フルストーリー
1・・・究極の選択
2・・・フィアンセ
3・・・家族
4・・・契約解除
5・・・死神の小話
『究極の二択』1
・究極の選択
その日、男は悩んでいた。会社を辞めて転職するべきか、それともこのまま残って昇進を目指すべきかを。
男は匙田由実也という占い師の所に行った。そこに行くと「家の倉庫から一冊の本が出てくる。それは貴方の運命を決める本だ。それに従いなさい」と言われ、夏の帰省時に倉庫を漁ってみた。由実也の言っていた通り、一冊の本が見付かった。「天秤座の悪魔」と書かれた書物だった。
中を読んでみると、そこには「天秤座の悪魔」とやらと契約を結ぶと、人生の究極の二択を未来を視て選ぶ事が出来るらしい。
「これは良いじゃないか」
そう思い、男はその書物に書いてある通りに儀式をした。
まず自室を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は天秤座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて獅子座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。この時、裏サイトで注射器を購入し、血は数週間に分けて抜き取った。すると突如、目の前が光に包まれ、魔法陣から巨大な天秤を持った眼鏡の人物、悪魔が現れた。
「この私と契約を結びたいのは君ですか?」
「は、はい……!本当に出た……!?」
「では顔をこちらに……」
天秤座の悪魔は男を呼び寄せ、近くに来させた。すると突如男の目を指で潰した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?」
男はあまりの激痛にその場に蹲った。
「慌てないで。今、この眼鏡をあげるから」
天秤座の悪魔は自分の眼鏡を男に掛けた。すると視力は戻った。
「こ、これは……!?」
「これは君がこれからの人生で選ぶ二択がパーセンテージで見れるようになったんだ。但し、眼鏡を掛けていない時は普通の視力すらも失われるから気を付けてね」
「何……だと……!?」
男は眼鏡を外してみた。すると目の前が真っ暗になった。しかしもう一度眼鏡を掛けると普通の視界が広がった。
「君はこれからの人生を、二択だけで生きていく事になる。でも忘れないで?君にはもう、選ぶ自由が無いんだ」
そう言って天秤座の悪魔は消滅した。
男は眼鏡を外したり掛けたりしてみた。やはり眼鏡が無いと目の前が見えないらしい。男は自室を出て母親に呼び止められた。
「利武?どうしたの?その眼鏡」
「あ、あぁ、ちょっとしたイメチェンだよ」
「あっそう?ご飯どうする?鮭の刺身食べる?それとも秋刀魚の塩焼き?」
「えーっと……」
目の前に二つの映像が現れた。左の鮭の方はアニサキスがいて腹を壊す映像。もう一つの右の秋刀魚の塩焼きはそれが無い。
「成程。こう見えるのか……」
と思い、秋刀魚の塩焼きを選んだ。その日、父親が漁から帰って鮭を捌き、一同は食事をした。あの映像の通り、アニサキスが居て、鮭を選んだ父親と母親は病院送りになった。
利武は二人を病院から実家に届けると、都会に戻った。そして眼鏡の通り、右が会社を辞めるという辞表と、残ると書いた紙を見比べて、パーセンテージ的に高かった右の会社を辞めて転職する事にした。同時に、前に勤めていた会社は経営破綻して潰れた。それから何故か右側に映った映像を信じて選ぶと安心すると思うようになっていった。
利武の人生はこれから始まったと言っても過言ではない。
『究極の二択』2
・フィアンセ
転職して二年。究極の二択の人生を歩みつつ、仕事をこなしていっていた。そして婚約を目前にしていた医者志望の彼女とディナーをしていた。
「ねぇ。利武君?」
「何だい?ハカリ」
「私達、付き合ってもう二年よね?」
「そうだね」
「そろそろ私達、次のステップに行くべきだと思うの……」
「結婚か」。そう思っていると、利武のスマートフォンが鳴った。
「ごめん。社長からだ。ちょっと待ってて?」
「うん」
