第十三話:錬金術師バルガスとの出会い
辺境の街ダリアで、俺の新しい生活は目まぐるしい速度で回転し始めた。
翌朝、冒険者ギルドが開くやいなや、ホールは人で溢れかえった。皆の目当てはただ一つ、俺の「神々の祝福」を受けた付与魔法だ。
受付嬢のリアナが、俺の魔力回復速度を考慮した上で、一日あたりに受ける依頼数を厳密に管理してくれたおかげで、俺は過労に陥ることはなかった。だが、それでも依頼の列は絶えることがない。
「付与術師様、この弓に《魔力増幅》を! 頼みます!」
「俺の鎧を頼む! 次の採掘で大物と出くわすかもしれねぇ!」
冒険者たちは、まるで宝くじの抽選を待つかのように、興奮と期待に顔を輝かせている。彼らは、俺の魔法が単なる修復や強化ではなく、武具を別次元の存在に昇華させる**「奇跡」**であることを、既に理解し始めていた。
俺の護衛兼助手となったエリスは、その日のうちに新しい革鎧を購入し、それに俺の《堅牢の付与》を施したことで、さらに自信を深めていた。彼女は、俺の周りに押し寄せる冒険者たちを、生まれ変わった剣の柄で軽く叩きながら、テキパキと列を整理してくれた。
「ほら、みんなちゃんと並ぶ! アルスさんの魔力回復が最優先よ!」
その日のうちに、俺の周りの冒険者たちの態度は、ただの「付与術師」を見る目から、「伝説の職人」を見る目へと完全に変わった。彼らはもはや、俺を地味だと罵る者は誰もいない。皆が、尊敬と、そしてほんの少しの畏怖の念を持って接してくれた。
(これが……正当な評価、か)
この充実感は、王都でいくら勇者パーティに尽くしても、決して得られなかったものだ。俺は心の中で、追放してくれたカインたちに、皮肉にも感謝している自分に気づいた。
その日の午後、俺がギルドの裏庭で魔力の回復に努めていると、リアナが一人、声をかけてきた。
「アルスさん、ご紹介したい方がいます。この街の鍛冶の元締めのような方です」
「鍛冶の元締め?」
リアナに連れられて行ったのは、ギルドから少し離れた、一際煤けた工房だった。工房の扉には、「バルガスの鉄槌」と、力強く刻まれた看板が掲げられている。
中に入ると、巨大な炉の熱気と、油と鉄の匂いが鼻をついた。炉の前では、一人の老人が、汗だくになりながら鉄を叩いていた。その背中は、分厚く、まるで岩のように頑丈に見えた。
「バルガスさん。お邪魔します。例の付与術師、アルスさんをお連れしました」
リアナの声に、老人はハンマーを一度置き、カッと見開いた瞳で俺を振り返った。その顔は、長年の火と煤で燻され、深い皺が刻まれていたが、その瞳の奥には、鋭い光が宿っていた。
「ほう、お前さんが噂の『神業の付与術師』か」
老人は、俺の全身を品定めするかのように、じろじろと見つめた。その視線は、カインたちの軽蔑の視線とは違い、職人としての純粋な興味と探求心に満ちていた。
「初めまして。アルスと申します。バルガスさん、ですか」
「ああ。この街の鍛冶師の棟梁だ。まあ、引退した身だがな。お前さんの噂は、もう耳に入っている」
バルガスはそう言うと、俺に手を差し出すことなく、目の前の作業台を指差した。そこには、先日俺が付与魔法を施した、あのBランク冒険者の両手剣が置かれていた。
「これを見てみろ」
言われた通りに剣に目をやると、バルガスは柄を握り、剣を軽く持ち上げた。
「この剣は、俺が一から鍛えたものだ。素材も打ち方も知っている。だがな、お前さんが付与魔法をかけた後、この剣はもう、俺が作ったものではなくなった」
「それは……」
「この剣に宿る魔力は、ただの強化の魔力ではない。素材の奥底、原子レベルで組み替えられている。鉄の分子構造が、神話の時代に存在したとされる『聖鋼』に近いものに変化しているんだ。こんな芸当、見たことも聞いたこともない。まるで、錬金術の領域だ」
バルガスは、熱に浮かされたかのように興奮した口調で語った。彼の言葉は、俺の魔法の正体を、カインたちよりも遥かに正確に言い当てていた。
「俺は、お前さんに頼みがある」
「頼み、ですか?」
バルガスは、炉の前の鉄床をハンマーで一度叩いた。力強い、威厳のある音が工房に響き渡る。
「俺は、あと数年で、この世を去るだろう。この腕と技術を、誰かに伝えたいと思っている。お前さんの魔法は、俺の鍛冶技術と組み合わせることで、世界を変えることができるかもしれない。……俺の工房に残って、俺の知識と、お前さんの魔法を合わせて、真に最強の武具を生み出さないか?」
俺は、バルガスの真摯な眼差しを真正面から受け止めた。
それは、俺の力をただの「便利な道具」として見るのではなく、その可能性を信じ、共に高みを目指そうという、純粋な誘いだった。
「俺は、あなたのような本物の職人から学ぶことがあれば、ぜひ学びたい。喜んで、その提案を受けさせていただきます」
俺がそう答えると、バルガスは初めて満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、まるで、子供のように純粋だった。
「そうか! そうか! 面白いことになりそうだ! アルス! これからは俺の工房が、お前の家だ! 遠慮なく住み込みな!」
こうして、俺は辺境の街で、鍛冶師の棟梁バルガスという、最強のパートナーと出会い、そして、新たな住居と、終生の目標を見つけることになった。
俺の新しい伝説の工房生活は、まさに、今、始まろうとしていた。




