三蹴 うんこ
「うわあ、お兄ちゃんの粘液が、身体に、巻き付いて、ねばねばするよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ふふふ、貴央の動きを止めてやった。さあて、どういうお仕置きを与えてやろうか」
「や、やめて! トランプをそんなとこに、差し込まないでええええええええええええええええええええええええええ!」
いや、まあネンインパクトをやっているだけだ。マナブがヒソカを使い、貴央先生がゴンを使っている。それぞれのお気に入りキャラのようだ。奇しくも。
「オーラが、オーラが、絶になっちゃううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう‼」
といい、ゴンは逝ってしまった。いや、言ったのは貴央先生だが。さすがに潘めぐみさんにそんなことは言わせられない。竹内順子さんの時代ではないのだ。
「ああああああああああ、お兄ちゃんにイカされちゃった……初めての快感……」
そう、貴央先生は初めてだったのだ。ネンインパクトをやるのは。
「お兄ちゃん、テク凄いね! 指捌きが神!」
「いやあ、まあ俺ゲームの神様だからねえ」
「え? じゃあ遊戯さんより凄いの、お兄ちゃんって⁉」
「ああ、遊戯はまあ弟子みたいなもんだからね」
「え? じゃあファラオの師匠なの?」
「ああ、罰ゲームのやり方とか教えてやったからね!」
「えー、すごーい! どーんだ、どーんだ!」
「あいつが最初性格悪かった理由知ってる?」
「え? 何か悪い魔物の魂が……」
「いや、俺が第一話の前に闇のゲームで負かしてたんだよ!」
「えー、うそー?」
「そう、だからあいつ友達いなかったんだよ!」
「えー? かわいそー!」
「だから俺が城之内を洗脳して、遊戯と近づけたんだよ」
「え? じゃあ、本田は? 本田は?」
「本田は高橋和希さんが秋本治さんと集英社のパーティで会った際にゲームの話で盛り上がり、こち亀のキャラを高橋和希さんの新連載に出そうという話になって、でもキャラデザとかそのまま使うのは忍びなかった高橋和希さんが、本田という名前だけ拝借したんだ」
「えー、本田すごーい!」
「いやあ、お兄ちゃん可哀想だなあ」
「何がです、シノブさん?」
「いやあ、お兄ちゃんって知識が古いことを除けば私よりずっと賢いのに、あのおばかモードの貴央先生に付き合わされてさあ、本田すごーい! じゃねえよばーか」
「嫉妬ですか?」
「え? は? いやいや、何が? は? 嫉妬とか、意味分かんない! いや、あんなおばかモードの貴央先生に嫉妬とか、ないない」
「貴央先生は純粋で可愛いですからね」
「いやいや、その言い方だと私が捻じ曲がってて可愛くないみたいじゃん!」
「……」
「何か言ってよ!」
幻野くんはけらけら笑う。シノブは涙目で、「幻野くん、嫌いかも……」と呟く。シノブは強烈な尿意に襲われ、「ちょっとトイレ」といい席を外す。
「うううううううう、私のお兄ちゃんだったのにいいいいいいいいいいいいい。私だけのお兄ちゃんだったのにいいいいいいいいいいいいいいい。初登場させてみた瞬間これだよ! すぐカップリングさせちゃうんだから、ゾレトさん! 貴央先生も相当の恋愛脳だけど、ゾレトさんも負けないくらいのラバーガールだよおおおおおおおおおお」
ラバーガールの使いどころは全く適当ではないような気がする。
「何か最近私ってサッカー上手いとか、ドリブル上手いとかそういう描写少なくて、ただのワガママで膀胱が弱い女の子みたいになってない? 最悪だよ、ゾレトさん最悪! 私ってもっと世界の寵愛を一身に受けるような、太陽の子みたいな感じのメインヒロインじゃないの? 今も何故かおしっこしに来たのに踏ん張ってるしさあ! 最悪なんですけど! せめておしっこだけにしといてよ! お♥♥ でたあ♥♥ いやあ、私良い子だから便通めっちゃ良いんだよなあ! 毎日快便! だって私おもらしの神様だもんねえ! いやサッカーか。いやあ、このうんこの形めっちゃ映えるから一応撮っとこ!」
シノブはスマホを取り出し、うんこを撮影
しようとしたら、スマホがなかった。あれ? ポケットに入れなかった?