電話に出てみると、社長は自分の孫娘との見合いの話を持ち出した。断ろうと思ったが、眼鏡を見てみると、今の彼女、ハカリと結婚して幸せになる映像は15パーセントと左側に表示され、社長の孫娘と結婚して幸せになる映像は85パーセントと右側に表示されていた。正直かなり悩んだが「もしかしたら彼女の未来の事を考えると、自分じゃなくて他の男に任せた方が彼女は幸せになるんじゃないか?」とも思った。利武はその電話の見合いを引き受け、ハカリに別れ話を持ち掛けた。
「お待たせ」
「うん。で、どうかな?」
「その事なんだけど……」
「何?」
「俺と別れてくれないか?」
「……は?」
静寂が流れた。
「君に俺は不釣り合いだ」
「何それ?馬鹿にしてんの?」
「違う違う。俺が旦那だと、君に迷惑を掛けててしまうと思うんだ」
「……そう。そういう考えなのね……」
ハカリは水を利武にぶっ掛けた。
「こういうの、ドラマの中だけだと思ってたわ。じゃあね」
ハカリは去っていった。
「……ふぅ」
「大丈夫ですか?お客様。拭く物をお持ち致しましょうか?」
利武は眼鏡を見た。すると眼鏡からは拭く物を持って来てもらう未来と持って来てもらわない未来が見えた。どうやら持って来てもらわない方が良いらしい。
「いえ、大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」
そう言って利武は席を立ち、料金と迷惑料を支払ってその場を後にした。外は冷たい風が利武を襲った。「ぶえっくしゅ!」とくしゃみをする利武に、一人の女性が話し掛けてきた。
「あの、濡れているようですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、何。ちょっとトラブルがありまして」
「そうですか。じゃあもし良かったら、コレ……」
女性はハンカチを差し出した。眼鏡ではどうやら受け取った方が良いらしかった。
「すみません。お言葉に甘えます」
利武はふと何気無しに右の足を出して、右手でハンカチを受け取って拭いた。
「いえ。では私はこれで……」
「あの、良かったらお名前を。このハンカチをお返ししますので」
「いえ。差し上げます。ほんの出来心ですので。それでは」
そう言って女性は去っていった。
翌日、土曜日に社長に呼ばれ、社長宅まで利武は足を運んだ。インターホンを鳴らし、お手伝いさんが荷物とコートを受け取り、奥の部屋へと案内された。そこには社長と、昨日の女性が座って待っていた。
「あ、貴方は昨晩の……?」
「あ、ハンカチの……?もしかして、社長の孫娘さんって……?」
「はい。私です。天野アルマと申します」
「慶羅利武です」
「まぁまぁ慶羅君。立ち話も何だ。座りなさい」
「はい」
お手伝いさんがお茶を持って来て、利武はそれを一口飲んだ。
「知り合いか?」
「いえ。昨日の版にこの殿方とちょっとした話をしただけです。お祖父様」
「そうなのか?」
「はい。昨晩ちょっとしたトラブルで困っていた所を、お孫さんが助けて下さったんです」
「そうか。まぁ何にせよ、話が早い。後は若い者同士でゆっくりしてくれ給え。私はこれで失礼するよ」
そうして社長は部屋を出て行った。部屋を出ていくなり、アルマは利武に話し掛けてきた。
「あの、慶羅さんは昨晩はどうしてあんなにビショ濡れで……?」
「あぁ、彼女と別れたんですよ」
「えっ!?そうだったんですか!?大変でしたね……」
「でもこうして天野さんとお会い出来ました」
「アロマで構いません」
「では私の事も利武で構いませんよ」
「はい」
それから二人は仲良く話をし、後日デートする事になった。そこでも究極の二択を選択していった。デートでも二択の度に眼鏡が示す右側の選択を選び続けた。更にレストランでは右側の席を選び、映画館でも右側の通路を進み、些細な選択も眼鏡が示すまま右を選び続けた。エスカレーターでは「本来は歩いちゃ駄目なんですよ」と右側に立ち、比較的に空いてるからという理由でスーパーの買い物は右側のレジに並んで買っていた。結果、上手く結婚まで事が進み、後に利武は子を授かり、三十代半ばで次期社長として副社長に就任する事となった。
