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第十一話:ギルドの衝撃と急変する評価

ゴブリンシャーマンの討伐を終えた俺とエリスは、残党がいないことを確認し、手早く戦利品を回収した。

 特にシャーマンの杖は、魔力を帯びた呪術的な装飾が施されており、高値で取引されるだろう。エリスが新しい防具を買うには十分な金額になるはずだ。


 辺境の森を抜け、ダリアの街へと戻る頃には、すっかり日が傾き始めていた。


「疲れたわー!でも、疲労感が全然違うの!今までは、体中が軋むような痛みだったけど、今日は筋肉が心地よく張ってる感じ!」


 エリスはそう言って、街の門をくぐる際、衛兵に笑顔で手を振った。その足取りは、往路に比べて圧倒的に軽い。これも、俺の祝福を受けた剣が、彼女の疲労を軽減し、身体能力を引き上げた証拠だろう。


 俺たちは真っ直ぐ、冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドホールは、夕方ということもあり、朝よりもさらに多くの冒険者でごった返していた。依頼を終えた者たちが酒を飲み、報酬を賭けたサイコロ遊びに興じている。


 俺とエリスがギルドの扉を開け、シャーマンの杖を抱えてカウンターへ向かうと、ホール内が一瞬静まり返った。


 そして、その静寂を破ったのは、驚愕の声だった。


「お、おい、あれ見ろ……赤毛の嬢ちゃんだ」

「まさか、もう帰ってきたのか? まだ半日も経ってねえぞ!」


 ざわめきが、急速にホール全体に広がっていく。

 彼らが驚いているのは無理もない。Cランクのゴブリンシャーマン討伐は、通常、ベテランのパーティでも一日がかり、あるいは二日かかることもある依頼だ。それを、Eランクの少女が、戦闘専門外の付与術師と二人だけで、日帰りで達成してきたのだから。


 俺たちは、周囲の視線を浴びながら、受付カウンターにシャーマンの杖と討伐の証明となるゴブリンの耳などを置いた。


「Cランク依頼、『西の森のゴブリン討伐』。達成しました」


 エリスがそう告げると、受付嬢は一瞬目を丸くしたが、すぐにプロの表情に戻った。


「早いですわね。確認します」


 彼女は証拠品を検め、依頼書に押印した後、報酬と、討伐ランクアップの書類をエリスに手渡した。


「報酬金と、討伐ランクアップが適用され、貴女のランクはDに昇格しました。おめでとうございます、エリスさん」

「やったわ! ありがとう、アルスさん!」


 エリスは弾けるような笑顔で報酬を受け取ると、喜びを分かち合おうと俺の腕を掴んだ。


 その時、ホールの一角から、一人の男が立ち上がった。

 それは、朝、エリスを「おもちゃみたいな剣」と侮辱し、「見掛け倒しだ」と吐き捨てた、Bランクの冒険者だった。彼は、不機嫌そうな顔で、まっすぐ俺たちの元へと歩いてきた。


「フン。偶然だ」


 男は鼻を鳴らし、エリスを睨みつけた。


「どうせ、シャーマンとやらは病気で弱ってたか、逃げ回ってる雑魚を斬っただけだろう。あの剣のメッキは、まだ剥がれていないと見えるな」

「なんですって!?」


 エリスが怒りに顔を赤くする。

 だが、男はエリスを無視し、俺に向かって挑発的に言った。


「おい、付与術師。それだけ見事な修復ができるなら、俺の武具にも付与してみろ。本物の戦場で使っている武具に、貴様の魔法がどこまで耐えられるか、見極めてやる」


 男はそう言い放つと、腰から愛用の両手剣を引き抜いた。

 その剣は、見るからに重厚で頑丈そうだが、長年の酷使で刀身には無数の深い傷が刻まれ、魔物から付着した体液のような汚れがこびりついている。まさに「歴戦の証」といった風情だった。


 ホール中の冒険者が、息を詰めてその様子を見守った。

 Bランク冒険者の武具は、この街で最も過酷な状況で使われている。その武具を、俺の魔法がどこまで再生できるのか――それが、この街における俺の評価を決める、試金石となるのだ。