「あ、そうか! 机の上か! 岡山のごみさんの『ファンタズマ・リリィ』読んでたから!」
そこでシノブは反射的にトイレを
流そうとしたところを寸でで踏み止まる。
「あ、危ない危ない! やべえ、神うんこ流しちゃうとこだった! いや、こんな可愛いうんこ、多分七日に一本くらいしか出ないよ……」
そう、ジャンプなのだ。シノブが一番好きな漫画雑誌だ。マガジンやサンデーよりジャンプの方が神感、シノブ感があるからだ。
「待っててねジャンプ、絶対発刊するから。そして多くの読者に感動を届けるから」
ちなみにシノブは今トイレットペーパーで神尻を拭いていない。というか、物理的に拭けない状況なのだ。何故なら、トイレットペーパーを使用すると、このジャンプを覆い隠してしまうだろう。いや、待てよ。
「そうか、覆い隠せばいいんだ」
そう、どうにかしてこのジャンプを隠匿できないか。まだ誰にも中身を教える訳には行かない。もうこれがひとつなぎの大秘宝の正体みたいなものなのだから。
「シノブさん、トイレまだですか?」
といい、幻野くんがこんこんと戸を叩く。まずい。幻野くんも尿意か。いや、もしかしたら便意かもしれない。
「幻野くん、どっち⁉」
「いや、質問の意味が分かりません」
「マボロシノ、ウィッチ⁉」
「僕を外国人だと思ってます?」
しまった。幻野くんは英語圏じゃないのか。少し前にサクマヒメと貴央先生が幻野くんの故郷に行ったといっていたから、あの二人がぎりぎり使えそうなのは英語くらいだと思うからと勝手に英語圏の国なんだろうなあと脳内変換してしまっていた。いや待てよ。
「天久鷹央 エロ」
「え⁉」
「天久鷹央 かわいい」
「何で僕の検索履歴を知ってるんですか⁉」
「いや、幻野くん日本語通じるじゃん!」
「当たり前じゃないですか! 逆に僕が英語とか使ってるシーンありました⁉」
「え? 英語知ってるの⁉」
「当たり前じゃないですか! 一緒に授業受けてるじゃないですか!」
「でも私の方が英語の点数良いよね?」
「いや、今そこでマウント取る意味あります⁉ シノブさんは中一から学んでいたんでしょ⁉ 僕ここに来たの割と最近ですよ⁉ おまけに学年が違いますよ!」
幻野くんは二年、シノブは三年だ。そう、シノブの方が実は一年先輩なのだ。
「私先輩だからねえ」
「マウント重ねないで!」
「私副キャプテンだからねえ」
「あれ? そういえば、何でキャプテンじゃないんですか?」
「え? それは」
「ああ、待って下さい、その話長くなりそうなので、早くトイレ明け渡して下さい!」
「大地? 小地?」
「え? ああ、成る程。さっきのそういう意味か! 大地ですよ、大地!」
「幻野くんって大地だったの?」
「どっちの意味ですか⁉ そういう意味ならずっと大地ですけど! 幻野くんとしか呼ばれませんが! たまにボッツで!」
「幻野くん、机の上にスマホあったでしょ? 持ってきてくれる?」
「ええ? 意味が分かりません! 出てから自分で持ってくればいいじゃないですか!」
「いや、事情はあまり言えないんだけど、今ここを出られない理由が私にはある」
「私にはあるって何ちょっと格好つけてんですか! 貴女がやってることはライアーゲームで言うと、感染ゲームの検査室に閉じ籠って他プレイヤーに使用不可にするアキヤマさんですよ⁉」
「え? じゃあ私が正義じゃん! 幻野くんがヨコヤなんでしょ?」
「いやちょっとガチで勘弁して下さい! 何が目的なんですか! さっきのことで臍曲げたんですか? 謝りますから! 言い過ぎました!」
「え? 幻野くんって案外素直なんだね。好きかも……友達になれるかも……」
「友達じゃなかったんですか⁉ てか、僕はもう絶縁したい気分になりつつあります!」
「うーん、まあ友達なら良いか。戸開けるから、便器の中見て。あ、流さないでね! うんこちょっと待ってね!」
「ええ、全く意味が分かりませんが、分かりました! そのプランでお願いします!」
シノブは戸を開ける。そして、幻野くんは雪崩れ込むように便器の中を覗き込む。
「ええええええええええええええええええええええええええ⁉ これ、シノブさんが出したんですか⁉ その神尻から⁉」
「えへへ、自信作」
「いや、これシノブさんの神尻じゃないと産み出せませんよ! あ、だからか! スマホ持ってきてって!」
「うん、平くんに見せたいんだ~♥♥」
シノブは照れた感じでそういう。少し可愛い。こういう状況でなければ。
「僕はここ死守するんで、早くスマホ持ってきて下さい!」
「え? いや、私がここ死守するから、幻野くんがスマホ持ってきてよ!」
「鬼ですか! 僕としては最大限の譲歩ってか、もうあまり便器から離れたくないんですが!」
「あ、芸術的すぎて?」
「そう、そういうことです!」
幻野くんはもうどうでもよくなってきている。
「えー? じゃあ良いよ! 友達だしね、幻野くんは!」
