第19話 「──それでも、世界に君の光は残る」
世界は、静かに崩れ始めていた。
空は裂け、大地は軋み、
時間すら千切れて砂のように散っていく。
ヴァネッサが最後の宣告を放った影響で、
“総攬者の記憶が完全解放された結果”
世界は、ナタリーの魂の負荷に耐えられなくなったのだ。
フィリアは崩れる城の中で、
震えるナタリーの肩を抱いていた。
「……もう、分かってるんだよね?」
かすれた声で、フィリアが言う。
ナタリーはゆっくりと頷いた。
「うん。
私が生きてる限り……世界は永遠に私を縛り付ける。
私の死は、“やり直しのための死”でしかなかった……」
103回死んでも、終わらなかった理由。
世界はナタリーを必要としていた。
ナタリーが死ぬたび、世界は彼女を呼び戻した。
彼女の“意識”を核として。
だから──
ナタリーが本当の意味で終わる方法は、たったひとつ。
自分の意識そのものを、この世界から消し去ること。
「ねぇフィリア……最後に、ひとつ聞いていい?」
「……うん」
「私って……そんなに特別だったのかな」
フィリアの胸が痛く締めつけられた。
特別だよ。
誰よりも。
世界の中心だ。
私の全てなんだ。
けれど、そんな言葉を言えば、
ナタリーは泣いてしまう。それを分かっていた。
だからフィリアは、
泣きそうな声を必死に押し殺しながら言った。
「特別なんかじゃない。
……普通だよ。
どこにでもいるような女の子。
笑って、怒って、泣いて、迷って……
そういうナタリーだから……私は好きなんだ」
ナタリーの目が潤んだ。
「……ありがとう。
それだけで、世界に生まれた意味ができた気がする」
フィリアが震える手を伸ばし、
ナタリーの頬をそっと包む。
「……ねぇ、ナタリー。
本当のことを言うね」
「うん……?」
「私……あなたを助けるためなら、何度だって死ねる。
でも……あなたが消えるのはいやだよ……」
声が、涙で壊れた。
「お願い……消えないで……!」
ナタリーは微笑む。
弱くて、儚くて、でもとても美しい笑顔。
「大丈夫。
“消える”んじゃないよ。
私が消えた後も……
私を覚えていてくれる人がいる限り……
世界には、きっと私の影が残るから」
空間が白く浸食され始める。
ナタリーの体が、すでに透けかけていた。
フィリアは必死で抱きしめる。
指がすり抜けるのが怖くて、
腕が震えて止まらない。
「ナタリー……!」
「フィリア……ありがとう」
ナタリーはフィリアの額に、
そっと唇を触れさせた。
それは告白にも似て、
別れにも似ていた。
「だいす……」
言葉は最後まで届かなかった。
光が弾け、
ナタリーの輪郭はほどけるように世界へ吸い込まれた。
フィリアの腕の中には、もう何もない。
城は消え、夜空は戻り、崩壊は止まり、
世界は“正常”な回転を取り戻す。
──総攬者は存在しなかった“世界”として。
フィリアは崩れ落ちた。
「……ナタリー……」
返事は、もう来ない。
けれど。
頬を伝う涙の途中、
風がふと、耳元で囁いた。
──ありがとう。
風のせいか、記憶の残響か、幻か。
分からない。
でもフィリアは、涙の中で微笑んだ。
「……うん。こっちこそ……ありがとう」
彼女は空を見上げる。
そこにはナタリーはいない。
けれど、確かに“世界は救われていた”。
フィリアはもう泣いていなかった。
涙の跡だけが、
ナタリーが存在した証のように光っていた。




