第八話:半信半疑と新たな契約
エリスの絶叫が、静まり返っていたギルドホールに木霊した。
その声が引き金になったかのように、先ほどまで遠巻きに見ていた冒険者たちが、どっとテーブルの周りに押し寄せてきた。
「おい、嬢ちゃん! その剣をもう一度見せてくれ!」
「冗談だろ……オークの骨だってこんなに綺麗に斬れやしねぇぞ!」
「あんた、一体どんな魔法を使ったんだ!? いや、あれは魔法じゃねぇ、奇跡だ!」
興奮した男たちの野太い声が、四方八方から飛び交う。
誰もが血走った目で、エリスが握りしめる剣に羨望と嫉妬、そしてわずかな畏怖の念が入り混じった視線を注いでいた。
当のエリスは、押し寄せる人波と、自分の手の中にある規格外の武器のせいで、すっかり混乱してしまっている。
「ひっ……! ち、近寄らないで!」
「まあまあ、皆さん落ち着いてください!」
俺はパニック寸前のエリスをかばうように前に立つと、殺気立った冒険者たちをなだめようとした。だが、興奮した彼らに俺の声は届かない。中には、エリスの手から剣を奪い取ろうと、手を伸ばしてくる者までいる始末だ。
「どけよ、兄ちゃん! お前がやったんだろうが! 俺の斧にもそいつをかけてくれ! 金ならいくらでも払う!」
「俺の槍が先だ!」
このままでは、乱闘騒ぎになりかねない。
どうしたものかと俺が眉をひそめた、その時だった。
「――そこまでだ、野蛮人ども!」
凛とした、しかし有無を言わせぬ威圧感を込めた声が、カウンターの方から響き渡った。
声の主は、先ほどまでエリスを相手にしていた、真面目そうな受付の女性だった。彼女は、普段の事務的な表情からは想像もつかないほど険しい顔で、騒ぎの中心を睨みつけている。
「ギルド内での私闘、および他の冒険者への迷惑行為は、規則違反です。全員、速やかに持ち場に戻りなさい。従わない場合は、相応のペナルティを科します!」
その言葉には、不思議なほどの強制力があった。
あれほど殺気立っていた冒険者たちが、バツが悪そうに顔を見合わせると、舌打ちしながらも、しぶしぶ自分たちの席へと戻っていく。どうやら、この受付嬢は見た目によらず、この荒くれ者たちを抑えるだけの実力と権威を持っているらしい。
騒ぎが収まったのを見計らい、俺は受付嬢に軽く頭を下げた。
「助かりました。ありがとうございます」
「……いえ。仕事ですから」
彼女は短くそう答えると、鋭い視線を俺に向けた。その目は、まるで値踏みをするかのように、俺の全身を舐めるように見ている。
「あなた、一体何者です? ただの付与術師では、あのような芸当は不可能です。あれはもはや、伝説に謳われる『神聖付与』の域ですよ」
「いえ、俺はしがない付与術師です。少し、他の人より修復が得意なだけで……」
俺が曖昧に言葉を濁していると、不意に、野次とも嘲笑ともつかない声が横から飛んできた。
「フン、見掛け倒しだろう」
声のした方を見ると、そこには、いかにも歴戦の猛者といった風情の大男が、腕を組んで立っていた。その胸当てには、Bランクを示す銀のプレートが輝いている。
「見た目だけ綺麗にしたところで、中身はなまくらな鉄のままだ。どうせ、一回でも魔物と打ち合えば、メッキが剥がれて元通りになるに決まっている」
「なっ……!」
その侮辱的な言葉に、エリスがカッと顔を赤らめた。
「この剣は、見掛け倒しなんかじゃないわ!」
「ほう? なら、証明してみせろ。嬢ちゃん。お前、さっきゴブリンシャーマンの依頼を受けたいと言っていたな。そのおもちゃみたいな剣で、本当にやれると思っているのか?」
男の挑発に、ギルド内の空気が再び緊張を帯びる。
だが、エリスは怯まなかった。それどころか、彼女は生まれ変わった愛剣をぎゅっと握りしめると、そのBランク冒険者を真っ直ぐに見据えて、毅然と言い放った。
「ええ、もちろんよ! この剣の力を、今から証明してきてあげる!」
彼女はそう宣言すると、踵を返し、再び受付カウンターへと向かった。
そして、先ほどの受付嬢に、依頼書を叩きつけるように差し出した。
「もう一度お願いするわ! Cランク依頼『西の森のゴブリン討伐』、これ、受けさせてもらうから!」
その気迫に、受付嬢は一瞬たじろいだが、すぐに冷静さを取り戻した。彼女はエリスの持つ剣にちらりと目をやると、小さく、しかし確かな頷きを返した。
「……分かりました。特例として、受理します。ただし、絶対に無理はしないこと。危険だと判断したら、すぐに撤退してください」
「分かってる!」
依頼の受理印が押された羊皮紙を受け取ると、エリスは笑みを浮かべた。
そして彼女は、あろうことか、まっすぐに俺の方へと向き直ったのだ。
「あなたも、来てください!」
「……え?」
予想外の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「俺が、か? 言っておくが、俺は戦闘は専門外だぞ。足手まといになるだけだ」
「それでもいいんです!」
エリスは真剣な眼差しで、俺に懇願するように言った。
「これは、あなたが与えてくれた力です。だから、この剣の本当の力を、この新しい伝説の始まりを、あなたに一番近くで見ていてほしいんです! ……それに」
彼女は少しだけ声を潜め、照れたように視線を逸らした。
「……正直、少し怖いんです。こんなにすごい剣、私に使いこなせるかどうか……。あなたがそばにいてくれたら、心強いから。……ダメ、ですか?」
上目遣いでそう言われてしまえば、断れるはずもなかった。
それに、彼女の言う通り、俺自身も、この剣が実戦でどれほどの性能を発揮するのか、少し興味が湧いていた。俺の力が、一体どれほどのものなのか。それを確かめる、良い機会かもしれない。
「……分かった。一緒に行こう」
俺が頷くと、エリスは「本当!?」と、花が咲くような笑顔を見せた。
こうして、俺とエリスは、即席のパーティを組むことになった。
俺たちがギルドを出ていこうとすると、先ほどのBランク冒険者が、吐き捨てるように言った。
「せいぜい、ゴブリンに食われんようにな。嬢ちゃん」
「見てなさいよ。絶対に、依頼を達成して帰ってくるから!」
エリスはそう言い返すと、俺の手を引いて、意気揚々とギルドを後にした。
後に残された冒険者たちは、口々に噂をしていた。
「おい、どう思う? あの二人」
「さあな。だが、もしあの嬢ちゃんが本当に依頼を達成して帰ってきたら……」
「……あの付与術師の兄ちゃんは、本物だ。この街の勢力図が、ひっくり返るかもしれねぇぞ」
そんな憶測が飛び交っていることなど、俺たちは知る由もなかった。
俺とエリスは、西の森を目指して、活気あふれるダリアの街を歩き始めていた。
俺の、辺境の街での最初の仕事が、こうして始まろうとしていた。
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