第十話:剣閃と神々の祝福
エリスが飛び出した瞬間、ゴブリンたちの群れが一斉にざわめき、警戒態勢に入った。
ゴブリンシャーマンは甲高い奇声を上げながら、杖を天に突き立てる。すると、その杖の先端から、濁った緑色の光が迸った。
「来た!シャーマンの魔法よ!」
エリスが叫ぶ。シャーマンは、ゴブリンを強化する《力の付与》か、それとも動きを鈍らせる《毒の霧》を放つか――。
「――《防御壁》!」
シャーマンの魔法が発動するより早く、俺は反射的に、持てる限りの魔力を込めて防御魔法を放った。俺の専門は付与魔法だが、パーティにいた頃、セナの負担を減らすため、最低限の防御魔法だけは身につけていた。
分厚い魔力の壁が、俺とエリスの間に立ち上がる。
シャーマンの杖から放たれた緑色の光の塊が、その防御壁に激突し、爆散した。
バリバリ、という耳障りな音と共に、緑色の光は壁に張り付き、壁自体を溶かしにかかる。
「うっ……!やめろ、毒の霧か!」
防御壁を張りながら、俺は呻いた。シャーマンが放ったのは、物理的な攻撃ではなく、純粋な毒の魔力だった。このままでは壁が持たない。
しかし、その一瞬の遅延で十分だった。
エリスは、防御壁が展開されたのを確認すると、迷わずその側面をすり抜けてゴブリンの群れへと突入した。
「遅い!遅いわよ、アルスさん!」
「なっ!?」
彼女の速度は、Eランクの駆け出し冒険者のそれではない。
まるで、最高位の敏捷性の祝福を受けたかのように、エリスの体は地面を蹴り、ゴブリンたちの間を縫うように駆け抜けていく。
「シュッ!」
一匹のゴブリンが、粗末な木刀を振り下ろす。
エリスはそれを紙一重で避け、すれ違いざまに長剣を横薙ぎに一閃した。
カキン!
普段なら、ボロボロの刃はゴブリンの硬い皮膚に食い込むことはあっても、骨を断ち切るには至らないはずだ。
しかし、今エリスが振るうのは、俺の【神々の祝福】を受けた剣。
剣がゴブリンの胴体を通過した瞬間、肉を断つ音すら鳴らず、まるで豆腐を切ったかのように、ゴブリンの胴体が上下に分かれた。
さらに恐ろしいのは、剣が触れた傷口が、まるで聖なる炎に焼かれたかのように、淡い光を放ちながら黒く焦げていくことだ。
「ぎ、ぎぃぃ!」
他のゴブリンたちが、仲間の凄惨な死に様を見て怯み、一斉に後ずさる。
その混乱を、エリスは見逃さなかった。
「これで終わりよ!」
彼女は、まるでダンスを踊るかのように、流れるような動きで剣を振るう。
横薙ぎ、突き、斬り上げ――どの攻撃も無駄がなく、恐るべき切れ味だ。剣が通った場所には、血の霧が舞い上がり、ゴブリンたちが瞬く間に地面に崩れ落ちていく。
俺の防御壁は、シャーマンの毒の魔力によって半ば溶けかかっていたが、その前にゴブリンたちの群れが、急速に数を減らしていた。
「ぐっ……耐えろ、俺の防御壁!」
俺は必死に魔力を注ぎ込みながら、エリスの戦闘の様子を注視していた。
剣の威力は予想以上だ。ゴブリンの皮や骨を完全に無視し、鎧すら紙のように断ち切っている。これこそが、俺の【神々の祝福】の真の力。カインたちが、地味だと罵った力の、本来の姿だった。
「ひ……ひぎゃっ!」
シャーマンは、仲間たちが一瞬で数を減らしていく様子を見て、完全にパニックに陥った。
緑の魔力の防御壁を維持している俺への攻撃を諦め、杖を振り回しながら、逃げ出そうとする。
「逃がさないわよ! あなたさえ倒せば、終わりなのよ!」
エリスはシャーマンの意図を察し、最後の三匹のゴブリンを蹴散らすと、シャーマン目掛けて一直線に跳躍した。
――とその時。
シャーマンは、逃げ出す直前に最後の悪あがきを仕掛けてきた。
「キギギギギッ!」
シャーマンは杖の先端をエリスに向け、再び緑色の光を放った。しかし、今度は毒の霧ではない。
それは、複数の石の槍を生成し、エリスへと叩きつける魔法だった!
「危ない!」
俺は防御壁を維持しながら、叫んだ。
エリスは、すでに空中にいる。避けられない!
しかし、エリスは冷静だった。
空中で体勢を捻ると、迫りくる石の槍を最小限の動きで避け、その勢いを殺すことなく、シャーマンの頭上へと舞い降りた。
「終わりよ! 『祝福の剣閃』!」
エリスは、長剣を両手で強く握りしめ、頭上からシャーマン目掛けて、渾身の一撃を振り下ろした。
その一撃には、彼女の全魔力と、俺の付与した「神々の祝福」の力が、全て注ぎ込まれていた。
白銀の光を放つ剣が、シャーマンの頭蓋骨を、そして防御のために掲げられた杖を、一瞬で両断した。
ゴブリンシャーマンの体は、抵抗することなく地面に崩れ落ち、やがて光の粒子となって消えていった。
「ドンッ」という鈍い音と共に、エリスは着地した。
シャーマンが消滅した瞬間、周囲に残っていたゴブリンたちが、統率を失ったかのように、一目散に森の奥へと逃げ出していく。
俺は、溶けかかっていた防御壁を解除し、荒い息を整えた。
身体中の魔力を、ほとんど使い切っていた。だが、その疲労感すら心地よかった。
「やった……やったわ、アルスさん! 私たち、やったわ!」
エリスは興奮冷めやらぬ様子で、俺の方へと駆け寄ってきた。その顔は、汗と土で汚れていたが、達成感に満ちた、最高の笑顔だった。
「ああ、やったな、エリス。君の剣技と判断力は素晴らしかった」
「ううん、違う! この剣よ! この剣がなければ、私は勝てなかった! 石の槍を避けられたのも、体が勝手に動いたの! この剣が、私を導いてくれたのよ!」
そう言って、エリスは愛剣を胸に抱きしめた。
俺はその言葉を聞いて、ハッとした。
彼女の異常なまでの俊敏性、そして、剣を振るう際の迷いのなさ。それは、彼女の才能だけでは説明できないものだった。
(まるで、剣がエリスを導いている、とでも言うように……?)
俺の【神々の祝福】は、単に武具を強化するだけではないのかもしれない。武具を通じて、持ち主の能力を引き出し、さらにその動きまでをも最適化しているのではないか。
もしそれが本当なら、俺の力は、カインたちが考えていたよりも、遥かに恐ろしいものだったことになる。
俺は、自分の力の可能性に、思わず背筋がぞくりと震えるのを感じた。
そして、その傍らで、エリスが戦利品の確認を始めている。
「見て、アルスさん! シャーマンが持っていた杖よ! これは売れば、結構な金になるわ!」
「ああ、それと、ゴブリンたちの素材もできる限り回収しよう。報酬も合わせれば、新しい鎧が買えるんじゃないか?」
俺とエリスは、無事、辺境の街での最初の仕事を達成した。
そしてこの討伐の成功は、やがて、ダリアの街全体に大きな波紋を広げることになるのだった。
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