エピローグ 祭り
かつて傷の残っていた城下町は、季節の風に優しく揺れ、
今では穏やかさを取り戻していた。
その日、町では久しぶりに大きな祭りが開かれていた。
色とりどりの布が通りを飾り、屋台からは香ばしい匂いが漂う。
子どもたちの笑い声は、まるで長い眠りから覚めた町が
再び息を吹き返したことを証明するかのようだった。
誰も気づいていない。
ひとりの少女が“この世界から完全に消えた”という事実に。
その名も姿も記憶も、誰の中にも存在しないということに。
けれど、不思議な空白だけが、
胸の奥に小さな痛みとなって残っていた。
理由のわからない喪失。
名前のない哀しみ。
説明できない涙。
町の人々は時折それを感じ、
それでも日々の営みの中でそっと胸にしまい込んだ。
夕暮れが祭りを黄金色に染める頃、
手に灯りを持った人々が静かに集まり始めた。
それは祈りでも儀式でもなく、
ただ亡くした誰かを想うための時間だった。
皆が灯りを空へ放つと、
無数の光がゆっくり上昇し、夜のはじまりの空に浮かび上がる。
光の群れは、まるで天に続く道を描くようだった。
誰かの名前を書いている人はひとりもいない。
思い出せるはずがないからだ。
けれど、人々はなぜか優しい笑みを浮かべ、
その光が遠ざかるまで静かに見上げていた。
空に吸い込まれる灯りを見つめながら、
ふと涙を拭う者もいた。
理由はない。
けれど胸の奥が、確かに何かを覚えていた。
町の片隅——人のいない石垣の上に、
ひとりの小さな影が座っていた。
淡く透き通るような姿。
そこに“在ってはいけない残り火”。
この世界に一度だけ深く愛された少女の気配を、
その影はどこかに抱えていた。
彼女は夜空の灯りをじっと見つめ、
そっと微笑んだ。
風が吹くたび、姿が揺らぐ。
やがて光が強くなった瞬間、
その影は静かにほどけるように消えていく。
「ーーーーー、ーーーーーーー。」
灯りが空一面を漂い、
笑い声が広場を満たす。
誰も知らないまま、
それでも確かに世界を救った少女の痕跡は、
最後の最後に、夜空へ帰っていった。
光が風に流れ、祭りは続く。
そして世界は、
今日もやさしく灯っている。