シノブは浮世離れしすぎて、少し人の心が分からなくなってきているようだ。つまり悪気はないのだ。本当に幻野くんを友達だと思っているし、本当に自身のうんこを芸術品だと思っているのだ。いや、幻野くんの評価は一応そのままの感想ではあったが。
「まずい、まずい、幻野くんが漏らしちゃう! 私もよく漏らすから漏らす苦しみはよく分かるんだ! よし、スマホあった! 早く撮影して便器使えるようにしてあげないと!」
「お、シノブ! 観てくれこのリプレイ! いやあ、私のチーが奇跡的にお兄ちゃんのちんこを」
「え? うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼ 面白いですねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼」
「お兄ちゃんすぐ私でおっきするからなあ!」
「まあお兄ちゃんってそういうところありますよね! この前私が起こしに行った時も」
「ほう、それは面白い‼」
「いやいや、シノブそれはお前が」
そこでシノブが何か忘れているような気がした。何か凄く大事なことを。
「あ、そうだ、うんこ!」
「おいおいシノブ、またうんこしたくなったのか~? うんこばっかだな、お前! ん? てか、幻野くんもトイレ行ったままってか、どこ行った? コンビニとか行ったのかな? ジャンプか?」
「あ、そうそう、ジャンプだ!」
「あ、やっぱりジャンプか!」
「いや、私が産み出したジャンプです!」
「ほう、読ませてみろ」
「ええ、じゃあ付いてきて下さい」
シノブは貴央先生を連れてトイレに行く。シノブは貴央先生にジャンプを読ませたくて凄くワクワクしている。しかし、何か懸念要素があったような、少し思考に靄が掛かっているような気がする。そういえば幻野くんってどうしたんだっけなあ、とシノブは思考をぼんやり巡らす。
「いや、お前トイレでジャンプ読んでたのかー? 正直トイレで読む人って衛生的にちょっと。おー、幻野くん。あれ? 幻野くん? 何でトイレで寝てるんだ? いや倒れてるんだ? て、え? え? え? うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼ う、嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ 幻野君がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼ 私の推しがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
「あちゃー、遅かったかー。で、貴央先生、便器にねー、便器にねー?」
「お前の仕業か、シノブ⁉」
「そうなんですよ、便器見て下さい‼ 幻野くんの尊い犠牲が報われるというか、すぐにハッピーな気分に」
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
貴央先生はシノブを殴った。
「いや、何で殴るんですか‼ あ、初登場時のセルフパロディですかー?」
「お前には人の心がないのか⁉」
「え? ありますよ! いや私が神様って言ってるのは、別に人間を完全に辞めた訳ではなく」
「くそ、何がお兄ちゃんだ‼ 私は大馬鹿だ‼ こんな馬鹿な奴らにときめいて、馬鹿曝していたなんてな‼」
「え? は? 何言ってんですか、漏らすのなんて私もしょっちゅうやってますし、そんなガチで怒ることじゃ」
「出て行け‼」
「え? いや、何で、そんなこと、え?」
「前々から思っていたが、お前には人の心が無い‼」
「え? いやだから、私にだって感情はありますし、それにそれ言ったら貴央先生だって私とそんな変わらないじゃないですか! ほら、サクマヒメちゃん虐めた時だって」
「虐め? 虐めだと思っていたのか? 虐めていたのか、お前は」
「え? 言い方違いました? いや、悪戯でもあまり変わらないと思うんですが! 本質的には! 貴央先生は私と一緒で、物事を本質的に捉えるタイプじゃないですか!」
「前に私の方が思考力高いといったが、私がお前よりも人情あること考えると、案外お前の方が神寄りなのかもな。考え方の本質が。達観しすぎている、悪い意味で。いや、初登場時のお前はそんな奴じゃなかった。もっとラブコメのヒロイン然としていた。いつからお前はそうなった? どこで道を踏み外した? たまにお前の考え方、行動は本当に恐ろしくなる時がある。お前は悪魔なのか? まあ、神も悪魔も本質的にはあまり変わらないのかもな」
「いや、待って下さい。貴央先生。言い過ぎですよ、僕は大丈夫ですから」
「幻野くん⁉ いや、こんなゴミ女を庇うな‼ こいつは悪魔なんだ‼ 悪魔の子なんだ‼」
「いや、僕の友達ですよ。さっき友達認証してもらいましたから。ねえ? シノブさん」
「え? あ、うん!」
「君はどこまで勇者なんだ‼ どこまで優しいんだ‼ いや、お前もうん! じゃないんだよ‼ 幻野くんの優しさに甘えるな、馬鹿‼ お前は大馬鹿だ‼」