我が子、女の子の赤ん坊を抱き「これからは一緒だ」と心から誓う利武だったが、ふと我が子「ハカリ」の頭に数字が見えた。50パーセント。何が50パーセントなんだ?と辺りを見渡すと、アルマの頭の上に50パーセントという数字が見えた。
「どちらかを選ばなければならない……?」
利武には分からなかった。その50パーセントの意味が。その意味が分かる頃には、全てが終わっている事も知らず、利武は幸せな仮初めの家族生活を送る事になったのだった。
『究極の二択』3
・家族
それからというもの、常にアルマとハカリの頭の上には50パーセントの数字が見えていた。一方で、別の数字も見つつ、仕事をこなしていた。仕事と彼女達の数字は関係無いらしい。
「しかし何が50パーセントなのだろうか?」
何か決断しなければならない時が来る。そう思いながら家族生活を送っていた。
ある日、利武は幼稚園から帰って来たハカリを風呂に入れる事にした。いつもならアルマが風呂に入れるのだが、この日はたまたま大学時代の友人との同窓会との事で代わりに入れる事にした。アルマからは「入れなくて良い」と言われていたが、夏だった事もあり、翌日も幼稚園がある為「臭うのは駄目だろう」と思い風呂に入れる事にした。服を脱いだハカリは顔以外の体中、痣だらけだった。今日の幼稚園で何かあったのかと聞いてみると、ハカリは「今日は幼稚園楽しかったよ」と答えた。「大袈裟に転んだのか?」とも思ったが、ハカリは「これはお母さんが……」と言い掛けたところでハカリは口を噤んだ。その先をどうしても話してくれないハカリに、利武はアルマが帰ってきたら聞いてみようと思った。
アルマが酒の臭いを漂わせながら帰宅すると、利武はアルマに聞いた。
「おかえり」
「ただいま」
「ちょっと良い?」
「何?私、お酒入って眠いんだけど」
「ちょっとだけだから」
「……分かった」
何かを察したのか、アルマは水を飲んで席に着いた。
「何?」
「ハカリの体、あれ、どうした?」
沈黙が流れた。
「……その沈黙は、お前がやった。それで良いんだな?」
「……ごめんなさい!」
いきなり頭を下げるアルマに利武は狼狽えた。
「何があったんだ?」
「実は……!」
アルマは語り出した。ハカリの塾での成績が伸び悩んでいる事を。自分達二人の子供なんだから優秀に決まってる。そう思っていた。しかし塾ではあまり良い成績を出せず、幼稚園でもあまり良い学習結果を出せずにいて、つい手を出してしまったと言う。
だとしてもあの痣の数は異常だ。そう思った利武はさらに追及した。するとアルマは会社で上手くいかない事があると、ついハカリに手を出してしまう癖があったらしかった。しかもその理由が「ハカリという名前が、あの時別れた元恋人の名前だった」事を知って自分が女として見てもらえていないと感じたからだと言う。最初こそ本当に事故だった。誤って自分の指を切ってしまった。その度に絆創膏を貼ったり、転べば消毒液を掛けたりしていたのだが、それ自体も苦痛になっていったと言う。
「……そうか」
「ごめんなさい……!」
「いや、俺のせいでもある。だが、これからは俺に相談してほしい」
「分かった……」
「何だったらハカリの名前、変えるか?戸籍を変更してさ」
「……いいえ。あの子の名前は、ハカリのままが良い。その方がその元恋人さんに勝った気がするから」
「そ、そうか?まぁ無理はするなよ?」
「うん。本当にごめんなさい……」
「俺に謝るな。あの子に謝れ」
「はい……」
やっと二人の頭の上の50パーセントの意味が分かり、これで一安心。そう思っていた。しかし二人の頭の上にはまだ50パーセントの数字が残っていた。
「どういう事だ?」
利武がそう思っていたある日、とあるハカリに変化が現れた。どうも指を切ってしまったらしい。アルマに話を聞くと「料理の手伝いをしたくて包丁持たせたら切ってしまった」と言った。ハカリにも聞いてみるとコクリと頷いた。
「気を付けてな」
そう言って暫くまた仕事、仕事の生活を送っていた。
日に日にハカリの怪我は多くなっていき、その度に「幼稚園で怪我をした」「料理のお手伝いに失敗した」と段々と怪しい空気になっていったが、この前の話し合いを信じ、利武は見守る事にした。
