

「琴はあの男が連れて来たんだけど。私は古株だから」

「……どういう事?」

 ええと、と桐子は視線を天井に向けた。

「私が旦那に拾われたのは四年前。だいたい同じ頃に拾われた子は、最近出て行った。……って言うより、出て行かされた。それで、いなくなった子を補充しようとして、田中が琴を連れてきた」

 四年前。

 それは、薬漬けにされた少女の、行方不明届けが出された時期だ。

「出て行かされたって……どうして?」

「田中が捨てた」

 捨てた?

 どういう事だ。

「何で、そんな事になったの?」

「うーん……。何だかね、田中が来てからここはおかしくなった。歪なりにそれなりに上手くやってたのに。田中は旦那の遠縁とかで、お金に困ってたから雇ってあげたって旦那は言ってた」

 桐子は淡々と語る。快も不快も声には滲んでいないが、田中の名を出す時は少しばかり声が硬くなる。

「それでね、……うーん……どう話したら良いんだろ……」

「……ごめんなさい。いっぱい聞いちゃって」

「いや、それは良いんだよ。いっぱい不安も疑問も有るだろうし」

 ちょっと待って、と桐子は腕を組んで考え込んだ。

「ええと、まず、私は四年前に拾われた。行く所も帰る所も無くて、愛染街で困ってる時に声をかけられたの。旦那に全く下心が無いなんて思わなかったけれど、それでも不特定多数の客相手に体を開くよりは良いやって思って、ついて行った」

 それで、と桐子は唸りながら瞑目した。

「同じ頃、私以外に三人連れられてきた。みんな、家には帰れないって言ってた。喧嘩したとか、帰りたくないとか、みんなそれぞれ色々言ってた」

 四年前に行方不明届けが出された少女は三人。

「田中が来たのは最近。見ての通り、お金が大好きなの。私達は、その、旦那様のお相手をした時にね、旦那様が満足した時とか、気まぐれでお金を貰えたりする。そのお金を田中は持っていった」

 桐子は大きく息を吐いた。

「別に、ここにいる限りお金持ってても無駄だからそれは良いの。最初の頃は奪われるだけだった。でも田中は知恵をつけた」

「知恵……?」

「うん。私達に、おかしな煙草をくれるようになった」

 はっと須桜は息を呑む。

 それは、大麻煙草の事か。

「幸せになれるよとか言ってね。ここの生活に膿んでた子はそれにハマった。それ欲しさに、持ってるお金全部を田中にあげた。買う為に、お金が欲しいから、自ら進んで旦那様のお相手をしにいった。で、貰ったお金で田中から煙草を買ってた。たぶん田中はそれを狙ってた」

 ず、と洟をすする音がした。牢の隅で琴は涙を流して震えている。

「……みんな、何だかおかしくなってしまいました。最初の頃は、まだ、普通でした。でもだんだん……何だか、いつも、ぐったりしていて物覚えも悪くなって……いつも、眠いって……。それに、咳もいっぱい……」

 琴は眼鏡を外して涙を拭った。

 琴の語った症状。

 それは大麻中毒者の症状そのものだ。咳は煙草の所為で喉をやられた為だろう。

 桐子は琴の肩を優しく撫ぜる。

「……それで、旦那様はその子達に満足しなくなった。だからご褒美もくれない。お金が無けりゃその変な煙草は買えない。田中はお金が欲しいのに」

「……だから捨てた?」

「そう。それで、新しい子を連れてこようって算段。それで琴が連れてこられた。私と一緒の頃にここに来た子、その子が最初に捨てられた。代わりに琴が来た。あとの二人も捨てられた。今は、その子達の代わりを探して田中達は頑張ってるんじゃないかな」

 桐子の硬い声音には嫌悪が滲んでいた。

「たぶんこの先もいっぱい連れてこられるよ。それで煙草をあげる。田中はお金を貰う。女の子が駄目になったら捨てる。また連れてくる。煙草をあげる。田中はお金を貰う。駄目になったら捨てる、連れてくる、その繰り返しだ」

 琴が大粒の涙を零してしゃくりをあげる。

「帰りたい……帰りたいです……」

 ごめんなさいお父さんお母さん。

 謝罪を繰り返しながら琴は泣いた。

「……でも吉江は、……吉江の旦那は、おかしいって思わないの? 皆の様子とか、女の子が入れ替わってる事とか……」

「それが思わないんだよ」

 桐子はくすくすとさもおかしげに笑った。

「馬鹿なんだよ、あの人。……あの人はね、庇護する事が好きなの。可哀そうな女の子を庇護して、お金を与えて、支配するのが好きなの。だから田中も雇ったんだよ。お金のない可哀そうな遠縁を雇えちゃう自分が好きなの。お店が自分の物になって、何でも自分の思うように動かせるって思って、酔っちゃったの。支配している自分が好きなの。女の子達を抱いて、支配して、服従させるのが好きなの。そんな事ができる、自分が好きなの。……だから、相手は、何でも良いの」

 悲しげに桐子の眉が顰められる。

(……なるほどね)

 からくりは解けた。

 馬鹿な男だ。吉江も、田中も。

 須桜は長く息を吐いて、憤りに揺れる心を抑えた。

 その時だ。

 襖が開いた。男がこちらにやってくる。

「旦那がお呼びだぜ?」

 鍵を開け、男は須桜の腕を掴んだ。



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