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第五話:辺境の街ダリア

王都を後にしてから、五日が過ぎた。

 あれから俺は、親切な商人に行き先を告げた手前、ひたすら東を目指して歩き続けていた。

 初めのうちは王国の威光を示すかのように広く整備されていた街道も、王都から遠ざかるにつれて、次第にその様相を変えていった。立派な石畳は姿を消し、轍の跡が深く刻まれた土の道がどこまでも続いている。

 すれ違う人々も、王都近郊で見かけた着飾った貴族や裕福な商人ではなく、日焼けした顔に深い皺を刻んだ農夫や、屈強な体つきの傭兵、そして俺と同じように、どこか疲れた表情の旅人たちがほとんどになった。


 考えてみれば、こんなにも心穏やかに旅をするのは初めてかもしれなかった。

 勇者パーティにいた頃の移動は、常に時間に追われていた。ダンジョンからダンジョンへ、街から街へ。少しでも休息が長引けば、カインの不機嫌な声が飛んでくる。野営の際も、俺は仲間たちが眠りについた後、一人で武具のメンテナンスをするのが常だった。自分のための時間など、ほとんど存在しなかったのだ。


 今は違う。

 腹が減れば木陰で休み、商人から分けてもらった干し肉を齧る。日が暮れれば、街道から少し外れた場所で火をおこし、眠くなれば毛布にくるまって眠る。誰に急かされることも、誰の機嫌を窺うこともない。

 孤独ではあったが、それは不思議と心地の良い孤独だった。

 俺は初めて、自分自身のためだけに時間を使っていた。


 旅の途中、一度だけ若い冒険者のパーティとすれ違ったことがある。

 彼らはゴブリンの群れでも相手にしてきたのか、三人のうち二人が軽い傷を負い、装備もあちこちがボロボロだった。リーダー格の剣士が、仲間の凹んだ胸当てを指さして説教しているのが聞こえてきた。


「だから言っただろう! 街を出る前に、ちゃんと鍛冶屋で直しておけと! あと数センチずれていたら、お前の心臓は串刺しだったんだぞ!」

「うっせぇな! 修理代だって馬鹿になんねぇんだよ!」


 そんなやり取りを聞きながら、俺は彼らの横を黙って通り過ぎた。

(あれくらいの凹みなら、俺の魔法なら一瞬で直せるんだがな……)

 心の中でそう思ったが、声をかけることはしなかった。

 今の俺は、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。それに、自分の力がどれほどの価値を持つのか、この辺境の地で改めて見定めてみたいという気持ちもあった。王都では「地味」だと一蹴されたこの力が、ここではどう受け止められるのだろうか。


 そんなことを考えながら歩き続けること、さらに二日。

 緩やかな丘を越えた瞬間、俺の視界に、目的の街がその姿を現した。


「あれが……ダリアか」


 思わず、声が漏れた。

 王都のような、天を衝く白亜の城壁はない。そこにあるのは、丸太を組んで作られた、いかにも実用本位といった感じの簡素な柵と、その内側にひしめき合うように建てられた、統一感のない建物群だった。

 街のあちこちから槌音や人々の怒号が聞こえ、いくつかの煙突からは黒い煙がもくもくと立ち上っている。洗練とは程遠いが、荒々しく、力強い生命力に満ち溢れていた。

 活気、という言葉がこれほど似合う街を、俺は他に知らなかった。


 街の入り口では、見るからに面倒くさそうな顔をした衛兵が、出入りする人々の身分証を検めていた。王都の兵士のような威圧感はなく、どこか気の抜けた雰囲気だ。

 俺も冒険者ギルド発行の身分証を見せると、衛兵はちらりと一瞥しただけで、「はいよ」とあっさり通してくれた。


 街の中に足を踏み入れると、その熱気に圧倒されそうになった。

 道は舗装されておらず、人々の往来で踏み固められた土が剥き出しになっている。道の両脇には、露店が所狭しと並び、鉱石や薬草、あるいはモンスターから剥ぎ取ったであろう素材などが雑多に売られていた。

 行き交う人々の大半は、俺のような冒険者か、鉱山で働く工夫、あるいは職人たちだ。誰も彼もが、その顔に「一山当ててやろう」という野心と活力をみなぎらせている。

 彼らの身に着けている武具は、王都で見た騎士たちのものとは違い、装飾など一切ない、実用性一辺倒のものばかりだった。そしてその多くが、使い込まれて傷だらけだった。


(この街なら……あるいは)


 俺の力が、役に立つ場所かもしれない。

 そんな予感が、胸をよぎった。


 まずは、今夜の宿を探さなければならない。

 俺はメインストリートを歩き回り、比較的安価で泊まれそうな「ごろつきの斧亭」という、物騒な名前の宿屋を見つけ出した。

 中に入ると、酒場を兼ねた一階は、昼間だというのに多くの冒険者たちで賑わっていた。俺はカウンターにいた恰幅のいい女主人に一泊分の宿代を払い、二階の小さな部屋を借りることにした。


 部屋は、ベッドと小さな机が一つあるだけの簡素なものだったが、長旅で疲れた体を休めるには十分だった。

 俺は荷物を下ろすと、硬いベッドに倒れ込む。

 ギシ、と軋むベッドの感触が、自分が本当にこの街にたどり着いたのだという実感を与えてくれた。


 追放された日から、ずっと張り詰めていた心の糸が、ふっと緩むのを感じた。

 怒りも、絶望も、今はもうない。ただ、ひどく疲れていた。


 しばらく天井をぼんやりと眺めていたが、やがてゆっくりと体を起こす。

 感傷に浸っている暇はないのだ。この街で生きていくためには、まず、仕事をみつけなければ。


「明日、まずは冒険者ギルドへ行ってみよう」


 誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。

 この街が、俺の新しい居場所になるかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に、俺は辺境の街での最初の夜を迎えるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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