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9 あなたが良いんです

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 紫呉は透蜜園へ向かっていた。

 本当は有機溶剤を実際に手に入れたいと思っていたのだが、香具師達はもう見世を仕舞った後だ。接触するにも、どの香具師がどういった見世を開いているのか分からない。ならば明日に改めて、傀儡師にでも接触を図ろうと思う。

 そして今、透蜜園に向かっているのは、浅葱に確認したい事が有るからだ。

 先日紫呉が接触した大麻の売人、彼の後ろには破天だか誇天だかがついているかもしれない、と浅葱は言っていた。

 その辺りの事を詳しく聞きたい。今回の事とそれは無関係なのかもしれないが、知る前に無関係と決め付けるわけにはいかない。まずは、知る事だ。

 と、紫呉は人ごみの中に見知った顔を見つけた。

 癖の強い赤毛、汚れた身なり。頬や手足には泥が付着している。翡翠色の瞳がこちらを向いた。

 紫呉と目が合うなり、浅葱は踵を返そうとする。紫呉は行きかう人を押しのけ、浅葱を追った。手首を掴む。

「ちょ、離せよ!」

 浅葱の声は無視し、小路へと連れて行く。壁に押し付け、逃げられぬよう顔の横に手をついた。

「教えてほしい事が有るんです」

「……これが人に教えを請う態度?」

「申し訳ございません」

「全っ然謝ってないね。何だよもう、何か知りたいなら別にぼくじゃなくても良いだろ?」

「あなたが良いんです」

 何人もの情報屋から買うよりも、一人の情報屋と馴染みになる方が便利だ。交わりが深まれば、情の薄い情報屋とて情が湧く。そうなれば売ってくれる情報も、より一層信憑性が高まるし、詳細な物となる。

「…………は、馬鹿じゃないの?」

「お好きにどうぞ。それよりも浅葱、何も逃げなくても良いでしょう?」

「逃げるに決まってるだろ? 店で買われた方が実入りが良いんだから。こんなとこでわざわざあんたの相手したくないね」

「礼は弾みます」

「……ったく。この馬鹿力」

 浅葱は憎々しげに紫呉の掴んだ手首を撫ぜた。

「で? 何だよ、何が知りたいの?」

「先日教えて頂いた売人の後ろに、破天だか誇天だかがついているかもと言っていましたよね。その詳細は分かりますか?」

「あくまで噂だよ。詳しい事はぼくも知らない」

「組の名は分かりますか?」

「だから知らないって。……定期的に売人に会いに来る奴がいる、たぶん破天なんじゃない? って噂だよ」

「そうですか……」

 薬が横行すれば、管理が不十分だと如月が責められる。それを狙って、破天が売人を飼う事はよくある事だ。

「ほらもう良いだろ? さっさと出すもん出しなよ」

「店の中と外じゃあ随分態度が違いますね」

 紫呉は浅葱に数枚の金貨を渡した。浅葱はそれをひったくるようにして奪う。

「別に。機嫌が悪いだけだよ。どっかの誰かの所為でさ」

「それはそれは。いったいどこの誰でしょうね?」

「ぱっと見は地味な目つきの悪い背の低い馬鹿力の馬鹿野郎だよ」

 背はそのうち伸びます、と返したいところだが、それを言えば自分だと認める事になるのでぐっと台詞を飲み込んだ。

「ってか、せっかく変装してるのに……。何でぼくだって分かるんだよ」

「あなたに会いにいこうとしていた所でしたしね」

「だとしてもさあ……。何か、ぼくの変装が下手みたいでむかつく」

 浅葱はぼやきながら、懐から財布を取り出す。その際、見覚えのあるものがちらりと覗いた。

「……浅葱」

「何だよ」

「その小刀」

 その濃紫の鞘を知っている。

「……これがどうかした?」

 浅葱は何食わぬ顔で言った。だが動揺を隠しきれていない。普段の浅葱なら、目を逸らす事はしない。

「どこで手に入れました?」

「あんたに関係ないだろ」

 浅葱の視線が泳ぐ。

「須桜に何がありました?」

 須桜の顔は浅葱も知っている。何度か会った事があるはずだ。

 浅葱は小さく舌を打ってから、大きく嘆息をした。

「……別に、隠してたわけじゃないよ。だってあんたは、あの子の事を教えてくれとは言ってない」

 浅葱の言わんとする事を察し、紫呉はもう数枚金貨を握らせた。浅葱はにこやかに笑い、それを懐に収めた。

「馬鹿な輩に絡まれてるところを助けてくれた。ぼくだって分かってたかどうかは知らない。……まあ、大きなお世話ではあったけどね」

「助けた?」

「そう。何かいつもと違う感じだったけど」

 おかしい。

 須桜がむやみやたらと人の領分に踏み入るなんて。

 浅葱は情報屋だ。情報を得、売る事が仕事だ。情報を得る為にこの街を泳ぎまわる。

 その最中の浅葱に接触するなど、浅葱にとって迷惑でしかないと須桜も分かっているはず。情報を買う時以外には、無駄に接触しようとは思わないはず。

(なのに助けた)

 何故だ?

(……もしかして)

 思いついた可能性に、紫呉は口を開いた。

「浅葱、その男なんですがどんな輩でした?」

「そうだね……四十くらいかな。細くて、鉤鼻が目立ってた」

 やはり。

 須桜はその男が田中と知って、浅葱を助けた。

「あなたを助けて、それから?」

「…………連れて行かれたけど、別に、ぼくの所為じゃないよ。助けてくれなんて頼んでないし」

 浅葱はばつが悪そうに顔を背ける。

(……連れて行かれた、ね)

 須桜ならその場を切り抜けるなぞ造作無いはずだ。なのに抵抗せずに連行された。いや、させたのか。

 紫呉は浅葱の懐から小刀を取り、鞘から抜いた。

 血はついていない。戦闘の痕跡はない。

 ならばなおさら、連行されたのはあえての事か。

「ちょっと、ねえ、それ返してよ。それはもうぼくの物だよ」

 口を尖らせる浅葱に、紫呉は小刀を渡した。

「無銘なので売っても大した額にはなりませんよ」

「何でも良いさ。何かの役には立つだろ」

「そもそも、何故絡まれていたんですか?」

「何か家出少女の保護だとか何とか言ってたよ。まあ、どっかの女衒だろ。ねえもう良いだろ?」

「ああ……、はい。ありがとうございました。お会いできて嬉しかったですよ」

「ぼくはこれっぽっちも嬉しくないね。手首腫れたら治療費ふんだくってやる」

 これからもどうぞご贔屓に、と嫌味ったらしく述べ、浅葱は足早に去って行った。



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