「お前はお母さんに似て美人だなぁ。お前はきっと、良い奥さんになれるぞ」
「その時はお父さんのお嫁さんになってあげる~」
「ははは、ハカリの事は愛しているが、それは難しいな~」
「お父さん、将来、私、お医者さんになるね!」
「おっ、何でだ~?」
「そうすればお父さんとお母さんを病気から助けてあげられるから!」
「そっかそっか~!実はお父さんのお友達にね、お医者さんがいるんだぞ~」
「え~?どんな人~?」
「とっても綺麗でね、優しい人だよ~。名前もな、お前と同じハカリって言うんだぞ~?」
その会話に耳を傾けつつ、料理をしているアルマは、静かに怒りを込めて包丁を握り締めた。一方でハカリに料理を手伝うようにアルマは言い、自分は利武に擦り寄ってビールを注いでいた。
相変わらず指を切ったり、転んだりと色々怪我を増やしていったハカリのバロメーターが50パーセントから時たま60パーセントになったり、70パーセントになったりし「何が悪いんだ?何を決めれば良いんだ?」と利武は困惑していた。
そして遂に事件が起こった。ハカリがトラックに撥ねられ、事故に遭った。その日は有給で休んでいたアルマがハカリと一緒に家で過ごしている筈だった。会社に電話が入り、全ての仕事を放ってすぐにハカリのいる病院に向かった。集中治療室には「医師:瓶手ハカリ」と書いてあり、まさかと思いつつ中に入ると、体中にチューブを入れられたハカリの無残な姿がそこにはあった。何があったのかアルマに聞いてみると「車に向かってハカリが飛び出した」と答えた。真意は不明だが、今はハカリが目を覚ます事を願うしかなかった。その後、警察が来てアルマは事情聴取されに行った。終始発狂し、まともに話せないアルマに、その日は警察署から利武に連れられて帰った。
翌日、ハカリは脳死状態になった。目覚める希望は薄く、ただ悲しみが彼らを襲った。そして刑事がやって来て、利武だけを呼び出した。
「何ですか?」
「貴方の奥さんね、嘘を吐いてる可能性があるんですよ」
「何ですって……?」
「トラックの運転手さんの話とドライブレコーダーの記録を見るとね、娘さん、自分から飛び出したんじゃなくて、奥さんに放り投げられたように見えるんですよ」
「何だと……!?貴様!俺の家内を犯罪者扱いする気か!?」
「そうです」
「貴様……!」
刑事は自分のスマートフォンであの事故の動画を見せた。
「これを見て、どう思いますか?」
利武は動画を見た。そこにはどう見てもアルマがハカリを放り投げて轢かせる様子が映っていた。
「これは……!?」
「出来ればご自身の口から言ってもらいたいんですよ。協力して頂けませんか?」
「……はい」
利武はすぐにアルマを呼び出した。どういう事か聞いた。しかしアルマは「あの子が飛び出した」しか言わなかった。そこで刑事から預かったスマートフォンで例の動画を見せると、アルマはその場に泣き崩れた。アルマは絶叫し、取り乱した。
「どうした!?」
「私は……!私はぁあああああああああああああああああああ!」
「落ち着け!どういう訳か話せ!」
「あの子が……!あの子が憎かったのよぉおおおおおおおおお!」
「どういう事だ!?」
「あの子が、ハカリが、ハカリさんがどうしても頭を過るのよ……!」
「何でだ!?お前はあの女の方のハカリを知らないだろう!?」
「いいえ!知ってるわ!ここの病院の小児科医のハカリ先生でしょ!?」
「何だって……!?」
すぐに担当医を呼んだ。するとそこにはあの元恋人のハカリが医者として現れた。
「ハカリ!」
「久し振りね。利武君」
「うちの子は……!うちの子は助かるのか……!?」
「分からない……あの子はもしかしたら、もう二度と……」
利武は「そんな……!?」と膝から崩れ落ちた。そしてハカリは言った。
「ねぇ、ちょっと来てくれる?貴女も」
ハカリは利武とアルマを診察室に呼び出し、利武を診察した。
「やっぱり……利武君。貴方、目が見えていないわね?」
「何を言ってる?俺はこの眼鏡が無いと何も見えない……」
ハカリは利武の眼鏡を奪い、看護師に渡した。
「何をする!?」
ハカリはもう一度利武を診察した。
「……瞳孔が開いてる。やっぱり、利武君、貴方、目が死んでるわね?」
