表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/15

第八話:半信半疑と新たな契約

エリスの絶叫が、静まり返っていたギルドホールに木霊した。

 その声が引き金になったかのように、先ほどまで遠巻きに見ていた冒険者たちが、どっとテーブルの周りに押し寄せてきた。


「おい、嬢ちゃん! その剣をもう一度見せてくれ!」

「冗談だろ……オークの骨だってこんなに綺麗に斬れやしねぇぞ!」

「あんた、一体どんな魔法を使ったんだ!? いや、あれは魔法じゃねぇ、奇跡だ!」


 興奮した男たちの野太い声が、四方八方から飛び交う。

 誰もが血走った目で、エリスが握りしめる剣に羨望と嫉妬、そしてわずかな畏怖の念が入り混じった視線を注いでいた。

 当のエリスは、押し寄せる人波と、自分の手の中にある規格外の武器のせいで、すっかり混乱してしまっている。


「ひっ……! ち、近寄らないで!」

「まあまあ、皆さん落ち着いてください!」


 俺はパニック寸前のエリスをかばうように前に立つと、殺気立った冒険者たちをなだめようとした。だが、興奮した彼らに俺の声は届かない。中には、エリスの手から剣を奪い取ろうと、手を伸ばしてくる者までいる始末だ。


「どけよ、兄ちゃん! お前がやったんだろうが! 俺の斧にもそいつをかけてくれ! 金ならいくらでも払う!」

「俺の槍が先だ!」


 このままでは、乱闘騒ぎになりかねない。

 どうしたものかと俺が眉をひそめた、その時だった。


「――そこまでだ、野蛮人ども!」


 凛とした、しかし有無を言わせぬ威圧感を込めた声が、カウンターの方から響き渡った。

 声の主は、先ほどまでエリスを相手にしていた、真面目そうな受付の女性だった。彼女は、普段の事務的な表情からは想像もつかないほど険しい顔で、騒ぎの中心を睨みつけている。


「ギルド内での私闘、および他の冒険者への迷惑行為は、規則違反です。全員、速やかに持ち場に戻りなさい。従わない場合は、相応のペナルティを科します!」


 その言葉には、不思議なほどの強制力があった。

 あれほど殺気立っていた冒険者たちが、バツが悪そうに顔を見合わせると、舌打ちしながらも、しぶしぶ自分たちの席へと戻っていく。どうやら、この受付嬢は見た目によらず、この荒くれ者たちを抑えるだけの実力と権威を持っているらしい。


 騒ぎが収まったのを見計らい、俺は受付嬢に軽く頭を下げた。

「助かりました。ありがとうございます」

「……いえ。仕事ですから」


 彼女は短くそう答えると、鋭い視線を俺に向けた。その目は、まるで値踏みをするかのように、俺の全身を舐めるように見ている。


「あなた、一体何者です? ただの付与術師では、あのような芸当は不可能です。あれはもはや、伝説に謳われる『神聖付与』の域ですよ」

「いえ、俺はしがない付与術師です。少し、他の人より修復が得意なだけで……」


 俺が曖昧に言葉を濁していると、不意に、野次とも嘲笑ともつかない声が横から飛んできた。


「フン、見掛け倒しだろう」


 声のした方を見ると、そこには、いかにも歴戦の猛者といった風情の大男が、腕を組んで立っていた。その胸当てには、Bランクを示す銀のプレートが輝いている。


「見た目だけ綺麗にしたところで、中身はなまくらな鉄のままだ。どうせ、一回でも魔物と打ち合えば、メッキが剥がれて元通りになるに決まっている」

「なっ……!」


 その侮辱的な言葉に、エリスがカッと顔を赤らめた。


「この剣は、見掛け倒しなんかじゃないわ!」

「ほう? なら、証明してみせろ。嬢ちゃん。お前、さっきゴブリンシャーマンの依頼を受けたいと言っていたな。そのおもちゃみたいな剣で、本当にやれると思っているのか?」


 男の挑発に、ギルド内の空気が再び緊張を帯びる。

 だが、エリスは怯まなかった。それどころか、彼女は生まれ変わった愛剣をぎゅっと握りしめると、そのBランク冒険者を真っ直ぐに見据えて、毅然と言い放った。


「ええ、もちろんよ! この剣の力を、今から証明してきてあげる!」


 彼女はそう宣言すると、踵を返し、再び受付カウンターへと向かった。

 そして、先ほどの受付嬢に、依頼書を叩きつけるように差し出した。


「もう一度お願いするわ! Cランク依頼『西の森のゴブリン討伐』、これ、受けさせてもらうから!」


 その気迫に、受付嬢は一瞬たじろいだが、すぐに冷静さを取り戻した。彼女はエリスの持つ剣にちらりと目をやると、小さく、しかし確かな頷きを返した。


「……分かりました。特例として、受理します。ただし、絶対に無理はしないこと。危険だと判断したら、すぐに撤退してください」

「分かってる!」


 依頼の受理印が押された羊皮紙を受け取ると、エリスは笑みを浮かべた。

 そして彼女は、あろうことか、まっすぐに俺の方へと向き直ったのだ。


「あなたも、来てください!」

「……え?」


 予想外の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。


「俺が、か? 言っておくが、俺は戦闘は専門外だぞ。足手まといになるだけだ」

「それでもいいんです!」


 エリスは真剣な眼差しで、俺に懇願するように言った。


「これは、あなたが与えてくれた力です。だから、この剣の本当の力を、この新しい伝説の始まりを、あなたに一番近くで見ていてほしいんです! ……それに」


 彼女は少しだけ声を潜め、照れたように視線を逸らした。


「……正直、少し怖いんです。こんなにすごい剣、私に使いこなせるかどうか……。あなたがそばにいてくれたら、心強いから。……ダメ、ですか?」


 上目遣いでそう言われてしまえば、断れるはずもなかった。

 それに、彼女の言う通り、俺自身も、この剣が実戦でどれほどの性能を発揮するのか、少し興味が湧いていた。俺の力が、一体どれほどのものなのか。それを確かめる、良い機会かもしれない。


「……分かった。一緒に行こう」


 俺が頷くと、エリスは「本当!?」と、花が咲くような笑顔を見せた。

 こうして、俺とエリスは、即席のパーティを組むことになった。


 俺たちがギルドを出ていこうとすると、先ほどのBランク冒険者が、吐き捨てるように言った。

「せいぜい、ゴブリンに食われんようにな。嬢ちゃん」

「見てなさいよ。絶対に、依頼を達成して帰ってくるから!」


 エリスはそう言い返すと、俺の手を引いて、意気揚々とギルドを後にした。

 後に残された冒険者たちは、口々に噂をしていた。


「おい、どう思う? あの二人」

「さあな。だが、もしあの嬢ちゃんが本当に依頼を達成して帰ってきたら……」

「……あの付与術師の兄ちゃんは、本物だ。この街の勢力図が、ひっくり返るかもしれねぇぞ」


 そんな憶測が飛び交っていることなど、俺たちは知る由もなかった。

 俺とエリスは、西の森を目指して、活気あふれるダリアの街を歩き始めていた。

 俺の、辺境の街での最初の仕事が、こうして始まろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや下の評価ボタン(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、大変励みになります。

今後の執筆の大きなモチベーションになりますので、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