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第十四話:工房での師事と魔法の解析

バルガスの工房「バルガスの鉄槌」での生活は、俺が想像していたよりも遥かに刺激的だった。


 その日のうちに、俺は宿屋「ごろつきの斧亭」を引き払い、工房の二階にあるバルガスの私室の隣の、小さな空き部屋に移り住んだ。部屋は簡素だったが、炉の熱気が届き、金属の匂いが漂うこの空間は、付与術師である俺にとって、何よりも落ち着く場所だった。


「いいか、アルス。俺は鍛冶師だ。お前は付与術師。目指すところは、最強の武具を生み出すこと。だが、そのプロセスは全く違う」


 バルガスは、翌朝早くから俺を工房に引っ張り出し、俺の魔法の「解析」を始めた。


「俺の鍛冶は、鉄と炎と魔力の調和だ。魔力は、あくまで素材の結合を強固にするための触媒に過ぎない。だが、お前さんの魔法は違う。お前さんの魔法は、武具そのものの『情報』を書き換えている」


 バルガスはそう言って、俺の付与したばかりの短剣を、真剣な目で見つめた。彼の鋭い目は、俺の魔法が作り出した、刀身の奥に浮かび上がる微細な光の紋様を、正確に捉えていた。


 俺の【神々の祝福】は、武具の欠損を修復するだけでなく、素材の強度や魔力伝導率といった基本性能を、その素材の限界を超えて引き上げる。これは、バルガスの言う通り、まるで錬金術に近い、情報改変の領域だった。


「俺の鍛冶と、お前さんの付与。この二つをどう組み合わせるかだ。俺が考えたのは、これだ」


 バルガスは作業台から、まだ未完成の、粗削りな両手剣の刀身を取り出した。


「お前さんは、すでに完成した武具に付与をかける方が得意だろう。だが、最も効率が良いのは、素材が最も不安定な時に付与を施すことだ。つまり、俺が鉄を炎で熱し、ハンマーで叩き、素材の結合が一時的に緩んでいる瞬間に、お前さんが『祝福』を流し込む」


 彼の提案は、常識破りだった。武具の鍛造中に、付与魔法などかけようとすれば、鍛冶のプロセスを乱し、素材を完全にダメにしてしまう可能性がある。

 だが、俺の魔法がただの付与魔法ではないのなら、試す価値はあるかもしれない。


「分かりました。試してみましょう」


 俺はバルガスの指示通り、炉の脇に立ち、彼が鉄を叩き始めるのを待った。


 カチッ――バルガスが合図を出す。

 彼は、炉から真っ赤に熱せられた鋼を取り出し、鉄床の上に置くと、渾身の力を込めてハンマーを振り下ろした。


 カン! という、鋭くも重い音が工房に響き渡る。


「今だ、アルス!」


 バルガスの叫びと共に、俺は熱された鋼へ向かって、両手を突き出した。

 普通の付与魔法なら、この熱と衝撃で魔力は拡散してしまう。だが、俺は集中した。ただの付与ではない、武具に魂を吹き込むような、俺自身の魔力の根源を、この鋼に注ぎ込むイメージで。


「――《堅牢の付与(フォートレス・エンチャント)》!」


 俺の手のひらから、淡い光が、今までにないほど強い輝きを放ちながら、赤熱した鋼へと吸い込まれていく。

 バルガスは驚くべき集中力で、俺の魔法が浸透するのを待ってから、再びハンマーを振り下ろした。


 カンッ、カンッ、カンッ!


 バルガスが叩き、俺が祝福を流し込む。

 その作業を、何度も、何度も繰り返した。バルガスが汗だくになり、俺の魔力が尽きかける頃には、一つの両手剣が、その形を成し始めていた。


「よし、今日はここまでだ……ふぅ」


 バルガスが鉄床から剣を取り上げ、水に浸す。ジュッという凄まじい音と共に、大量の蒸気が立ち昇る。

 俺は魔力を完全に使い切り、その場にへたり込んだ。


「アルス、お前さん、本当に恐ろしい才能を持っている」


 バルガスは、蒸気の中から取り出した剣を見つめながら、感嘆の声を上げた。


「俺の鋼が、お前さんの魔法を取り込んだ。普通なら鍛冶の邪魔になるはずの魔力が、この鋼の結合を、むしろ強靭にしている。まるで、素材そのものが『生きた』ようだ」


 バルガスは、その剣を軽く振ってみる。その動きは、老人とは思えないほど俊敏だった。


「この剣は、俺がこれまでの人生で作った、どの剣よりも優れている。これはもう、俺一人の作品ではない。共作だ」


 俺の魔法と、バルガスの技術。二つの異なる職人の技が、辺境の小さな工房で、一つの奇跡を生み出したのだ。


 その日の昼食は、工房でバルガスと共に、質素だが温かいスープを飲んだ。


「アルス。お前の武具は、単なる『付与された武具』として売るには惜しい。だが、俺たちの生活のためにも、売らなければならない」


 バルガスはそう言うと、真剣な顔で俺に問いかけた。


「俺たちの『共作』を、この街でどう売り出していくか。ただの付与魔法ではない。お前さんの魔法は、もっと特別な名前が必要だ。武具に宿る光の紋様……お前さんは、どう思う?」


 俺は、スープを一口飲んでから、静かに答えた。


「この武具は、所有者の力を引き出し、戦いの道を示すように感じます。まるで、神様が直接、その武具に力を注いでくれたかのように……」


 バルガスは、俺の言葉に目を輝かせた。


「神様……そうか、それだ! これは、ただの武具ではない。これは、祝福の武具だ! そうだ、俺たちの工房で生み出される武具を、これからは『神の祝福を受けた武具』として売り出していくぞ!」


 バルガスの熱意に、俺の心も熱くなった。

 「神の祝福を受けた武具」。それは、地味だと罵られた俺の力が、真に相応しい称号だった。


 王都では罵倒され続けた俺の人生は、この辺境の地で、伝説的な工房の職人として、新たな物語を紡ぎ始めたのだった。

 俺たちの目指す場所は、ただの辺境の街では収まらない。俺たちの武具は、やがて、世界を変えることになるだろう。

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