第一話:地味な支援と派手な手柄
「ぐっ……お、おい! 盾が、もたねぇぞ!」
戦士ゴードンの悲鳴が、湿った洞窟に響き渡った。
彼の構える大盾は、オーガロードの振り下ろす巨大な棍棒を受け止め、凄まじい音と共に亀裂を走らせていた。ミシリ、と嫌な音が鳴り響き、あと一撃でも受ければ砕け散るのは明白だった。
パーティの壁であるゴードンが崩れれば、後衛にいる魔術師と神官、そして俺は、あの棍棒の一撃で肉塊と化すだろう。
「チッ、使えねぇな!」
パーティリーダーである勇者カインが、忌々しげに舌打ちするのが聞こえた。
彼の言葉は、オーガロードに向けられたものか、それともゴードンに向けられたものか。おそらく、その両方だろう。
「アルス! 何をもたもたしている! 早くゴードンの盾を!」
カインの恋人でもある魔術師リリアの甲高い声が飛ぶ。
言われなくとも、分かっている。それが俺の仕事だ。
俺はパーティで唯一の付与術師、アルス。戦闘における俺の役割は、仲間たちの武具に付与魔法を施し、その性能を維持、強化することにある。
「――《堅牢の付与》!」
俺は砕け散らんとする大盾に意識を集中し、短い詠唱と共に右手を突き出した。
俺の手のひらから放たれたのは、淡い、土気色の光。カインの放つ聖剣の輝きや、リリアが操る炎の華やかさに比べれば、あまりにも地味で、取るに足らない光芒だ。
だが、その光が盾に吸い込まれた瞬間、奇跡は起きる。
バギンッ!
オーガロードの渾身の追撃が、先ほどと同じ箇所に叩きつけられた。しかし、盾は砕けない。それどころか、淡い光を放つ亀裂の入った盾は、まるで伝説の金属でできているかのように、その一撃をたやすく弾き返したのだ。
「よしっ!」
一瞬の隙が生まれた。それを見逃すほど、勇者パーティは甘くない。
「今だ、カイン!」
「言われずとも! ――《聖光連斬》!」
カインが動く。神から与えられたという聖剣がまばゆい光を放ち、オーガロードの巨体に無数の斬撃を刻み込んだ。派手なエフェクトと共に、オーガの皮膚が切り裂かれ、濁った血が噴き出す。
「でやぁっ!」
ゴードンも体勢を立て直し、自慢の戦斧をオーガの足に叩きつける。
そして、とどめはリリアの魔法だ。
「遅いわね、二人とも! 燃え尽きなさい! ――《獄炎槍》!」
リリアの杖先に形成された炎の槍が、凄まじい勢いで射出される。それはカインが作った傷口からオーガの体内に侵入し、内部から巨体を爆発四散させた。
断末魔の叫びを上げる間もなく、ダンジョンの主は肉片と化し、やがて光の粒子となって消えていった。
「ふん、大したことなかったな。俺の剣技にかかれば、あんな怪物も赤子同然だ」
聖剣を肩に担ぎ、カインが傲然と言い放つ。
「さすがだわ、カイン! 今の連続斬り、本当に素敵だった!」
「カインさんのおかげっす! 俺なんか、盾を壊されるところでした」
リリアがうっとりとした表情でカインの腕に絡みつき、ゴードンが頭をかきながらへつらう。いつもの光景だ。
.
誰も、俺の魔法がなければゴードンの盾が砕かれ、パーティが半壊していた可能性には言及しない。俺の地味な光が、この勝利の基盤を支えたことなど、誰も気にも留めない。
(……まあ、いいさ。これが俺の役目だからな)
俺は声には出さず、心の中で静かにつぶやいた。
派手な手柄は、勇者と魔術師と戦士のもの。俺は後方で、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できるように武具を整える。縁の下の力持ち。パーティ結成から三年、俺はずっとその役割を甘んじて受け入れてきた。
「アルス、お疲れ様。あなたの魔法のおかげよ。ありがとう」
ふと、隣から優しい声がかけられた。神官のセナだ。彼女だけは、いつも俺の仕事を見て、感謝の言葉を口にしてくれる。
「いや、俺は自分の仕事をしただけだ。セナこそ、回復魔法ご苦労様」
「ううん。でも……」
セナは何か言いたげにカインたちの方へ視線を向けたが、やがて諦めたように首を横に振った。彼女の優しさが、今の俺には少しだけ、ありがたかった。
「おい、アルス! ぼさっとしてないで、さっさと武具の点検をしろ! カイン様の聖剣に傷でもついてたらどうするのよ!」
リリアのヒステリックな声が、俺とセナのささやかな会話を遮る。
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俺は「ああ、今やる」と短く答え、カインたちの足元へ歩み寄った。
カインの聖剣には、刃こぼれ一歩手前の傷が。ゴードンの戦斧は、オーガの骨を断ち切った衝撃で、刃がわずかに歪んでいる。リリアの杖も、魔力の酷使で表面の宝珠が少し曇っていた。
これらを放置すれば、次の戦闘で性能がガタ落ちする。最悪の場合、戦闘の最中に破損するだろう。
俺はそれぞれの武具に手をかざし、再び付与魔法をかけていく。
《修復の付与》、《鋭化の付与》、《魔力循環の付与》。
どれも淡い光を放つだけの、地味な魔法だ。
だが、この魔法があるからこそ、このパーティ「光の剣閃」は、一度も装備を買い替えることなく、最高難易度のダンジョンに挑み続けられるのだ。
その事実を、俺以外の誰も、正しく理解してはいない。
いや、あるいはもうすぐ、理解する必要すらなくなるのかもしれない。
最近、カインたちが俺を見る目が、以前にも増して冷たくなっていることに、俺は気づかないふりをしていた。
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――このダンジョンを攻略し、王都に凱旋した時。
俺の運命が、ここで終わりを告げることになるとは、まだ、考えたくもなかった。
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