第10話 「会えないのに恋しい声、その少女は誰?」
その夜、ナタリーは眠れなかった。
白花の気配が消えたはずなのに、
胸の奥では“誰かがそっと呼びかけているような感覚”だけが残っていた。
(……声がする気がする……
気のせいじゃない……)
ベッドの上で丸くなりながら、
ナタリーは耳を澄ませた。
そのとき、
ふわりと、
冷たくも優しい気配が部屋を撫でた。
「……ナタリー……」
ナタリーは飛び起きた。
「いま……誰か、呼んだ……?」
誰もいない。
暗い部屋の中、窓も締め切られ、カーテンすら動かない。
“声だけ”があった。
はっきりと、自分を呼ぶ少女の声が。
◆ ◆ ◆
翌朝。
控室で準備をしているナタリーの目は真っ赤だった。
「……眠れてないな?」
ルチアが眉を寄せる。
「……うん。昨日の夜、声が聞こえたの……
私を呼ぶ声が……」
「声?誰も部屋に入ってないはずだけど?」
ルチアは冗談半分の軽い調子で言った。
だがナタリーはかすかな震えを返す。
「違うの、はっきり聞こえた。
女の子の声……
私を知ってるみたいに、優しい声だった……」
ナタリーが椅子から飛び上がった。
「ゆ、幽霊!? 守護霊!? ナタリーちゃんの守護精霊!?
それとも……恋のライバル……!?」
「……ルチアちゃんはすごく元気……」
ナタリーの苦笑は弱々しい。
だがルチアは、ナタリーの手の震えを見逃さなかった。
◆ 廊下――
会議室へ向かう途中、
ナタリーはふと立ち止まった。
何かが、聞こえる。
(また……あの気配……)
廊下の奥の角に、
白い影が立っている気がした。
「……そこに……いるの?」
ナタリーがそっと手を伸ばすと――
ぱぁっ
白い光が揺れ、空気が波打つ。
その光の奥から、
少女の声だけが聞こえた。
『――大丈夫だよ、ナタリー。
あなたは一人じゃないよ』
ナタリーの胸が、痛いほど熱くなった。
(この声……
聞いたことがある……気がする……
ずっと昔……とても大切な……)
「あなた……誰なの……?」
問いかけた瞬間、影は掻き消えた。
白花の香りだけが、ふわりと残る。
ナタリーは立ち尽くした。
◆ 同時刻、議事堂の外
高い屋根の上。
白いマントの少女が胸を押さえ、そっと涙を拭っていた。
「……ごめん。
まだ……会えない。
今会ったら、きっと……壊れちゃうから」
彼女の震えは、ナタリーに気づかれない。
そこへ、黒い影が立つ。
「また接触したのね。白花の子」
ヴァネッサが冷たい笑みを浮かべた。
「声だけで必死に守って……滑稽だわ」
少女は振り向かない。
ただ、遠くのナタリーの気配を感じていた。
「……ナタリーは、私が守る……。
あの子は“そんな運命”を選んでない……」
ヴァネッサの目が細くなる。
「言うわね。
でも――あなたでは止められないわ。
ナタリーはもう、世界の中心に立ってしまった。
“あの日”あなたがしたことのせいで」
少女は息を呑む。
ヴァネッサは背を向けて歩き出す。
「会えないのに恋しい声……。
ナタリーが気づくのも、時間の問題ね」
少女は膝をついた。
「……ナタリー……
どうして……こんなに恋しいの……?」
白花が一つ、少女の掌で崩れた。
◆ ◆ ◆
ナタリーは控室へ戻りながら、
まだ消えない余韻に胸を押さえていた。
「……また、呼ばれた。
会ったことないはずの声なのに……
どうしてこんなに……悲しくなるの……?」
彼女は分かっていなかった。
その声の主こそ、
ナタリーの“最も大切だった存在”であり、
失いかけている記憶そのものだということを。




