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第十五話:最初の「祝福武具」とエリスの評価

バルガスとの共同作業は、俺の生活を一変させた。


 工房での日々は、単調ではあったが、創造的な喜びに満ちていた。午前中はバルガスの指導のもと、俺の魔力が最も効果的に作用する、鍛造の「タイミング」と「温度」を検証する。午後は、ギルドからの依頼をこなし、魔力と技術を研ぎ澄ます。そして夜は、バルガスが用意してくれた資料を読み込み、武具の素材学や、失われた古代の錬金術について学んだ。


「アルス、お前さんの魔力は、熱を加えると暴走する傾向がある。だが、叩く直前の『冷却期』に流し込むと、鋼がより強くそれを欲するようだ」


 バルガスは、長年の経験と、職人としての鋭い勘で、俺の魔法の性質を正確に分析してくれた。俺の付与魔法は、鍛冶技術の知識と組み合わせることで、初めてその真価を発揮し始めたのだ。


 そして、三日後。俺とバルガスによる初の「共作」が完成した。

 それは、バルガスが以前から温めていた、最高級の鋼材と、特殊な鉱石を混ぜて鍛造した、片手剣だった。仕上げの工程で、俺が渾身の【神々の祝福】を施した。

 刀身には、以前よりも深く、複雑で美しい光の紋様が刻まれていた。これは、俺の魔力が素材の奥底まで浸透し、その情報構造を完全に書き換えた証拠だった。


「どうだ、アルス。お前さんの目から見て、これにどんな価値がある?」


 バルガスは誇らしげに剣を差し出した。

 俺が剣を受け取ると、ひんやりとした鋼の感触と共に、膨大な魔力の波動が伝わってきた。それは、以前付与したどの武具よりも強力で、かつ安定している。


「これは……もはや、規格外です。普通の冒険者が使えば、Sランクの魔物にも対抗できるかもしれない。そして、この剣は所有者の魔力と生命力をわずかに回復させ、疲労を軽減する効果も持っています」

「ほう! 疲労軽減まであるのか! それはいい! この辺境のダンジョン攻略には、疲労軽減は命綱になるからな」


 バルガスは満足げに頷くと、この剣に、俺たちが決めた新しい名前を付けた。


「よし。これこそが、俺たちの工房『バルガスの鉄槌』から生み出された、最初の『神の祝福を受けた武具(ブレスド・ギア)』だ。これを誰に試させるか……」


 俺とバルガスは、顔を見合わせた。答えは、最初から決まっていた。


「エリスに、使ってもらいましょう」

「当然だな!」


---


 その日の午後、俺たちは出来上がったばかりの「祝福武具」を持って、エリスをギルドに訪ねた。


「えっ、私に? こんなにすごい剣を?」


 エリスは、俺たちの差し出した美しい片手剣を見て、目を丸くした。


「ああ。君の戦闘技術と勘の良さは、この街でも随一だ。この剣の真の力を引き出せるのは、君しかいない」


 俺がそう言うと、バルガスが豪快に笑いながら付け加えた。


「ただし、タダじゃないぞ、嬢ちゃん。これは俺たち二人の最高の作品だ。お前はこれを実戦で使い込み、その性能を細かく報告する、テストパイロットになってもらう。その代わり、この剣はお前が正式に買い取るまで、お前専用の武器として使っていい」

「テストパイロット!?」


 エリスは目を輝かせた。その言葉は、彼女の冒険者としてのプライドを強く刺激したようだった。

 彼女は、まるで宝物を扱うように恐る恐る剣を手に取ると、鞘から引き抜いた。


 キン、という鋭い音と共に、白銀の刀身が姿を現す。


「綺麗……そして、すごい魔力だわ……」


 剣を握った瞬間、エリスは、自分が初めて俺の剣を握った時とは比べ物にならないほどの、強い魔力の流れを感じた。全身の力が、何倍にも増幅されるような感覚。そして、何よりも、その剣が自分の手足のように馴染む感覚があった。


「ありがとう、アルスさん、バルガスさん! この剣で、必ず最高の結果を出してくるわ!」


 エリスはそう誓うと、すぐにギルドの依頼ボードへと向かった。彼女が選んだのは、またしてもCランクの中でも、難易度の高い「迷宮内の魔石回収」の依頼だった。


「行ってくるわ!」


 エリスは、最高の武器を手に、新たな自信と希望を胸に、街を飛び出していった。


---


 その夜遅く、エリスは泥だらけになりながら、ギルドに帰還した。

 その顔は疲れていたが、達成感に満ち溢れていた。


「す、すごいわ、アルスさん! あの剣は、もはや反則よ!」


 俺とバルガスは、ギルドの裏口でエリスを出迎え、彼女から依頼の詳細を聞いた。


「あの迷宮のガーディアン、前は三人がかりでやっと倒したのに、今日は私一人で、ほとんど傷一つ負わずに倒せたわ! 攻撃が当たる直前に、体が勝手に避けてくれるの! それに、ずっと戦っていても、全然疲れないのよ!」


 エリスの報告は、俺たちの仮説を裏付けるものだった。

 俺の祝福は、武具を強化するだけでなく、持ち主の身体能力を極限まで引き上げ、さらに危険を予測し、最適解の動きを促すという、一種の未来予知や戦術補助のような効果まで持っているのだ。


「疲労軽減と戦術補助……まさに、神の祝福だな!」


 バルガスは興奮して、エリスの剣を撫でた。


「この剣、一つでパーティの戦力全部をカバーできるぞ! これは売れる! 大いに売れるぞ、アルス!」


 翌日。エリスの持ち帰った驚異的な成果と、新しい剣の噂は、瞬く間にギルド全体を駆け巡った。


「エリス嬢ちゃん、Dランクになったばかりだろ!? それをソロでCランクの高難易度依頼を日帰りでだと!?」

「あの付与術師の工房で、新しい剣を作ってもらったらしいぞ……あれが、神の祝福を受けた武具だ!」


 冒険者たちは、俺の工房に殺到した。

 もはや「付与術師様」ではない。「神の祝福を与えし者」として、俺の存在は辺境の街ダリアで、伝説的な職人としての地位を、確固たるものにしたのだった。

 そして、この噂は、辺境の街のギルドを超え、やがて王国の隅々へと広がり始めることになる。


 しかし、その噂が、遠い王都で没落しつつある、かつての仲間たちの耳に入るまでには、まだもう少し時間がかかるのだった。

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