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第7話 好きすぎる世界で

朝の執務室。

窓を開けると、庭で働いていた職員たちが一斉に手を止め、こちらを見上げる。


「……あっ、ナタリー様が!今日も眩しい……!」


「おつかれさまです!無理しないでくださいね!」


「水分補給を……ああ、可愛い……!」


その視線の量と熱に、ナタリーは思わず身を引いた。


「……なんか、ちょっと……やっぱり、変だよね」


つぶやくように言った声は、誰にも届かない。

けれど、自分の耳にははっきり聞こえた。


ルチアが書類を持って入ってくる。


「ナタリー?どうしたの、窓のほうじっと見て」


ナタリーは少し迷ったあと、思い切って言った。


「……わたし、なんでこんなに……みんなに好かれてるの?」


ルチアは一瞬固まる。

その反応が逆にナタリーを不安にさせた。


「そ、それは……ナタリーだから、でしょ?

優しくて、明るくて、可愛くて……」


「でも……なんか、度が過ぎてる気がするの」


ナタリーは胸に手を置く。

何かが欠けているような、押しつぶされるような感覚。


(みんなの“好き”が、重い……)


その気持ちをどう言えばいいのか、ナタリー自身も分からない。


ルチアは心配そうに近づき、肩に手を置いた。


「ナタリー、疲れてるのよ。人気者になると、そう感じることもあるわ」


「……そう、かな」


しかし違う。

疲れではない。

もっと根っこのところ、体の奥がざわざわする。


“本当は、わたし……こんなじゃなかった気がする”


そんな言葉が喉まで来るが、口には出せない。


そのとき、ドアが勢いよく開いた。


「ナタリー様〜!本日の献立、ナタリー様の好きなものに全部変えときましたからね〜!」


レオンが書類の束とお子様ランチの旗を同時に抱えて飛び込んできた。


「……本当に全部!?

わたしの好きなもの、そんなにたくさん知らないはずなのに……」


「知ってますよ!ナタリー様は世界の宝ですから!!」


無邪気なレオンの笑顔。

悪気はまったくない。

むしろ善意の塊。

だからこそ、余計に胸に刺さる。


(どうして……ここまで……?)


ナタリーはそっと視線をそらした。


昼、廊下を歩けば職員が全員直立不動でお辞儀。

食堂に行けば拍手喝采。

公務中、すれ違った兵士が震えながら花束を差し出す。


“好き”“可愛い”“あなたが全て”


どこへ行っても、同じ言葉ばかりが押し寄せてくる。


その夜。

ナタリーは自室のベッドで膝を抱えた。


「……なんでだろう。

こんなに……苦しくなるなんて」


部屋は静か。

しかし胸の奥だけがざわざわと鳴り続ける。


目を閉じた瞬間、ふっと“誰かの影”が浮かんだ。


けれど、その顔も名前も思い出せない。


ナタリー

「……誰、だったんだろう……?」


自分の心のどこかに空白がある。

そこに“何か”がいた気がする。

でも、掴もうとするほど霧のように消えていく。


ナタリー

「……わたし……本当は……」


声が震えた。


そのとき、窓の外から遠くに響く気配。

誰かがこちらを見ているような、冷たい感覚。


ナタリーは気づいていない。


その“違和感”を感じているのは世界でただひとり――

そして、それをもっとも望まないのも世界でただひとり。


暗闇の屋根の上で、女の影がひとり呟いた。


「……気づいたのね、ナタリー。

でも、まだ思い出さなくていい……

その時までは」


月に照らされたその瞳は、憎しみとも、悲しみともつかない光を放っていた。

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