「…………ッ!」
利武は言葉が出なかった。しかしハカリは続けた。
「利武君。あの日の事、覚えてる?」
「あの日……?」
「私達が別れた日の事」
「あ、あぁ……覚えているとも」
「そう……私ね、あの日の次の日に貴方のご実家に電話したの。医者として、どうも出会った頃から目の焦点が合って無い事に違和感を感じてね。『何か変わった事はありませんでしたか?』って貴方のお母さんに聞いたの。そうしたら貴方のお母さんが仰ってたわ。黒くした自室で変な儀式みたいなのをあの時の二年前にしていたって」
「そ、それは……!」
「天秤座の悪魔だっけ?その悪魔に何て言われたか知らないけど、貴方はもう目を失ってるの。見えない目で現実を見て?」
「…………ッ!」
利武は見えない目で目を逸らした。そしてアルマを呼び、診察室の奥に行った。
「ねぇ。こっちに来て?貴方の事をちゃんと考えてるのがどっちか選んで?」
「じゃ、じゃあ、眼鏡を……!」
「眼鏡の力じゃなくて、自分の力で選んで」
「そ、そんな……!?」
こんな大切な事を眼鏡の力に頼らずに決めろだなんて出来ない。そう思った。
「奥の二つの部屋に私と奥さんが一人ずつ入る。だから、どちらかを選んで?」
「勿論、私を選ぶよね!?」と前のめりになって聞いてくるアルマに対し、ハカリは「黙りなさい」と言った。
それぞれ部屋に入り、右か左かの部屋の前に立たされると、利武はとてつもない決断に迫られている事に恐怖を覚えた。しかし自分はやるしかない。そうして、右の扉を選んで開けた。そこの女性は眼鏡を掛けさせてくれた。目の前にいたのは、ハカリだった。
「やっぱりね。利武君はきっとこっちを選ぶと思ってた」
「な、何で……?」
「貴方はいつも右を選ぶ癖があった。悪魔に唆されて自分で選んでいるようでいて、実際は悪魔に操られていただけだったんだよ」
「……そん、な……!?」
隣の部屋からはアルマが発狂して外に飛び出した。屋上に行き、そのまま飛び降り自殺を図った。しかしすんでの所で差し伸ばした利武の手が間に合い、アルマは一命を取り留めたかのように見えた。
「離して!私は!私はハカリさんの呪縛から逃れられないの!」
「そんな事は無い!俺は、俺なりに君を愛してた!それだけは嘘じゃない!」
「愛してても、過去を捨てられないアナタを見ていて辛かった1お願い!死なせて!?」
「……駄目だ!死ぬな!アルマ!」
「どうして!?私を選ばなかったくせに!」
「そう!『癖』だ!俺は、ずっと右側の、安牌しか選ばなかった!それが招いた結果なんだ!俺の罪を、お前が背負う必要は無いんだよ!」
「……利武さん……!」
アルマは利武の腕を掴んだ。その時突風が吹き、眼鏡と共にアルマは落下した。その刹那、アルマの頭から数字が消えたのが見えた。アルマの最期を、利武は見る事は出来なかったが、心で感じる事は出来た。
アルマは死んだ。そしてその直後、子のハカリは目を覚ました。
「お父……さん……?」
「ハカリ!ハカリ!?」
「お母さんは……?」
「お母さん……は、今別の所にいるよ。どうして?」
「私、お母さんに『ごめんなさい』って言ってないから……」
「『ごめんなさい』……?」
「ちゃんとした子じゃなくてごめんなさい。勉強出来なくてごめんなさいって……」
「アイツ……そんな事をいつも言わせてたのか……!」
「お父さん?お母さんと仲良くしてね?」
「えっ……?」
「いつも怒ってるお母さんは怖かった。だけど、本当は優しい時のお母さんは好きだった」
「……分かった……!分かったよ……!」
利武はハカリを抱き締めた。
『究極の二択』4
・契約解除
アルマの葬式が終わった後、利武は自分の悪魔契約を解除しようと思った。元恋人のハカリに聞いてみると、同じように儀式をして「契約を解除したい」と言えば元の目に戻るとの事らしい。
実際にやってみると、再び天秤座の悪魔が目の前に現れた。
「僕と契約をしたいのは君ですか?」
「いえ、違います」
「おや、君はこの前の。どうしたんでずか?」
「私の目を元に戻してほしいんです」
「そうですか。では元に戻しましょう。眼鏡をこちらに」
