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第十二話:辺境の伝説、王都の悲鳴

ギルドホールは、一瞬にして興奮の坩堝と化した。


「付与術師様! 俺のメイスもお願いします!」

「いや、順番だ! 俺が先だ! さっきのBランクの兄ちゃんが言ってたのは、俺に違えねぇ!」


 冒険者たちは我先にと俺の前に押し寄せ、ボロボロになった武具を突きつけてくる。その勢いは、まるで飢えた獣のようだ。その誰もが、先ほどの柱を貫通した聖剣級の両手剣の威力に、魂を奪われていた。


 エリスは、そんな状況に戸惑いながらも、興奮した顔で俺のローブの袖を引いた。


「アルスさん! すごすぎるわ! やっぱりあなたの魔法は、ただの付与魔法なんかじゃない!」


 俺は、押し寄せる人波を前に、額に汗を浮かべながら、冷静さを保とうとした。


「落ち着いてくれ、みんな! 一度に全員は無理だ! まずは列を作ってくれ!」


 このままでは、また乱闘騒ぎになりかねない。


 その時、救いの声が響いた。


「皆、静粛に!」


 受付カウンターから、例の受付嬢が、今度は拡声の魔法を使って怒鳴った。その声はホール全体に響き渡り、人々の興奮を一時的に押し留めた。


「あなた方の気持ちは分かります! しかし、彼を過労死させるつもりですか!? 付与術師は人間です! 魔力の回復には時間がかかる! このギルドが彼の窓口となります。ルールを守り、順番に依頼を出してください!」


 彼女の毅然とした態度と、理にかなった言葉に、冒険者たちは渋々ながらも納得し、少しずつ列を形成し始めた。


「アルスさん。私の名をリアナと言います。今夜は無理です。魔力回復薬を飲んで休んでください。明日から、私があなたの依頼を全て管理します」


 リアナはそう言うと、俺をカウンターの奥の事務室へと誘導した。


 事務室の椅子に座り、魔力回復薬を呷りながら、俺は深い疲労感に包まれた。だが、それは心地よい疲労感だった。王都で三年かかっても得られなかった「承認」と「必要性」を、俺はたった一日で手に入れたのだ。


 (俺の力は、ここでこそ活かせる……!)


 俺はリアナに、今後の依頼の進め方について詳しく話し合った。彼女もプロだ。俺の魔力回復速度や、一日に付与できる武具の数などを細かく計算し、効率の良い依頼のさばき方、そして、俺の身を守るためのガードの配置まで、テキパキと計画を立ててくれた。


「当面は、エリスさんにあなたの護衛をお願いしましょう。彼女の剣が、あなたの魔法の真価を証明しましたからね」

「分かった。エリスなら、安心して背中を任せられる」


 こうして、俺は辺境の街ダリアで、特別な付与術師としての一歩を踏み出したのだった。


 【視点切替:王都の勇者パーティ「光の剣閃」】


 その頃、王都では、「光の剣閃」の状況は急速に悪化していた。


 アルスを追放し、新しいメンバーとして攻撃魔術師のジェイドを加えてから、一週間が経っていた。


「くそっ、何だこの剣は! もう刃こぼれしているぞ!」


 ゴブリン程度の雑魚相手の戦闘を終えたばかりのダンジョン内で、勇者カインが聖剣を地面に叩きつけ、怒鳴った。


 カインの聖剣は、本来、自己修復能力を持つ最高級の武具だ。しかし、それはアルスの《修復の付与》と《堅牢の付与》が常にかけられていたからこそ、その性能を維持できていた。

 アルスがいなくなった今、表面のコーティングが剥がれ落ちた聖剣は、その真の「脆さ」を露呈していた。


「リリア! お前の魔法で、剣を直せないのか!?」

「無理よ! 私は攻撃魔術師なの! 修復魔法なんて、初級レベルしか使えないわ!」


 リリアはヒステリックに叫び返す。彼女の杖も、魔力循環の付与がないせいで、以前よりも魔力の消費が激しくなり、顔色が悪い。


 戦士のゴードンも、大盾の亀裂を見て顔面蒼白だった。


「ひぃ……やばいっすよ、カインさん! 俺の盾、この前アルスが直してくれたとこが、また割れてきてるっす! あと一発受けたら、マジで砕け散る!」


 そして、新メンバーのジェイドは、この状況に心底うんざりしていた。


「ちっ、こんな低レベルのダンジョンで、いちいち装備の心配をしなきゃならないなんて。話が違うじゃないですか」


 ジェイドは王宮魔術師団のエリートだ。彼が求めるのは、高度な戦略と派手な魔法の応酬であり、こんな泥臭い武具の維持管理ではなかった。彼は、パーティに漂う不穏な空気と、カインたちの無能さに、早くも嫌気が差していた。


「アルスがいた頃は、こんなことはなかった……」


 誰もが、そう心の中で思い始めていた。

 アルスの魔法は地味だった。だが、その地味さが、彼らの派手な活躍の全てを支えていたのだ。

 彼らがどれだけ剣を振り、魔法を放とうと、その消耗はすぐにアルスが修復し、性能を最高の状態に戻してくれた。彼らは、一度もその武具が「壊れる」という概念を持たずに、戦いに集中できていたのだ。


「そんなこと、今更考えても仕方ないだろう!」


 カインは苛立ち紛れに叫んだ。

 彼らはアルスを追放する際、彼の持っていた魔力回復薬や、金貨まで全て取り上げていた。当然、新しい装備を揃えるための資金も、アルスが献上していた報酬に頼っていた部分が大きかった。


「……セナ。回復魔法だけでなく、他のパーティの付与術師に、アルスと同じような魔法を使える者がいないか、調べてきてくれ」


 カインは、絞り出すような声で神官のセナに命令した。


 セナは、疲労の色を隠せない顔で静かに首を横に振った。


「カイン……。あなたは、アルスの魔法がどれほど貴重だったか、本当に分かっていません。彼の魔法は、ただの修復付与ではない。武具の奥底の構造を完璧に再構築する、神代の技術に近かった。あんなことができる付与術師は、王都にはいません。いいえ、世界中を探しても、二度と見つからないでしょう……」


 セナの言葉は、カインたちにとって、残酷な宣告となった。

 彼らは、自分たちの手で、唯一無二の、最も重要な「縁の下の力持ち」をゴミのように捨ててしまったのだ。


 カインは、その事実を認められず、ただただ拳を握りしめ、地団駄を踏むしかなかった。

 武具の劣化は、戦闘効率の低下に直結する。このままでは、次の高難易度ダンジョンどころか、現在の冒険者ランクすら維持できないだろう。


 「光の剣閃」の栄光は、アルスという土台が消えた瞬間から、音を立てて崩れ始めていた。そして、その崩壊は、これからさらに加速していくことになる。


 彼らが、辺境の街で、かつて地味だと罵った男が、伝説を築き始めていることなど、知る由もなかった。

 そして、その伝説が、やがて王都に届き、彼らを絶望の淵に突き落とすことになるとも、まだ想像すらしていなかった。

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