第11話 影を裂く白光、刹那に触れた手
晩餐会のざわめきが去った王城の廊下には、まるで誰かの声だけがまだ残っているような空気が漂っていた。
ナタリーは胸の奥に沈む“ざわり”を、歩くたびに感じていた。
——見られていた気がした。
はっきりと姿を見たわけじゃない。
ただ、何度も視線が刺さるように感じたのだ。
ルチアとレオンが前を歩いている。
レオンは何か言いたげに鼻歌を歌い、ルチアは護衛兼お姉さんモードで周囲をチェックしている。
そんな中で、ナタリーは急に立ち止まった。
「……まって。いる。」
ルチアとレオンが振り向くより早く——
廊下の奥の闇から、す…っと影が剥がれた。
黒い靴が石床に触れ、そこからひとりの女性が姿を現した。
銀髪。
伏せた睫毛。
そして深海の底のような青い瞳。
知らない顔だった。
「……あなた、誰?」
ナタリーの問いに、女は静かに微笑んだ。
冷たいけれど、どこか品のある仕草でスカートを摘まむ。
「初めまして。ナタリー様。
——名を、ヴァネッサと申します。」
名乗りとは裏腹に、空気は凍りついた。
敵意ではない。
もっと深い、“理由のある憎悪”のようなもの。
レオンが剣に手を伸ばすが、ヴァネッサの視線が一つ向いただけで、その手が止まった。
「あなたは世界に愛されすぎています。
理由もなく、説明もなく。
まるで……“仕組まれた祝福”のように。」
ルチアがナタリーをかばうように動いたその瞬間——
白光が走った。
ナタリーの左手が、勝手に動いたのだ。
轟音とともに光が廊下を裂き、ヴァネッサの足元を抉る。
砕けた石がはね、白い火花が散って消える。
「ナタリー!? 今のは……!?」
ルチアの声が震えている。
「ちがう……! わたし、何も……してない……!」
ナタリー自身も恐怖に飲み込まれていた。
まるで体の奥に“別の誰か”がいたみたいだった。
ヴァネッサは破壊された床を見下ろし、うっすら笑った。
「やはり。
あなたは“本来のナタリー”ではない。」
「どういう意味……?」
「その答えは、あなたの過去の中にあります。
——消された記憶の、さらに奥に。」
それだけ言うと、ヴァネッサは闇の中へ溶けるように姿を消した。
残されたのは、静寂と、胸の奥の痛み。
ナタリーは自分の震える指先をじっと見つめた。
「……わたし、なにを……?」
その手は、確かに彼女のもの。
しかし、彼女の意志で動いたとは思えなかった。
遠くで、閉ざされた扉が軋むような幻聴がした。
忘れているはずの誰かが、呼ぶような気がした。
ルチアがそっと肩に触れる。
レオンも真剣な顔で覗き込む。
ナタリーは小さく微笑んでみせる。
「大丈夫。……でも、少しだけ怖い。」
その笑顔の裏で、胸の奥の“違和感”だけは消えずに残り続けた。