利武は眼鏡を天秤座の悪魔に渡し、目の前が見えなくなった。そして突如目に激痛が走った。どうやら悪魔があの時のように目潰しをしたらしい。もがき苦しんでいると、悪魔は利武の目から指を離し、利武の目の前が明るくなった。明るくなったとはいっても、部屋自体は暗いのだが。
「これで君の目は元に戻った。但し、代償があるよ」
「代……償……!?」
「君はもう二度と、人生の正解を見付けられなくなる。何が正しい判断だったのかが分からなくなる。それが代償だよ」
「……はい」
「じゃあこれからの人生、精一杯悩んで苦しむと良い。じゃあね」
そう言って天秤座の悪魔は消滅した。
利武はその後、自分の人生の分岐点を見失う生活を送る事となった。常に正解が分からない。社長の孫娘を死なせた事で仕事では失敗し、転職も上手くいかず、アルバイトをしようにも志望動機が「何の為に働きたいか」が分からずにいた。素直に金の為と書けば落とされ、仮に受かったとしても現場では臨機応変に対応出来ずに毎日怒鳴られる生活を送っていた。
一年が経ち、経済的にもう娘のハカリを育てるのは不可能とされて、実の親からはハカリを取られてしまった。
更に一年が経ち、ハカリは小学校に上がった。しかし親はもういないと利武の親から言われてしまったハカリは本当に父親と母親は居ないものとして過ごす事で、利武は更に孤立していった。
利武は金に困り、生活保護を申請する事を決意した。そう、決意したのだ。やっと自分の意思で物事を選んだ。だが健康体、年齢的にまだ若い、実家もある、という観点から生活保護は受けられないと診断され、途方に暮れていた。
遂に仕事が出来なくなってしまった利武は、元恋人のハカリに「もう一度俺とやり直してくれないか?」と言った。しかしハカリからは「する訳無いでしょ」とキッパリと切り捨てられてしまった。
「常に右を選ぶ人生だった」。そのハカリからの言葉に意識して左を選ぶようにしてみたが、それだけで済む話では無かった。どちらにせよ上手くいかない。それだけで利武の精神は次第に病んでいった。
もう自分は何が正しいのか分からない。何が正しいのか、何で自分を計れば良いのか。選択肢が多過ぎるこの人生に本当の辛さを実感し「嗚呼、人生って普通はこうなんだよな……」。利武はアルバイトを解雇され、家も退去されてホームレスとなった。ホームレスならホームレスなりに楽しめるのではないかと精神的に追い詰められていた利武は逆に楽観的になっていた。ところがそのホームレス社会でも上手くいかず、本当に居場所が無くなっていった。
「いつも右を信じて選んでいた」。最期は自分の本音を聞いたようでいて、そうではない選択。左側のホームへ向かうか。それとも改札へ戻るか。どちらも正解には見えなかった。利武は左へ歩いた。左側の線路に立ち、利武は電車に轢かれる事で自殺した。
利武は死亡した。彼は楽になった。しかし、代償があった。電車を停めた事で残された家族が多額の借金を背負う事となり、一生掛けても支払い切れない生活を送らせる事となってしまった。
全ては終わった。利武の人生だけは。だが残された家族の苦しい人生はこれからも続く事となったのだ。利武は最後まで、自分一人で終わらせる選択すら出来なかった。
何を間違えたのか。何を選べば良かったのか。それを考えた時には、もう、全て手遅れだった。
利武はあの世に逝った。
『究極の二択』5
・死神の小話
利武は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。
「やぁ、君を迎えに来たよ」
「君は……?」
「死神さ」
「死神?」
「そう、死神」
利武はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。
「悪魔がいたんですもんね。死神くらいいますよね」
「理解が早くて助かるよ」
「俺は悪魔と契約した事があります。妻も見殺しにしました。俺が逝くのは地獄ですか?」
「いいや。地獄じゃない」
「じゃあ天国ですか?まさかね」
「天国でもないね」
「じゃあどこに?」
「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では一緒なんだよ」
