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第四話:孤独な旅立ち

セナと別れた俺は、夜が明けきる前の薄闇の中を、王都の正門へと向かっていた。

 三年間、この大門をくぐる時は、いつも仲間たちが一緒だった。任務へ向かう時の高揚感、帰還した時の安堵感。そのどちらも、今はもうない。俺の隣には誰もおらず、背後から聞こえるのは自分の足音だけだった。


 巨大な正門に到着すると、すでに門番の兵士たちが詰所に詰めており、日の出と共に開門する準備を始めていた。城壁の外には、都に入るのを待つ行商人たちの長い列ができ始めている。

 俺はその光景をぼんやりと眺めながら、門が開くのを待った。


(俺はもう、『光の剣閃』のアルスじゃない。ただの、アルスだ)


 そう思うと、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感と、同時に、重い鎧を脱ぎ捨てたような奇妙な解放感が入り混じった。

 もう、カインの傲慢な声にへつらう必要はない。リリアのヒステリックな罵声に耐える必要もない。ゴードンの無神経な言葉に、心をすり減らすこともないのだ。


 やがて、重々しい音を立てて巨大な門がゆっくりと開かれていく。

 俺は都から出ていく人々の流れに紛れ、兵士に身分証を軽く提示して、あっさりと門を通過した。誰も、俺があの有名な勇者パーティの一員だったことなど気にも留めない。俺という存在は、それほどまでに地味で、取るに足らないものだったのだ。


 王都の外に広がる街道を、俺は当てもなく歩き始めた。

 東へ向かうか、西へ向かうか。北の山脈を越えるか、南の港町を目指すか。何の計画もなかった。ただ、この息の詰まる王都から、一刻も早く離れたかった。

 ひとまず、朝日が昇る東へと足を向け、緩やかな坂道を登っていく。


 数時間も歩き続けた頃だろうか。すっかり太陽が高く昇り、汗が首筋を伝い始めた。

 道端の切り株に腰を下ろし、水袋の水を一口飲む。乾いた喉に、生ぬるい水が染み渡った。

.

 これから、どうやって生きていこうか。

 俺のスキルは、戦闘に直接寄与するものではない。冒険者としてソロで活動するのは無謀だ。かといって、いまさら他のパーティに入れてもらえる当てもない。

 俺にできることといえば、武具の性能を少しばかり上げることと、壊れたものを直すことくらいだ。


(修理、か……)


 それは、鍛冶師の仕事だ。俺のような付与術師が専門的に行うことではない。だが、俺の《修復の付与》は、物理的な損傷ならほとんどのものを瞬時に直すことができる。

 どこか職人が不足しているような田舎町でなら、この力も役立つかもしれない。派手さはないが、日々の糧を得るには十分だろう。


 そんなことを考えていると、前方のカーブの先から、何やら怒鳴り声が聞こえてきた。


「くそっ! こんな所で動かなくなっちまうとは! おい、立て! 動けってんだ!」


 馬を罵る声と、鞭の音が響く。

 何事かと思い、様子をうかがうと、そこには一台の荷馬車が立ち往生していた。馬車の車輪、その片方が不自然な角度に傾いている。どうやら、車軸が折れてしまったらしい。

 御者台には、熊のように体格のいい、人の良さそうな中年男性が座り込み、頭を抱えていた。


「どうしたんですか?」


 俺は思わず声をかけていた。困っている人を見ると、放っておけない性分なのだ。


「あん? ああ、旅人さんかい。見ての通りさ。荷物を積みすぎたのか、車軸がポッキリいっちまった。これじゃあ、街まで馬を歩かせることもできねぇ」


 男――商人のようだった――は、がっくりと肩を落としてため息をついた。

 確かに、車軸が折れてしまっては修理は難しい。街まで誰かを呼びに行くか、積荷を諦めるかしかないだろう。


「あの……もしよければ、俺が直しましょうか?」

「あん? 兄ちゃん、冗談だろ? こいつを直すにゃ、鍛冶道具一式がいるんだぜ。見ての通り、あんたは手ぶらじゃねぇか」


 商人は呆れたように俺を見た。無理もない。

 俺は少し躊躇った後、意を決して言った。


「いえ、鍛冶師ではないんですが……少し、特別な魔法が使えるんです。成功するかは分かりませんが、試してみる価値はあるかと」

「魔法、だと?」


 商人は胡散臭そうな目で俺を値踏みしたが、他に手段がないのも事実だった。藁にもすがる思いだったのだろう。


「……まあ、ダメ元だ。好きにやってみてくれ。もし本当に直せたら、礼は弾むぜ」

「いえ、お礼なんて。困っているようですから」


 俺はそう言うと、折れた車軸の前にしゃがみ込んだ。

 金属製の車軸は、真ん中から無残に断裂している。俺は両手でその断面をそっと合わせ、意識を集中させた。


「――《修復の付与(リペア・エンチャント)》」


 俺の手のひらから、いつもの淡い土気色の光が放たれる。

 その光が、折れた車軸を優しく包み込んだ。

 すると、信じられないことが起きた。


「なっ……!?」


 商人が息を呑むのが聞こえた。

 断裂していた金属の断面が、まるで溶けた飴のようにじわりと融合していく。そして、光が消えた時には、そこに亀裂の跡すら残っていなかった。まるで、最初から何もなかったかのように、一本の頑丈な車軸がそこにあった。


「お、おい……兄ちゃん、今のは……?」


 商人は目を丸くして、自分の荷馬車と俺の顔を交互に見比べた。その表情は、驚きを通り越して、もはや恐怖に近いものだった。


「言ったでしょう。特別な魔法が使える、と」

「魔法……? 魔法ってレベルじゃねぇぞ、今の! まるで神業じゃねぇか! あんた、一体何者なんだ!?」


 神業、という言葉に、俺は少しだけ胸がちくりと痛んだ。

 この力を、カインたちは「地味だ」と一蹴したのだ。


「ただの、しがない付与術師ですよ」


 俺は苦笑しながら立ち上がると、商人に言った。

「もう大丈夫だと思います。念のため、あまり荷物は揺らさないように、ゆっくり進んでください」


「お、おお……!」


 商人はしばらく呆然としていたが、やがて我に返ると、慌てて俺の腕を掴んだ。


「待ってくれ! 礼をさせちゃくれねぇか! 金か? 金ならある! いくら欲しい!?」

「いえ、お金は結構です。それよりも、もしよければ、何か食べ物を少しと、この先の街について教えていただけませんか?」


 俺の申し出に、商人は拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに破顔した。


「なんだ、そんなことでいいのか! よし、分かった! 腹いっぱい食ってけ! 街のことも、俺が知ってることなら何でも教えてやる!」


 その日の昼食は、久しぶりに温かくて、美味しいものだった。

 商人は、辺境の街「ダリア」へ向かう途中だったらしい。彼は、その街について色々と教えてくれた。

 ダリアは、最近発見された鉱山と迷宮ダンジョンのおかげで、急速に発展している街だということ。腕利きの冒険者や職人が集まってきており、活気があること。そして、王都からは遠く離れているため、中央の面倒な貴族たちの干渉も少ないこと。


(辺境の街、ダリア……)


 そこなら、俺のような人間でも、静かに、やり直せるかもしれない。

 俺の心に、小さな希望の光が灯った。

 商人から干し肉とパンを分けてもらい、礼を言って別れた後、俺の足取りは、朝とは比べ物にならないほど軽くなっていた。

 目的地ができた。ただそれだけで、世界が少しだけ、色づいて見えた。俺は東の地平線の先にあるというダリアを目指し、再び街道を歩き始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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