断章 「フィリア」
フィリアは崩れ落ちた塔の縁に立っていた。
かつては王都の中心で燦爛と輝いていた観測塔——今や瓦礫と煤煙に覆われ、
周囲一帯には焦土の匂いがしみついている。
風が吹くたび、粉々になった石灰が白い霧のように舞い上がり、
遠景の地平線は常に灰雲に覆われ、陽光すら鈍い。
世界はすでに死にかけていた。
フィリアはその死の中で、ただひとり生き残っていた。
「……また、ひとつ、灯が消えた。」
塔の下には、ひび割れた大地が果てしなく続いている。
土地は乾坤を裂くようにうねり、ところどころから黒い煙が立ち上る。
植生はすでに絶え、
人の影はどこにもない。
“かつて人類がいた証”は、風化した殻のような建物だけだった。
フィリアはゆっくりと歩き出す。
足音は瓦礫を砕く乾いた音を立て、そのたびに空気が微かに震えた。
その震えは——
彼女に残された、ただひとつの使命を呼び起こす。
「守らなければ。」
声は自らに言い聞かせるように弱く、しかし確固としていた。
彼女にはまだ、果たすべき役目があった。
この荒廃せし世界で唯一つ、
“最後に残された光”を守るという役目が。
遠く、断絶した地平の向こうで、微かな白光が揺れている。
それはこの世界のどこにも存在しないはずの光——
優しく、淡く、ひとの形をしているように見える。
フィリアは目を細めた。
「……ナタリー。」
その名を呼ぶと、胸の奥が痛む。
痛みは懐かしさと哀しさの混じったもの。
けれど、彼女はその痛みを振り切るように歩を進めた。
足元の大地が崩れ落ち、煤が巻き上がる。
呼吸すら困難な黒煙の中、
フィリアの瞳だけははっきりと光を映していた。
世界が滅びても、
記憶が塵芥となって散っても、
胸の奥で消えないものがある。
それは使命であり、祈りであり——
たったひとりの少女への、救いにも似た想い。
あの光だけは、
あの存在だけは、
何があっても守らなければならない。
なぜなら——
この滅びゆく世界の最期の願いが、
その少女に託されているからだ。
フィリアは裂けた大地へと歩みを進め、
灰の降りしきる空を見上げた。
「必ず……たどり着く。
たとえ世界がもう一度、崩滅するとしても。」
声は風に溶け、どこにも届かない。
だが、それでも彼女は歩いた。
世界の終焉と、まだ知られざる未来の狭間で。