「ふぅん……?」
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」
「そうか。じゃあちょっと時間をくれ」
「良いとも」
利武は熟考した。その間、死神は煙草を取り出して吹かして待った、そして利武は思い付いた。
「家族の様子を見たい」
「家族?」
「娘のハカリが今どうなっているか見たい」
「良いだろう」
死神は鎌を一振りし、光の球を出現させた。そこには娘のハカリが映し出されていた。
「あぁ、良かった……元気に暮らしてるんだ……」
「そうでもないよ?」
「え?」
死神は光の球をスワイプした。そこには借金で毎日の暮らしが貧相になっている親とハカリがいた。
「これは……!?」
「君が投身自殺した事で電車会社から多額の損害賠償を請求されたんだ。君が安易な決断をしたから、家族皆が困ってしまったんだ」
「そんな……!?俺は疫病神だから……!居なくなれば良いと思ってたのに……!どうしてこうなった……!?」
「天秤座の悪魔様との契約とその代償の結果だねぇ。ま、もう過ぎてしまった事は仕方が無いし、早く願いを聞かせておくれよ」
「……え?今のが願いだったんですけど……?」
「こんなの大した事無いよ。他に願いはあるかい?」
「そうだな……じゃ、じゃあ、ハカリ達に金を!金を払ってくれ!電車会社に払えるだけの金を!」
「…………」
死神はふとポケットから財布を出した。
「……無理だね」
「何で!?」
「僕のポケットマネーからは出せない金額だ」
「なっ……!?何でも叶えてくれるんじゃないんですか!?」
「無理なものは無理」
「クッ……!じゃあどうすれば……!?」
頭を抱えて悩む利武。そこに死神は言う。
「じゃあ最期の選択を提示してあげよう」
「最期の選択……?」
「そう。一つは近い内に、君の家族が宝くじで一等を当てて借金を返済する未来を約束させる。もう一つは娘さんの将来の仕事を医者にして、一生お金に困らない生活を送らせる事。どちらが良い?」
「そ、それは……!?」
利武は悩んだ。しかしふと思い浮かんだ。
「あの子の学力的に、医者には成れるんですか?」
「まぁ普通は無理だね」
「じゃあ……金は掛かるよな……」
利武は悩みに悩んだ。そして、結論を出した。
「……分かりました。俺は決めました」
「おっ。何だい?」
「宝くじで一等を与えた上で、ハカリを医者にしてあげてほしい」
死神はキョトンとした顔で利武を見た。
「そんな業突く張りが出てくるとは思わなかったな」
「駄目ですか……?」
「いいや。大正解だ。その願い、叶えてあげよう」
死神は鎌を一振りし、光の球の中の時間を少し早めた。すると父親と母親がそれぞれ宝くじで一等を当て、借金は返済。そして余ったお金でハカリを塾に通わせ、やがて医者になる所までを映した。
「あぁ……良かった……!」
「これで君は、本当の選択が出来たね」
死神は鎌を一振りし、光の球を消し、光の階段と光の扉を出現させた。
「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」
「あぁ。ありがとうございました。死神さん」
「これが仕事なんだ。気にしないで」
利武は階段を上っていった。すると光の扉が勝手に開き、中からアルマが出てきた。
「アルマ……!?」
「利武さん……」
「アルマ……お前もあの世に……!?」
「勿論です。私は私なりのケジメをつけてあの世に居ます」
「そうか……向こうで、楽しく暮らせていたか?」
「いいえ。貴方が、そしてハカリが居ないから退屈でしたよ」
「お前……ハカリがこっちに来たらまた虐待するんじゃないだろうな……?」
「もうあんな事はしません。あの子が来たら、誠心誠意謝って身を引くつもりです」
「そう、か……あの子が許してくれたら、また一緒に暮らそうな」
「その前に、あの子に家族が出来てるかもしれませんから、一緒に暮らすのは難しいかもしれませんよ?」
「あぁ、その選択肢は無かったな」
「ふふっ。じゃあ、逝きましょう?」
「あぁ」
アルマに手を引かれ、利武は光の扉に入って消滅した。




