第二話:用済みの追放宣告
王都に凱旋した俺たち「光の剣閃」は、その足で馴染みの酒場へと向かった。
ダンジョン最深部の主、オーガロードを討伐したという報せはすでにギルドを通じて広まっていたらしく、酒場の扉を開けた瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が俺たちを迎えた。
「おお、勇者様御一行のお帰りだ!」
「さすがは『光の剣閃』! あのダンジョンを攻略するとは!」
客たちの賞賛は、そのほとんどがパーティの顔である勇者カインに向けられていた。
「はっはっは! 諸君、見ていてくれたかね! 俺の聖剣の前では、オーガロードなど赤子同然だったぞ!」
カインは得意満面に胸を張り、手を振って歓声に応える。その隣では、魔術師リリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、戦士ゴードンは「へへっ」と頭をかいている。
俺と神官のセナは、少し離れた後方から、その光景を静かに眺めていた。いつものことだ。手柄と賞賛は常に彼らのもので、俺たち後衛職がその輪の中心に立つことはない。
店主が一番良い席を用意してくれ、祝勝の酒と料理が次々と運ばれてくる。
乾杯の音頭はもちろんカインが取った。
「我らが『光の剣閃』の輝かしい勝利と、俺の比類なき才能に乾杯!」
その傲慢極まりない言葉に、リリアとゴードンが「乾杯!」と大きな声で続く。客たちもやんやの喝采だ。
俺は誰にも聞こえないように小さく息を吐き、エールがなみなみと注がれたジョッキを口に運んだ。祝勝会だというのに、酒の味はひどく苦かった。
「しかし、今回のカイン様の剣技は神がかってましたね!」
「そうかしら? 私の獄炎槍だって負けてなかったと思うけど?」
「おっと、リリアさんには敵わねぇや!」
三人は今日の戦闘を振り返り、互いの手柄を自慢し合っている。誰も、俺の付与魔法がなければ盾が砕かれ、剣が刃こぼれし、杖の魔力効率が落ちていたことには触れない。
俺はただ黙々と、硬くなったパンをシチューに浸して口に運んでいた。
そんな俺の様子に気づいたのか、隣に座っていたセナが心配そうに声をかけてきた。
「アルス……大丈夫?」
「ああ、何がだ?」
「いえ、なんだか元気がないように見えたから……。今日の討伐も、あなたの付与魔法がなければ絶対に成功しなかったわ。本当に、ありがとう」
セナの言葉が、ささくれだった心に染み渡るようだった。
このパーティで、俺の仕事を正しく見てくれているのは彼女だけだ。それだけで、俺がこの三年間、ここにいた意味があったと思える。
俺が「ありがとう」と返そうとした、その時だった。
バンッ!と、カインがわざとらしくテーブルを叩き、酒場中の注目を集めた。
「皆、静粛に! この輝かしい勝利の日に、皆に報告したいことがある!」
酒場がしんと静まり返る。カインは満足げに頷くと、芝居がかった口調で続けた。
「我ら『光の剣閃』は、さらなる高みを目指すため、新たな仲間を迎えることにした! 王宮魔術師団でも一目置かれる天才、攻撃魔術師のジェイド君だ!」
カインが店の入り口に示すと、そこには見慣れない、細身で神経質そうな顔つきの男が立っていた。
周囲が「おおっ!」とどよめく。
だが、俺の心臓は、氷水を浴びせられたように冷たくなっていた。
攻撃魔術師? このパーティには、すでにリリアがいるはずだ。
俺はカインに視線を向け、震える声で尋ねた。
「……カイン。それは、どういうことだ? パーティの枠は五人のはずだが」
その質問を待っていたとでも言うように、カインは愉快そうに口の端を吊り上げた。
その目は、ひどく冷たかった。まるで道端の石ころでも見るかのように、俺を見下していた。
「ああ、そのことか。アルス」
カインはわざとらしくため息をつくと、残酷な事実を宣告した。
「お前はもう用済みだ。今日限りで、このパーティをクビにする」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
クビ? 俺が? この、三年間、身を粉にして尽くしてきたパーティを?
俺が呆然としていると、リリアが追い打ちをかけるように甲高い声で言った。
「当たり前でしょ? あなたの付与魔法なんて、光るだけの地味でつまらない魔法じゃない。これからの戦いには、ジェイド様のような、派手で強力な攻撃魔法が必要なのよ」
「そ、そうだぜ、アルス。お前、いっつも後ろにいて何やってんのか分かんなかったしな! これでお荷物が減ってせいせいするぜ!」
ゴードンまでもが、嘲るような笑みを浮かべて同調する。
お荷物? 俺が? お前たちの装備を毎日毎日、最高の状態に保ってきたのは誰だと思っているんだ。
怒りと屈辱で、喉が焼け付くようだった。何か言い返してやりたかったが、言葉が出てこない。
「ま、待ってください、カイン! アルスは……アルスがいなければ、私たちは!」
見かねたセナが立ち上がって反論しようとするが、カインはそれを手で制した。
「セナ、お前は黙っていろ。これはもう決定事項だ。こいつの地味な支援よりも、ジェイド君の攻撃魔法の方が、よほど戦力になる」
「そういうことだ。じゃあな、アルス」
カインはそう言うと、懐から革袋を取り出し、テーブルの上に放り投げた。チャリン、と軽い音がして、数枚の銀貨が転がり出る。
「これまでの働きに免じて、くれてやる。退職金だ。これでどこへでも行くがいい」
それは、この三年間、俺がパーティのために注ぎ込んできた労力と時間に対する対価としては、あまりにも、あまりにも侮辱的な金額だった。
周囲の客たちが、同情とも好奇ともつかない視線で俺を見ている。
もう、ここにはいられない。
俺は何も言わず、席を立った。
投げつけられた銀貨には、目もくれない。
背後から「あら、いらないのかしら? 貧乏人には大金でしょうに」というリリアの嘲笑が聞こえた。
ただ、セナの「アルス……」という悲痛な声だけが、やけに耳に残った。
俺は一度も振り返ることなく、酒場の扉を開け、夜の闇へと足を踏み出した。
祝勝会で盛り上がる喧騒を背に、王都の冷たい石畳を、俺は一人、当てもなく歩き始めた。
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