「いやだから、貴央先生。僕のことを思って怒ってくれるのは非常に有難いんですが、シノブさんと僕は友達になったんですって。シノブさんはただ、自分の宝物を守りたかっただけなんです。その天秤が、僕達の価値観と少し違うだけなんです。そして僕にも選択肢はあったんです。でも、僕はシノブさんとの友情を取ったんです。だって、ずっとシノブさんと友達になりたかったから、友達認定された時本当に心が温かくなったから。一瞬便意を忘れるくらい。そして便器の中、覗いてあげて下さい。そこに多分答えがあります。シノブさんへの説教は、まず僕達の友情の証を見届けてからにして下さい」
「いや、幻野くん。君という奴はどこまで。くそ、いいだろう、見てやる。便器開けるぞ」
「は、はい!」
「大丈夫ですよ、シノブさん、きっと」
「え? は? ぷぷ、くくく、あはは、何だよこれええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼ 超ウケるんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
貴央先生は笑い転げる。
「幻野くん、やったね!」
「ええ、シノブさん」
「いや、確かにこれを守りたかったのは分かる! 渾身の一作なのは認める! てかシノブの神尻にしか産み出せないし、恐らく週一くらいの周期の、あ、だからジャンプか! 成る程なあ!」
貴央先生はしばらく笑い転げると、ふと我に返る。
「ああ、いや、まあ確かに芸術品だと思うし、ジャンプくらいの価値はあるのかもしれないが、しかし幻野くんを虐めたのは許せないな!」
「いやだから貴央先生」
「ああ、分かってる。友情を取ったんだろ? しかし、シノブ、お前は本当にそれでいいのか? 本当に幻野くんに全く悪いと思わないのか?」
「え? いやだって、私もよく漏らすし。あ、でも、できたら漏らしたくないよなあ。そっか、だからラセラちゃんもあんな悲しそうに」
シノブはラセラの泣き顔を思い出す。いやあ、シノブの思考を追っていると何か怖くなってくる。
「ごめんね、幻野くん。いや、ありがとうね。私達の友情を守ってくれて」
「いえいえ、今日から友達ですから」
「健気‼ 推しがすごく健気‼ おいシノブ‼ 次幻野くん傷つけたらママダンテの刑だからな‼ お前は幻野くんの友達だが、幻野くんは私の推しだし、お前は私の教え子なんだからな! 出来たら私はお前とだって仲良くしたいんだ! お前とは結構話合うしな!」
シノブは一体人の心をどこに忘れてきてしまったのだろうか。サクマヒメの時は本気で号泣していた。幻野くんとはまだ付き合いが浅いから、感情が乗らなかったのだろうか。しかし、もう友達なのだ。友達は大切にしないとならないのだ。という幼少期のシノブが当たり前に理解していたであろうことをまたシノブは一つ一つ拾い集めていく。いやあ、怖いなあこのメインヒロイン。
「シノブ、お前は幻野くんのズボンとパンツを風呂場で洗え‼ 気持ちを込めてな‼ それが禊だ‼」
「は、はい‼」
「幻野くんはこれに着替えてくれ‼」
「ありがとうございます、貴央先生」
シノブは気持ちを込めて幻野くんのズボンとパンツを洗う。いやあ、友達だもんなあ。ようやく友達になれたんだもんなあ。嬉しいなあ、友達が増えるのは嬉しいなあ。
「いやあ、何か私本当に。あ、いや」
シノブは自身の精神性の変化を感じ取る。考えてみたら、本当に悪魔じみてきているような気もする。しかし、だからこそ思考が研ぎ澄まされ、合理性が増したような気もする。進化ではあると思う。進んではいると思う。が、進みすぎているような気もする。シノブは加速しすぎているのだろうか。もう先に誰もいないのではないだろうか。しかし、もう止まれない。全細胞が勝手に加速するように進化してきている。ならばもう行けるとこまで行ったような気がする。ここからは未曾有の領域ゆえ、どうなるかはシノブにすら全く分からないが。
「最近平くんに会ってない気がする。彼に会ったら、何か思い出せるかもしれない。昔の感情を呼び起こせるかもしれない。私が一番最初に会った人」
始まりは夜のグラウンドだった。そこでシノブは全裸で、平は服を着ていて、あの頃は何か眩しかったなあ。初々しいドキドキがあった。シノブは最近やたら調子が良いような気もするが、同時に以前はあまり感じなかった空虚な感覚を覚えるようになった。もう何も楽しくないような、息が詰まるような感覚。いや、能力は研ぎ澄まされている感覚はする。が、反面どこか虚しい部分があるというか。だからか。サクマヒメがいなくなるんじゃないかという気持ちで、胸がやたら苦しくなったのは。いや、そういう感情がまだあるってことは、シノブが人の心を持っていることになるんじゃないか。
「なあんだ、まだ大丈夫じゃん、私。いや、きっと頭が良くなりすぎたんだ。だから見えなかった部分が見えてきたりして、そこから不安や不具合が生じていたんだ。いや、こういう感覚は多分貴央先生なら分かるんじゃないかなあ。後で話してみるか」