第12話 光の残滓と、胸の奥で軋む扉
深夜の王城は静かだった。
昼間の喧騒も、晩餐会の余韻も、さっきの衝撃すらも嘘みたいに消えていた。
けれど——
ナタリーの心臓だけは、まだ早鐘のように落ち着かない。
部屋に戻っても、震えは止まらなかった。
「……なんで、わたし……光なんて……」
左手の指先を見つめる。
あれは確かに自分の手だった。
だけど、あの瞬間の感覚は“自分の行動”じゃなかった。
レオンは心配してずっと廊下をうろうろしていたけど、
ルチアに半強制的に連れ去られていった。
(たぶん怒られてる……)
そう思うと、少し笑えた。
けれどその笑みはすぐ崩れる。
頭の奥で、あの銀髪の女——ヴァネッサの声が反響する。
「あなたは“本来のナタリー”ではない」
なにを知っているのだろう。
なぜわたしの名前を知っているのだろう。
どうして……わたしを見るあの目は、あんなに冷たかったのだろう。
胸の奥で、何かが軋む。
閉ざされた扉。
手を伸ばせば触れられそうな気がするのに、絶対に開かない扉。
ノック音がした。
「……ナタリー?」
ルチアだった。
いつもより声が柔らかい。
ナタリーは立ち上がり、扉を少し開ける。
外には眠そうな顔のルチアが立っていた。
「——大丈夫?」
その一言で、胸の奥が少しだけ緩んだ。
「うん……たぶん。
なんか、変なんだ。わたし。」
「変じゃない。
驚いただけ。誰だってそうなるわ。」
そう言ってルチアは遠慮なく部屋へ入ってくる。
ベッドの端に腰を下ろし、ナタリーの髪をそっと撫でた。
「今日のこと、あたしは忘れない。
でも……あんたは、一人じゃないよ。」
ナタリーはかすかに笑った。
「ありがとう……ルチア。」
しばらく静かな時間が流れた。
だがその沈黙の中で、ナタリーはふと口を開いた。
「……ねえ。
わたし、最近……よくわからないの。」
「何が?」
「誰かが……呼んでる気がするの。
わたしの名前を——遠くで。
すごく、懐かしい声で。」
ルチアの指が一瞬止まった。
「……聞こえるの?」
「うん。
でも思い出せないの。
誰の声か、どうして呼ばれているのか……
何も、思い出せない。」
涙は出ない。
でも胸が痛かった。
自分の中に“穴”がある。
それを知っているのに、埋めるものが見つからない感覚。
ルチアはナタリーの手を握った。
「あたしも、一緒に探すよ。
その“穴”も、その“声”も。
全部わかるまで、絶対にあんたを一人にしない。」
「……うん。」
ナタリーがようやく表情を緩めたそのとき——
窓の外で、風が揺れた。
ほんの一瞬。
白い影が横切ったように見えた。
ナタリーは目を凝らした。
「……誰?」
声に出すと、影はすぐに消えた。
ルチアには見えていないようだった。
ナタリーの胸の奥で、また扉がきしむ。
“近づいている。”
まだ見ぬ何かが。
隠された真実が。
忘れてしまった誰かが。
扉の向こうから、かすかな声が響く。
——ナタリー。
たしかに聞こえた。
でもそれが誰なのか、今はまだ思い出せない。
ただ、確かに——
近づいてきている。
物語が動き始めている。