「いいでしょう」


 俺はためらうことなく、男の挑戦を受けた。ここで逃げれば、俺の「神々の祝福」は、本当に「見掛け倒し」で終わってしまう。


 俺は、男から重い両手剣を受け取った。


「まずは修復から」


 俺は剣に手をかざし、渾身の魔力を注ぎ込む。


「――《修復の付与(リペア・エンチャント)》!」


 淡い土気色の光が、両手剣を包み込んだ。

 エリスの剣の時と同じく、瞬く間に刀身の傷が消え、こびりついていた汚れが蒸発するように消えていく。やがて光が収まると、その両手剣は、まるで製造されたばかりのように、黒光りする完璧な状態になっていた。


「な……ッ!?」


 Bランクの男は、目の前の光景に言葉を失った。

 彼が知る修復魔法は、小さな傷を塞ぐのが精々だ。武具の奥深くまで浸透した傷や汚れを、ここまで完璧に取り去ることなど、常識では考えられなかった。


「ふ、フン。修復だけなら、腕の良い鍛冶屋でもできる。問題は、強度と切れ味だ!」


 男は顔を引きつらせながらも、強がるようにそう言い放った。

 俺は静かに頷き、最後の仕上げに取り掛かった。


「次は、切れ味と強度を。――《鋭化の付与(シャープン・エンチャント)》!」


 今度は、白銀の光が剣を包み込む。

 エリスの剣の時と同じように、光が最高潮に達した時、両手剣の刀身には、繊細で神聖な紋様が浮かび上がった。

 その紋様は、その剣がもはやただの鋼ではない、神聖な力を宿した別次元の武器へと変貌したことを示していた。


 光が消えると、男は震える手で、その両手剣を受け取った。

 その瞬間、彼の顔色が、驚愕から畏怖へと変わる。


「……ま、まさか……嘘だろ」


 男は、剣の柄を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。

 その両手剣は、見た目の重厚さに反し、信じられないほど軽い。そして、全身の魔力が活性化し、体が火照っているのを感じる。それは、俺の【神々の祝福】による、持ち主の身体能力の向上効果だった。


 男は、恐る恐るギルドの壁に寄りかかっていた、太い柱の一角に、剣の先端をそっと当てた。

 そして、力を込めることなく、ただ押し込む。


 ギギギ、という木が悲鳴を上げるような音と共に、剣先は柱の木材を抵抗なく貫通し、深々と突き刺さった。


「「「…………」」」


 今度こそ、ギルドホール全体が、完全に凍り付いた。

 その柱は、ギルドの骨格を支えるため、特殊な強化魔法がかけられた硬質の木材だ。それを、力も込めずに、まるで紙を刺すように貫通したのだ。


 Bランクの男は、顔面蒼白になり、恐る恐る剣を柱から引き抜いた。

 剣の切っ先は、微塵も鈍ることなく、神々しい輝きを放っている。


「……こいつは、もはや魔剣だ……いや、聖剣だ……」


 男は震える声でそう呟くと、膝から崩れ落ちた。

 その光景は、この街の全冒険者に対して、俺の力の真価を、嫌というほど思い知らせるのに十分だった。


 俺は、その男に優しく声をかけた。


「これで、貴方の剣は、当分は修理の必要はありません。大切にお使いください」

「た、頼む! 付与術師さん! 俺の、俺の斧にも! どうかお願いします!」

「次は俺だ! 順番を守れ! 付与術師様、この通りだ!」


 静寂は一瞬で破られ、ホール中の冒険者たちが、殺到してきた。彼らの瞳は、先ほどの嘲笑や嫉妬ではなく、純粋な驚愕と、俺の力への渇望に満ち溢れていた。


 俺は、この辺境の街で、ようやく自分の力の価値を正しく評価されたのだ。

 その瞬間、俺の心に、王都での屈辱を吹き飛ばす、大きな達成感が満ち溢れた。

 俺の新しい生活は、ここから、本格的に始まる。

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